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1章 王女、敵国へ潜入する
3 潜入
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「ラビ、ごめんね」
息があがった。
誰かの馬前を横切ってしまったために、追いかけられた。
人々の間を縫うように走り、なんとか撒くことができたようだった。
キュウ
ラビの汚れがひどくなっている。
「洗ってあげたいけど・・・もう少し、我慢してね」
一人になってしまい、どうしたらいいかわからない。
荷馬車に揺られてヤン王国の王都の近くまで来たとき、リカに逃げるように言われた。
王都で詮議を受ければ、無事にすむとは限らない。
それよりも、ヤン王国に住んでいるリアの商人を頼ったらどうかというのだ。
リアは交易で栄えた国だった。
様々なものを扱う商人が、ヤン王国にもたくさんいるはずだった。
王城の召使いの服を見て、その商人のうちの誰かが手を差し伸べてくれるのではないかと期待してのことだ。
こちらに見分けはつかなくても、商人の方で、それとわかるはず。
とても怖かったが、たとえ失敗して兵士に捕まったとしても、今と状況は同じだ。
これは賭けだったが、復讐するために、まずは身を隠さなければならない。
テオは、リカが一緒にいてくれるものだと思っていた。
だからあえて聞きもしなかったのだ。
王都が近くなり、安心した見張の者たちの隙をついて、リカが無言でテオを押し出した。
馬車が止まると同時に行き交う人々に紛れさせたのだ。
名を呼ぶわけにもいかず、リカの姿がいつまで経っても見えないことに不安になりながらも、戻ることもできず、走り続けた。
リカは囮となり、捕まってしまったのだろうか。
人が多いところに行くのですよ、とリカは言った。
とにかく、人々に隠れるようにしながら、王都に入ろうとしたところで、人にぶつかって、ラビを落としてしまったのだ。
夢中で追いかけて、馬前を横切ってしまった。
逃げ切って、王都に入ったが、どこに行っていいのかわからない。
どうしよう・・・。
リカはどこ?
泣きそうになる。
一人になることが、こんなにも不安で恐ろしいものだとは知らなかった。
泣いちゃだめ。
ほおを自分で叩いて気合いを入れた。
広場に出た。
水の音がする。
噴水だ。
走り寄った。
洗ってもいいよね。
ラビを噴水の水につけた。
押し洗いをするように、沈めてやる。
だんだん白くなってきた。
あげて軽くふり、水滴を落とすと、ふわふわの毛並みも戻ってきた。
キュキュウ
ラビも嬉しそうに鳴いた。
その時、不意に肩を叩かれた。
「お嬢さん」
ビクっと体を揺らして振り返った。
テオよりも少し大きいが、男性にしては背の低い人が、笑顔で立っていた。
帽子を被り、商人のような身なりで、口髭を長く伸ばしている。
「リアから来たのかね?」
周りをはばかって、小声で訊いてきた。
「はい」
テオも小声で返した。
「かわいそうに」
テオを上から下まで眺めている。
「あの、旦那さんも、リアから?」
「そうだよ」
男は、優しい声と笑顔で答えた。
「こんなところにいたら捕まってしまうよ。ここはリアを滅ぼした国なのだから」
「でも、・・・」
「行くところがないのかい?」
「はい・・・」
ラビをぎゅっと抱きしめた。
悪い人だったらどうしよう。
せっかく綺麗になったのに、汚れた服のせいで、またグレーになる。
「うちに来るかい? 王城に勤めていたのだろう? きっと働き者に違いない。うちで働いたらいい」
「え?・・・」
どうしよう。
いいのだろうか、と不安に思いながらも、テオは頷いていた。
寝られる場所があるなら、どんなことでも耐えよう。
「よろしいのでしょうか」
「いいとも。行儀も良さそうな子じゃないか」
「よろしくお願いします。旦那さま」
頭を下げた。
男の後についていく。
店は、広場からそれほど離れていなかった。
構えが大きく、成功した商人のようだった。
店に入って思わず驚きの声を上げた。
異国の品々が並び、その一角に、カルンが売られていた。
カルンは大人しく、喧嘩しないので、大きな水槽のような入れ物に、さまざまな色、大きさのカルンが一緒に入れられていた。
ラビが興奮したのか、テオの腕の中で鳴き、跳ねようとしている。
水槽のカルンも跳ねている。
「ラビ、仲間がいっぱいね」
思わず笑みがこぼれた。
笑ったのは、久しぶりのような気がする。
しかし、笑顔になれたのは、この時だけだった。
