隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

文字の大きさ
上 下
60 / 74
4話 天女の行方

三 対決への序章(二)

しおりを挟む
「おや。どなたかと思いましたよ」
 客間で先に座っていた牧が、細い目を細めて新一郎を見た。

「お家再興でもなさったのですかな」
「いえ、そのようなことはありません。すぐに元に戻りますよ」
「そのままの方が良いのでは? もったいない」

 新一郎が席につき、落ち着いたところで、牧は、さて、と穏やかな笑みを引っ込めて、腕を組んだ。

「役宅ではなく、こちらであなたに会うのは、・・・もうお察しですかな?」
「はい。旦那は、こちらにお味方くださる、ということでしょうか」
「お奉行の息のかかった者の目を逃れるには、これしかない。と申して、公言しているわけではありませんぞ。あちらに都合の良いように動くかもしれません。同心として、己が正しいと思うところに従うつもりです。・・・いかがかな?」
 どっちつかずのように思えるが、牧には牧なりに筋を通しているのだろう。
「それがしに、何も言うことはございません。旦那の思うようになさってください」

「では、お聞きしますが、浪人を斬ったのは、あなたですな?」
 牧の目が射抜くように鋭くなる。

「荘次郎と洋三郎を襲った者の一味です」
「さよう。その浪人は、的場市蔵という名で、居合の使い手です」
「・・・」
「まあ、的場を斬ったことでお縄にはならんでしょう。敵討ちのようなものですからな。それを盾に、あなたに縄はかけられない。他には、以前お縄にかかったことのあるならず者どもが数名、挙がっていて、突きとめるのにそうときはかからないと思います」
「旦那。かたじけない」
 と新一郎は手をついた。

 牧は、なあに、と手をあげてまんざらでもなさそうに笑った。
「己の仕事をしたまでです」
 ですが、と表情を曇らせる。
「突きとめて、解決するものではありません。揉み消されるでしょうな」
「そうですね」
「肝心の相州伝の行方が・・・」
「お奉行ではないのですか? 相州伝を持っていれば・・・」
「探りようがありませんな」
 即座に牧が言った。

「でしょうね」
 そんな権限は同心にはない。
「向こうがどう出るか、待つしかないのでしょうか」
「狙いが花ふぶきなら、仕掛けてくるでしょう」
「浪人が、あの方がそれがしを消したがっていると言いました」
「ほう、それはそれは・・・」
 気の毒そうに眉を顰める。
「危険ですな」
「ですが、もう花ふぶきは、立花家にはありません」
「なんですと?」
「もう立花に用はないはずです」
「・・・」
 牧は、顎に手を当てて考えている。
「まだ、そのことを知らないのでしょうが」
「いずれは、知れるでしょう。・・・花ふぶきはどちらにやられたのです?」
「それは・・・」
 言ってもいいものかどうか、迷った。

「大目付の鳥居さまです」
 迷ったのは一瞬で、隠すこともないと、告げた。
「おお・・・」
 細い目を見張って驚いている。
「なるほど」
 口元が歪んだ。
「だとすると、焦りますな。焦って何かしけてくるでしょう」
「なぜそう思うのです?」
「刀剣好きの間では、有名な話ですよ。鳥居さまと土岐さまの仲の悪さは」
「そうなのですね」
「以前に、お話ししたことがありましたな。刀好きにはふた通りあると。刀そのものが好きで、見るのを楽しみにしている者と、刀を献上することによって、立身したい者。その両方の者もおりますが、鳥居さまは前者、土岐さまは後者、ということになりますな」
「・・・」
「新一郎どの」
 牧が体を前に倒すようにして顔を近づけた。
「これは、とんでもないことになるやもしれませんぞ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

魔斬

夢酔藤山
歴史・時代
深淵なる江戸の闇には、怨霊や妖魔の類が巣食い、昼と対なす穢土があった。 その魔を斬り払う闇の稼業、魔斬。 坊主や神主の手に負えぬ退魔を金銭で請け負う江戸の元締は関東長吏頭・浅草弾左衛門。忌むべき身分を統べる弾左衛門が最後に頼るのが、武家で唯一の魔斬人・山田浅右衛門である。昼は罪人の首を斬り、夜は怨霊を斬る因果の男。 幕末。 深い闇の奥に、今日もあやかしを斬る男がいる。 2023年オール讀物中間発表止まりの作品。その先の連作を含めて、いよいよ御開帳。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

KAKIDAMISHI -The Ultimate Karate Battle-

ジェド
歴史・時代
1894年、東洋の島国・琉球王国が沖縄県となった明治時代―― 後の世で「空手」や「琉球古武術」と呼ばれることとなる武術は、琉球語で「ティー(手)」と呼ばれていた。 ティーの修業者たちにとって腕試しの場となるのは、自由組手形式の野試合「カキダミシ(掛け試し)」。 誇り高き武人たちは、時代に翻弄されながらも戦い続ける。 拳と思いが交錯する空手アクション歴史小説、ここに誕生! ・検索キーワード 空手道、琉球空手、沖縄空手、琉球古武道、剛柔流、上地流、小林流、少林寺流、少林流、松林流、和道流、松濤館流、糸東流、東恩流、劉衛流、極真会館、大山道場、芦原会館、正道会館、白蓮会館、国際FSA拳真館、大道塾空道

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖

笹目いく子
歴史・時代
旧題:調べ、かき鳴らせ 第8回歴史·時代小説大賞、大賞受賞作品。本所松坂町の三味線師匠である岡安久弥は、三味線名手として名を馳せる一方で、一刀流の使い手でもある謎めいた浪人だった。 文政の己丑火事の最中、とある大名家の内紛の助太刀を頼まれた久弥は、神田で焼け出された少年を拾う。 出自に秘密を抱え、孤独に生きてきた久弥は、青馬と名付けた少年を育てはじめ、やがて彼に天賦の三味線の才能があることに気付く。 青馬に三味線を教え、密かに思いを寄せる柳橋芸者の真澄や、友人の医師橋倉らと青馬の成長を見守りながら、久弥は幸福な日々を過ごすのだが…… ある日その平穏な生活は暗転する。生家に政変が生じ、久弥は青馬や真澄から引き離され、後嗣争いの渦へと巻き込まれていく。彼は愛する人々の元へ戻れるのだろうか?(性描写はありませんが、暴力場面あり)

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

処理中です...