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十六
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いよいよそのときが来た。
あれからも毎日稽古に励んでいるが、準備は十分とは言えない。
今の実力で勝負するしかない。
織絵は、八重との立ち合いの後、また道場に立つこともなく、元に戻った。
大人五人の口を養うべく、農作業の手伝いに忙しい。
だが、そうして忙しく働きながらも、すっきりと付き物が落ちたかのように晴れやかな顔になっている。
才介の背負っているものを知り、国に帰っていった八重に後を託されたことで、己の役割を見定めたようだった。
才介の方も、遠慮がちでよそよそしい感じが幾分か消えてきた。
二人だけで、話し合う刻をもったようだ。
その話し合いに、里絵はまぜてもらえなかったが・・・。
(次は、私だ!)
織絵と八重の立ち合いを見たことがいい刺激になっている。
しかし、二人と違うのは、相手が悪意しかないところだ。
実力を確かめ、人となりを見極めるものでもない。
ただの見せしめ。
意趣返し。
脅し。
人が屈するのを見たいだけの理不尽極まりない理由しかない。
だから、こちらも遠慮はしないと決めている。
思いっきりぶち当たって、一矢でも報いたい。
勝機があるとすれば、相手が里絵を侮っているだろうから、その隙をつくことのみだ。
水野縫之助は、仲間を引き連れて道場にやってきた。
「水野さまが相手になってやるんだ。ありがたく思え!」
取り巻きたちは、相変わらず不遜で、里絵たち、道場の者を威圧してくる。
虫ケラとしか思っていない。
黙って座って待機している里絵の体がかっと熱くなる。
(ただで潰されやしない!)
すらりと長身の水野が前に出てきた。
「三番勝負でお願いしたい。一番では物足りないだろうからな」
早く決着がつくと思っているのだろう。
上座に座る才介が、里絵を見た。
頷く。
それが吉と出るか、凶と出るか、やってみないとわからない。
「よかろう。許す。が、状況によっては止めることもある。よいな」
双方が立って、向かい合い、礼をする。
子供と大人ほどの差があった。
すましてはいるが、上から見下ろす水野の顔は明らかに嘲笑っている。
木刀を構え、はじめ、の合図があった。
(どう出てくる?)
里絵は、木刀の先を小刻みに動かす。
同時に、足も前後、左右に小さく動かしている。
しかも、相手のどんな動きにも対応できるように、柔らかくだ。
時々、誘うように、大きく引いたり振り上げたりする。
動かない織絵とは全く違う剣だ。
水野は、うるさそうに、時々里絵の木刀を弾く。
脅しのような鋭い打ち込みが、うなりをあげて繰り出される。
そのことごとくを、身を反らし、あるいは飛び跳ね、掻い潜るようにしてかわす。
体の柔らかさも、里絵の武器だ。
かわされるたびに、水野の顔が悔しさで歪む。
まるで猿ね、と織絵からもからかわれる、里絵の動きだ。
かわしながら、里絵も攻撃する。
上段から振り下ろすと見せかけて、胴を狙う。
動きが大きい相手には有効だ。
木刀がぶつかり合う音が響く。
さすがに防がれた。
すぐに飛び退って離れる。
今のところは互角だ。
動きを見切られる前に勝負をつけたい。
焦らず、平静でいられた方が勝ちだと思った。
だが、三番を戦う力が残っているかどうか。
動き続けられなければ、負けだ。
あれからも毎日稽古に励んでいるが、準備は十分とは言えない。
今の実力で勝負するしかない。
織絵は、八重との立ち合いの後、また道場に立つこともなく、元に戻った。
大人五人の口を養うべく、農作業の手伝いに忙しい。
だが、そうして忙しく働きながらも、すっきりと付き物が落ちたかのように晴れやかな顔になっている。
才介の背負っているものを知り、国に帰っていった八重に後を託されたことで、己の役割を見定めたようだった。
才介の方も、遠慮がちでよそよそしい感じが幾分か消えてきた。
二人だけで、話し合う刻をもったようだ。
その話し合いに、里絵はまぜてもらえなかったが・・・。
(次は、私だ!)
織絵と八重の立ち合いを見たことがいい刺激になっている。
しかし、二人と違うのは、相手が悪意しかないところだ。
実力を確かめ、人となりを見極めるものでもない。
ただの見せしめ。
意趣返し。
脅し。
人が屈するのを見たいだけの理不尽極まりない理由しかない。
だから、こちらも遠慮はしないと決めている。
思いっきりぶち当たって、一矢でも報いたい。
勝機があるとすれば、相手が里絵を侮っているだろうから、その隙をつくことのみだ。
水野縫之助は、仲間を引き連れて道場にやってきた。
「水野さまが相手になってやるんだ。ありがたく思え!」
取り巻きたちは、相変わらず不遜で、里絵たち、道場の者を威圧してくる。
虫ケラとしか思っていない。
黙って座って待機している里絵の体がかっと熱くなる。
(ただで潰されやしない!)
すらりと長身の水野が前に出てきた。
「三番勝負でお願いしたい。一番では物足りないだろうからな」
早く決着がつくと思っているのだろう。
上座に座る才介が、里絵を見た。
頷く。
それが吉と出るか、凶と出るか、やってみないとわからない。
「よかろう。許す。が、状況によっては止めることもある。よいな」
双方が立って、向かい合い、礼をする。
子供と大人ほどの差があった。
すましてはいるが、上から見下ろす水野の顔は明らかに嘲笑っている。
木刀を構え、はじめ、の合図があった。
(どう出てくる?)
里絵は、木刀の先を小刻みに動かす。
同時に、足も前後、左右に小さく動かしている。
しかも、相手のどんな動きにも対応できるように、柔らかくだ。
時々、誘うように、大きく引いたり振り上げたりする。
動かない織絵とは全く違う剣だ。
水野は、うるさそうに、時々里絵の木刀を弾く。
脅しのような鋭い打ち込みが、うなりをあげて繰り出される。
そのことごとくを、身を反らし、あるいは飛び跳ね、掻い潜るようにしてかわす。
体の柔らかさも、里絵の武器だ。
かわされるたびに、水野の顔が悔しさで歪む。
まるで猿ね、と織絵からもからかわれる、里絵の動きだ。
かわしながら、里絵も攻撃する。
上段から振り下ろすと見せかけて、胴を狙う。
動きが大きい相手には有効だ。
木刀がぶつかり合う音が響く。
さすがに防がれた。
すぐに飛び退って離れる。
今のところは互角だ。
動きを見切られる前に勝負をつけたい。
焦らず、平静でいられた方が勝ちだと思った。
だが、三番を戦う力が残っているかどうか。
動き続けられなければ、負けだ。
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