隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

文字の大きさ
上 下
62 / 74
5話 対決 龍と天女

一 罠(一)

しおりを挟む
 新一郎が身を寄せたのは、神谷道場で兄弟子だった、清水の道場だった。

 神谷道場はすでになく、高弟たちがそれぞれに道場を開いていて、清水もその一人だ。
 五年前に神谷先生が亡くなり、道場がなくなるとき、一緒にやらないかと声をかけてくれたのが清水だった。
 そのときは、なぜか気が乗らなくて、断ったのだが、清水はそのことをまったく気にしていなかった。
 中立的な立ち位置だった新一郎は、そのとき、高弟の誰にもついていかなかった。
 道場暮らしではなく、仙次についていくことを選んだのだ。

「どうしたんだ、立花。久しいな」
「ご無沙汰しております」
 八つ年上の清水は、当時から、少し崩れたところがあって、近寄りがたい雰囲気を醸し出していたのだが、あれから五年経って、一匹狼のように己の流儀を曲げずに、おもねっていない感じがかえって親しみやすいと感じるようになっている。
 大人になった、ということだろうか。

「あのとき一緒に来なくてよかったぞ。この通り、道場も繁盛しておらんし、ならず者の集まりのようになっているからな」
 と、豪快に笑った。

 先ほど少し、道場を覗いたが、類は友を呼ぶのたとえ通り、浪人に近い身なりの御家人の子弟、渡世人のような目つきの鋭い者が多いようだった。

「どこかに仕官でもしていたか。で? しくじって浪人になって、行くところもない、で、おれのところに来た」
 と、目を細めて、新一郎の顔色を注意深く探るように見る。
「そんなところです」
「真面目なお前がしくじるようには見えんが、悪いやつに騙されたか、女に引っかかったか、人の罪でも代わりに被ったとか、そんなところか?」
「まあ・・・」
「どれかだろう? まあいいや。誰かに追われている、とかな」
 ニヤニヤと、人の不幸を楽しむように笑っている。
「・・・」
「言いたくなければいいけどな。ここは大身のやつはいねえし、気楽にしろや。銭は出せねえが、たまに門人に稽古でもつけてもらえればいい。お前が稽古をつけてくれればちっとは道場らしくなるだろう。おれは、人に教えるというのがどうも苦手でな。実は助かる。・・・腕は落ちてねえだろうな」
「後で確かめてください」
「おう、試してやる」
 根掘り葉掘り聞かないところも都合がよかった。


「こちらは昔同門だった立花だ。おめえたちに敵うかどうか、腕試ししたいやつは立ちあってみろ」

 思い思いに稽古していた門人たちは、突然現れた侍を、値踏みするように眺めた。
 新一郎は、壁にかけてある木刀を一本とり、素振りをくれて感触を確かめる。

「どうした! 日頃の鍛錬の成果を見せてみろ!」
 清水が門人たちを鼓舞するように、声をかけた。

「やあっ!」
 いきなりそばにいた門人が打ち込んできた。
 木刀で受けて、押し戻すと、あっけなく後ろに飛んだ。
 それが呼水となって、次々に、いや、束になってかかってきた。
 試合というより、喧嘩に近い。
 多勢に無勢だが、新一郎は、門人たちの間を縫うようにして、動いた。
 ある者は竹刀を叩き落とし、胴に打ち込み、肩を打ち、小手を打った。
 手加減しているが、何人かが床に転がり起き上がれない。
「ほう、なかなかのものだな。以前より凄みが増したな」
 清水の目が光る。
「こら! もう終わりか! だらしねえぞ、おめえら! 立花に鍛えなおしてもらえ!」
 と喚いた。


 ひと月ほどがまたたく間に過ぎた。

 立花家からも、仙次たちからも離れて過ごすのは、十年前に屋敷を出て、神谷道場で暮らすことになったときと似ている。

 その間、何事も起こらなかった。
 起こっていても、ここまで届かないのかもしれない。

 それは、花ふぶきの名が独り歩きし、虎視眈々と狙うものが水面下で食指を伸ばしていたのに気づかずにいた、ほんの数ヶ月前の己の姿とも重なる。

 だが、今は何も知らずにいたその頃とは違う。

(本当に、このままでいいのか・・・)

 焦りが時々抑えきれなくなって、門人たちに厳しく当たってしまうことがあった。

 体を動かしていると紛れるので、新一郎は、ほとんど休みなく道場に出ている。

 新一郎が出ることで、道場の雰囲気が以前とは変わってきて、清水が言ったように、ならず者の集まりではなくなってきた。
 だが、逆に、新一郎の雰囲気は、以前よりもまして浪人らしくなっていくようだった。

 己の指導でコツを掴み、上達していく門人たちを見ているのは楽しい。
 許されるのなら、このままここにいて、道場を手伝うのもありだなと思い始めている。

 しかし、そんな思いなどお構いなしに、やはり水面下で何かが動いていた。

 牧からの文が届けられたのだ。

 話したいことがあり、今夜組屋敷に来てほしい、という内容だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

黄金の檻の高貴な囚人

せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。 ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。 仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。 ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。 ※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129 ※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html ※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

処理中です...