「さあ、こっちへいらっしゃい」
旦那さまが呼んでいる。
「新しい、召使いの子を連れてきたよ」
息があがった。
誰かの馬前を横切ってしまったために、追いかけられた。
人々の間を縫うように走り、なんとか撒くことができたようだった。
キュウ
ラビの汚れがひどくなっている。
「洗ってあげたいけど・・・もう少し、我慢してね」
一人になってしまい、どうしたらいいかわからない。
荷馬車に揺られてヤン王国の王都の近くまで来たとき、リカに逃げるように言われた。
王都で詮議を受ければ、無事にすむとは限らない。
それよりも、ヤン王国に住んでいるリアの商人を頼ったらどうかというのだ。
リアは交易で栄えた国だった。
様々なものを扱う商人が、ヤン王国にもたくさんいるはずだった。
王城の召使いの服を見て、その商人のうちの誰かが手を差し伸べてくれるのではないかと期待してのことだ。
こちらに見分けはつかなくても、商人の方で、それとわかるはず。
とても怖かったが、たとえ失敗して兵士に捕まったとしても、今と状況は同じだ。
これは賭けだったが、復讐するために、まずは身を隠さなければならない。
テオは、リカが一緒にいてくれるものだと思っていた。
だからあえて聞きもしなかったのだ。
王都が近くなり、安心した見張の者たちの隙をついて、リカが無言でテオを押し出した。
馬車が止まると同時に行き交う人々に紛れさせたのだ。
名を呼ぶわけにもいかず、リカの姿がいつまで経っても見えないことに不安になりながらも、戻ることもできず、走り続けた。
リカは囮となり、捕まってしまったのだろうか。
人が多いところに行くのですよ、とリカは言った。
とにかく、人々に隠れるようにしながら、王都に入ろうとしたところで、人にぶつかって、ラビを落としてしまったのだ。
夢中で追いかけて、馬前を横切ってしまった。
逃げ切って、王都に入ったが、どこに行っていいのかわからない。
どうしよう・・・。
リカはどこ?
泣きそうになる。
一人になることが、こんなにも不安で恐ろしいものだとは知らなかった。
泣いちゃだめ。
ほおを自分で叩いて気合いを入れた。
広場に出た。
水の音がする。
噴水だ。
走り寄った。
洗ってもいいよね。
ラビを噴水の水につけた。
押し洗いをするように、沈めてやる。
だんだん白くなってきた。
あげて軽くふり、水滴を落とすと、ふわふわの毛並みも戻ってきた。
キュキュウ
ラビも嬉しそうに鳴いた。
その時、不意に肩を叩かれた。
「お嬢さん」
ビクっと体を揺らして振り返った。
テオよりも少し大きいが、男性にしては背の低い人が、笑顔で立っていた。
帽子を被り、商人のような身なりで、口髭を長く伸ばしている。
「リアから来たのかね?」
周りをはばかって、小声で訊いてきた。
「はい」
テオも小声で返した。
「かわいそうに」
テオを上から下まで眺めている。
「あの、旦那さんも、リアから?」
「そうだよ」
男は、優しい声と笑顔で答えた。
「こんなところにいたら捕まってしまうよ。ここはリアを滅ぼした国なのだから」
「でも、・・・」
「行くところがないのかい?」
「はい・・・」
ラビをぎゅっと抱きしめた。
悪い人だったらどうしよう。
せっかく綺麗になったのに、汚れた服のせいで、またグレーになる。
「うちに来るかい? 王城に勤めていたのだろう? きっと働き者に違いない。うちで働いたらいい」
「え?・・・」
どうしよう。
いいのだろうか、と不安に思いながらも、テオは頷いていた。
寝られる場所があるなら、どんなことでも耐えよう。
「よろしいのでしょうか」
「いいとも。行儀も良さそうな子じゃないか」
「よろしくお願いします。旦那さま」
頭を下げた。
男の後についていく。
店は、広場からそれほど離れていなかった。
構えが大きく、成功した商人のようだった。
店に入って思わず驚きの声を上げた。
異国の品々が並び、その一角に、カルンが売られていた。
カルンは大人しく、喧嘩しないので、大きな水槽のような入れ物に、さまざまな色、大きさのカルンが一緒に入れられていた。
ラビが興奮したのか、テオの腕の中で鳴き、跳ねようとしている。
水槽のカルンも跳ねている。
「ラビ、仲間がいっぱいね」
思わず笑みがこぼれた。
笑ったのは、久しぶりのような気がする。
しかし、笑顔になれたのは、この時だけだった。
「さあ、こっちへいらっしゃい」
旦那さまが呼んでいる。
「新しい、召使いの子を連れてきたよ」
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