隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

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4話 天女の行方

三 対決への序章(一)

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 立花家に仙次が訪ねてきたのは、数日後のことだった。

 屋敷を出て、淡路屋に向かう。

 花ふぶきを出してから、主計の愚痴が止まらなくなっていて、屋敷を出られるのはありがたい。

 そして、荘次郎が目を覚ましたという嬉しい知らせだ。

「お屋敷の方は大丈夫なんで?」
「ああ、洋三郎も目を覚ました。花ふぶきも立花を離れたし、もう、屋敷にいる理由もなくなっている」

 今も屋敷にいるのは、洋三郎のそばにいてやりたいという気持ちと、高崎や、鳥居から何か言ってくるかもしれないと気になっているからで、いつまでも、主計に付き従っているのは、息がつまる。

「本当にあれで良かったんだろうな」
 あれほど、鳥居に頭を下げておいて、花ふぶきを渡したことが悔しいらしく、新一郎の顔を見るたびに、詰め寄ってくる。
「要するに、力に屈しただけだろうが。馬鹿正直に捧げることはなかったぞ」
 確かにそうかもしれない。
 花ふぶきなんて、この世にはないと、突っぱねればよかったのかもしないと、己の正直さに嫌気がさしてくる。
 誰も見ていないのだから。
 でも、これでよかったと、新一郎は信じた。

 主計の態度が冷たくなったのも、鳥居の屋敷から帰った後のことだ。
 花ふぶきを手放したことだけではなく、あの後の鳥居の言葉が、主計の気持ちを逆撫でしたようだった。

 鳥居は、
「主計どのには嫡子がおらんのだったな。新一郎を養子にしてはどうか。さすれば、立花家は磐石ばんじゃくとなろう。揺らぐことはあるまい。表も裏もないのなら、立花家のために、考えてみよ」
 と言ったのだ。

 新一郎は、主計の後ろにいたため、言われた主計の顔を見ていないが、いい顔ではなかったに違いない。

 だが、そんな話は、こちらから願い下げだ。

 立花家には波蕗がいるのだ。

「花ふぶきを手放しなすったんで? そりゃあ、辛い決断をなさいましたね」

 なんだか、仙次の言葉がよそよそしいような気がする。

(そうか・・・)

 ここのところ、会う人が身分の高い人だったり、若様と持ち上げられたり、身なりを整えたせいもあるのだろう。

 やはり、潮時だ。

「仙次親分。長屋に帰りたいんだが、いいかな」
「え?」

 仙次が岡っ引きに復帰したことや、おきくが立ち直り、さちが店に戻ったことなど、歩きながら聞いていた。

 少しずつ、元に戻ってきているのを感じて嬉しくなる。

 戻りたい。

 新一郎にとって、戻る場所は、立花家ではなかった。

「新さん・・・」
 一瞬驚いた顔になった仙次だが、すぐに笑顔になった。

「もちろんでさ」


 荘次郎は、目を開けて、新一郎を見た。
「よかった」
 まだ起き上がれず、包帯が巻かれたままだ。
「兄上か? あの世に来ちまったかと思った。父上が迎えに来てくれたのかと・・・」
「馬鹿言え」
 笑った。つもりが、泣き笑いのような顔になる。
「兄上、すまない。・・・守れなかった」
「何を言う。いいんだ。お前が無事なら、それで。・・・謝るのはおれの方だ。花ふぶきは、もう立花を離れた。もっと早くそうしておくべきだったんだ」
 頭を垂れる。
「おきくさんにも、申し訳ないことを・・・」
 そばにいるおきくにも頭を下げた。
「いいんですよう。生きていてくれるだけで。口うるさい赤ん坊が一人増えたみたいなもんです。おしめ替えましょうか?」
「いらねえや、ばか」

「新さん」
 仙次が呼んだ。
「牧の旦那がお見えに」
「わかった」
 牧とここで会うことになっていた。
 仙次が呼びにきたのも、そういうことだった。
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