上 下
1 / 3

しおりを挟む
 人は、あの人のことを辻斬りと呼んだ。

 でも、私だけはわかっている。

 あの人は、辻斬りではない。
 私を助けに来てくれたのだと。

 あのとき、私は、斬られても良かったのだ。
 そう、望んでいたのに・・・。

 あの人はそうしなかった。

 だから、私は、あの人のために生きる決心をした。

 私が生きている限り、あの人は、私の中で生き続けるのだからーー。




 ◇  ◇  ◇

 駕籠が不意に止まった。

 そして、地面に降ろされる。

「澪さまをお守りせよ」

 いつもそばについていてくれる侍女の綾の声がする。

「何事?」
 小窓を開けた。
「開けてはなりませぬ」
 目を吊り上げた綾が、ピシャリと閉めた。

 澪は、不安で胸が押し潰されそうになる。

「曲者っ!」
「何やつじゃ!」

 何かが来る。

 怒号と悲鳴。
 断末魔の叫び声。

 聞きたくなくて、耳を塞いだ。

 が、すぐに音がしなくなり、静かになった。

 と思う間もなく、駕籠が乱暴に開けられ、目が眩むような光が差した。

 男の手が、澪の腕を掴んだかと思うと、外に引き出される。

「篠田さま・・・」

 なぜか、こうなることは、わかっていた気がする。
 いいえ、そう望んでいたのは私だ。
 待ち望んでいた男を見上げて、澪は思った。

 ところが、男の胸に飛び込みたいと思ったのに、体が動かなかった。

 篠田郁之介の右手には、血が滴る刀が握られており、着物も顔にも血を浴びている。

 何よりも、その表情からは、死人のように何の感情も読み取れないのが怖かった。
 足がすくむ。

「いいわ。私を殺して!」

 澪は、そう言って、口付けを受けるように、顎を上向かせ、目をつぶった。
 血の匂いが濃くなる。

 郁之介の左腕が、澪を抱きしめた。

「さらば・・・」

 耳元で囁く声は、優しく、澪を痺れさせた。

 刀を握る右腕がゆっくりと動く。

 だが、二人の世界は一瞬で、複数の足音と叫び声で掻き消された。

「篠田郁之介。お方さまから離れろ。おれが相手になってやる!」

 郁之介の腕が、澪から離れた。

 そして、声のした方へ駆け出して行った。

 堀端の桜並木がさらさらと花びらを散らし、愛しい人の姿を隠した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夕映え~武田勝頼の妻~

橘 ゆず
歴史・時代
天正十年(1582年)。 甲斐の国、天目山。 織田・徳川連合軍による甲州征伐によって新府を追われた武田勝頼は、起死回生をはかってわずかな家臣とともに岩殿城を目指していた。 そのかたわらには、五年前に相模の北条家から嫁いできた継室、十九歳の佐奈姫の姿があった。 武田勝頼公と、18歳年下の正室、北条夫人の最期の数日を描いたお話です。 コバルトの短編小説大賞「もう一歩」の作品です。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

首切り女とぼんくら男

hiro75
歴史・時代
 ―― 江戸時代  由比は、岩沼領の剣術指南役である佐伯家の一人娘、容姿端麗でありながら、剣術の腕も男を圧倒する程。  そんな彼女に、他の道場で腕前一と称させる男との縁談話が持ち上がったのだが、彼女が選んだのは、「ぼんくら男」と噂される槇田仁左衛門だった………………  領内の派閥争いに巻き込まれる女と男の、儚くも、美しい恋模様………………

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

北条を倒した男

沢藤南湘
歴史・時代
足利尊氏の半生を描いてみました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

処理中です...