子連れ同心捕物控

鍛冶谷みの

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一話 この子誰の子

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 赤ん坊の泣き声がする。

 ここは八丁堀の組屋敷。
 どこかで泣いていてもおかしくはないけど・・・。

 なんか、近すぎないか?

 朝倉文四郎は、夜中に目を覚ました。

 一度気になりだしたら、気になって仕方がない。

 そっと半身を起こして耳を澄ました。

 泣き止んだ?
 人騒がせな。

 もう一度横になった。

 定廻り同心は激務だ。
 捕物で寝られないときなら仕方がないが、寝られるときに寝ておかないと、身がもたない。

 一瞬で眠りに落ちる。

 ・・・・・・

 オギャー!! アー、アーアー・・・

 勘弁してくれよ。

 起き上がって、泣き声の主を探す。

 探すと言ってもすぐに見つかった。

 戸を開けて、すぐの縁側に、おくるみに包まれた赤子を見つけた。

 まだ夜は明けていない。

 文四郎は、沓脱石の草履をひっかけて、猫の額のような庭におりた。

 人の気配を探る。

 屋敷の外にまで出ていってみた。

 人の姿はない。

 戻って、赤子を見たら、寝ていた。

「ちょっと、どこの子だよ」

 おくるみのそばに風呂敷が置いてある。

 外でもなんだから、抱き上げて部屋の中に入った。
 起こさないように、そっとそっと下ろす。

 灯を入れて、風呂敷包みを解いた。

 晒しの布がたくさんと、肌着、巻き紙が出てきた。

「これは、姉上?」

 見たことのある筆跡だった。
 女にしては、力強すぎる筆は変わらず健在らしい。

 挨拶もへったくれもない。
 いきなりこう書いてあった。

 ーーこの子は私の子です

「はあ~~!?」

 自分で叫んでおいて、慌てて口を塞いだ。

 赤子が起きないか、顔を覗いたが、大丈夫そうだ。

「姉上の子だと?」

 要約すると、こうだ。
 ーー訳あってそばに置いておく事ができないので、預かってください。よろしくお頼みいたします。

 ーー名前はありません。勝手につけていただいて構いません。

 そして、

 ーーこの子にもしもの事があったら承知しない。

 と脅し文句が並んでいる。

 それから、貰い乳に行く場所が書いてあった。
 とりあえず、飢え死にさせることはなさそうで安心した。
 最低限の手配りはしてあるらしい。

「どういうつもりだよ・・・」

 屋根の下で赤子も安心したのか、すやすや眠っている。

 似てるか?

 その顔をまじまじと眺めた文四郎だったが、赤子の顔なんて、みんな同じに見える。

「わからん」

 あくびをし、また寝ることにする。

 とりあえず明日だ。

 赤子を脇に抱えて、束の間の眠りについた。
 人の温もりが心地よくて、やはり一瞬で寝落ちした。

 ひくっ、ひくっ・・・アーアー、ギャーー!!

 いきなり火がついたように泣き出したもんだから、たまらない。

 ん? なんか冷たいような・・・。
 やばっ。

 おくるみまで濡れている。

 どうすんだこれ!

 文四郎は眠気がふっ飛んだ。

 おくるみから赤子を出し、むつきを解く。

「おっ、男か!おめえ」

 おしめおしめ・・・。
 文四郎は愕然とする。

 ええっと、こうしてこう・・・。
「じっとしてろっ」

 夜が明けている。
「だーーっ!」
 頭を掻きむしった。

「旦那、どうかなさったんで?」
 救いの神が現れた。

 髪結の松吉が回ってくる刻限になっていた。

 松吉は、器用に赤子のむつきを替えてくれた。
「これでも、三人の子持ちでさぁ」
「助かった。恩に着る」
「なんでも聞いてくだせえ」
 髪を整えてもらいながら話す。

「旦那の子ですかい?」
「似てるか?」
 松吉は、そばでアーアー言っている赤子を覗いて首をひねった。
「似てるような気もしやすが・・・」
「おれの子なわけがねえだろ。姉上が置いていった」
「凛さまが? 訳ありで?」
「だろうな、詳しいことはさっぱりわからん。姉上の子なら、おれにも似たところがあるんじゃねえかと思ったんだが・・・」
「お調べになるんで?」
「もちろんだ。だが姉上は武家奉公。手は出せんしなあ」
「難しいですねえ」

「旦那、おはようごぜえやす」
 岡っ引きの仙次がやって来た。

 突然赤子が泣き出した。

「親分が大声を出すからだ」
「へ? なんです? この子は!」
 急に賑やかになって、朝倉家の朝ははじまった。

「親分、すまんが急ぎじゃなければ後にしてくれ」
 赤子が泣き止まない。
 おそらく腹が減ったのだ。

「旦那の子で?」
「そんなわけねえだろ。・・・またな」

 赤子を抱き上げ、髪結の松吉が後片付けを終えるまえに、もう家を飛び出した。
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