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刀というものは、同じものが一つもない、と何振りか見せてもらって納得がいった。
刀鍛冶の特性と鋼の産地によってもだいぶ違う。
時代によってもだ。
刀剣の世界の奥深さを、郁之介は初めて知り、圧倒された。
深すぎて、何を見ればいいのかさえわからなくなってくる。
こんな世界、己には関わりがない。
出てきたのは、拒絶だった。
関わらない方がいい。
「ご家老、それがしには、もう、・・・」
もう呼ばないでくれ、という思いを込めている。
「どうした。気に入らぬか」
加納が笑った。
いくら、御前試合で成績が良くても、刀が好きかどうかは別の問題だ。
「難しく考えることはない。美しいとは思わんか。・・・それでいいのだ。美しいものは、心を豊かにする。わしは、剣士たちにはもっと、刀の良さを知ってほしいと思っておるのだ。そなたのような、微禄の者は特に、刀を見る機会もないだろうからな」
「美しい・・・?」
刀を美しいと思ったことはなかった。
月や花のようには。
「刀は、ただの道具です。・・・それがしにとっては・・・ですから、もう」
はっきり言って、どうでもいい。
怒るだろうか。
言ってしまってから、郁之介は後悔した。
だが、加納は穏やかに笑っただけだった。
「そなたには、わしから一振り贈ろうと思っておるのだ。好きな物を選べ。何も知らぬでは選びようもなかろうと、色々見せたのだが、かえって嫌になったか」
「いえ、そのようなお気遣いは、ご無用に」
郁之介は慌てた。
刀をくれるなどと、酔狂にも程がある。
「遠慮はいらぬ。何も、名刀をやるとは言うておらぬ。これは褒美じゃ。これからも励めということじゃ。御前試合が見事であったゆえな」
「はあ・・・」
「これに懲りず、また来い」
今日は月がない。
とっくに沈んだんだろう。
やはりこの場所には馴染めない。
強烈な場違い感に、心が萎えそうになる。
今夜は澪さまの姿もない。
ほっとしたような、少し寂しいような不思議な思いにとらわれる。
もう、お屋敷に来るのはやめようと郁之介は思った。
月がないため、道は暗かったが、提灯は持たず家路についた。
刀鍛冶の特性と鋼の産地によってもだいぶ違う。
時代によってもだ。
刀剣の世界の奥深さを、郁之介は初めて知り、圧倒された。
深すぎて、何を見ればいいのかさえわからなくなってくる。
こんな世界、己には関わりがない。
出てきたのは、拒絶だった。
関わらない方がいい。
「ご家老、それがしには、もう、・・・」
もう呼ばないでくれ、という思いを込めている。
「どうした。気に入らぬか」
加納が笑った。
いくら、御前試合で成績が良くても、刀が好きかどうかは別の問題だ。
「難しく考えることはない。美しいとは思わんか。・・・それでいいのだ。美しいものは、心を豊かにする。わしは、剣士たちにはもっと、刀の良さを知ってほしいと思っておるのだ。そなたのような、微禄の者は特に、刀を見る機会もないだろうからな」
「美しい・・・?」
刀を美しいと思ったことはなかった。
月や花のようには。
「刀は、ただの道具です。・・・それがしにとっては・・・ですから、もう」
はっきり言って、どうでもいい。
怒るだろうか。
言ってしまってから、郁之介は後悔した。
だが、加納は穏やかに笑っただけだった。
「そなたには、わしから一振り贈ろうと思っておるのだ。好きな物を選べ。何も知らぬでは選びようもなかろうと、色々見せたのだが、かえって嫌になったか」
「いえ、そのようなお気遣いは、ご無用に」
郁之介は慌てた。
刀をくれるなどと、酔狂にも程がある。
「遠慮はいらぬ。何も、名刀をやるとは言うておらぬ。これは褒美じゃ。これからも励めということじゃ。御前試合が見事であったゆえな」
「はあ・・・」
「これに懲りず、また来い」
今日は月がない。
とっくに沈んだんだろう。
やはりこの場所には馴染めない。
強烈な場違い感に、心が萎えそうになる。
今夜は澪さまの姿もない。
ほっとしたような、少し寂しいような不思議な思いにとらわれる。
もう、お屋敷に来るのはやめようと郁之介は思った。
月がないため、道は暗かったが、提灯は持たず家路についた。
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