隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

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4話 天女の行方

二 相州伝対美濃伝(三) 

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「そいつも業物か?」
 浪人が新一郎の刀を指差して言った。
「どうだっていいだろう」
 新一郎の言葉に、浪人の笑いが大きくなる。
「ふん。業物でなければ、こいつには敵うまい。今にわかる」

 無造作に近づいてくる。
 居合を使うつもりか。刀を抜いてこない。
 一刀で、折るつもりなのか。

 力に力で対抗すれば、どちらかが折れるかもしれない。

 志津も業物だが、二振りともが無傷ではいられないだろう。

 どうする?

 だが、迷いは一瞬で、腹が決まった。

 浪人はやはり居合でくる。

 唸るような豪剣を、真っ向から受けた。

 主計がこの場にいたら、喚くか、卒倒するだろう。

 刀を庇うなど、剣士のすることじゃない。

 凄まじい衝撃が腕に伝わるが、志津は折れなかった。

 浪人がニヤリとした。
「さすがだ。いい度胸じゃねえか。気に入ったぜ」

 折れていたら、相州伝の刃が脇腹に食い込んでいたかもしれない。

 体を入れ替え、二撃目がくる。

 居合の二撃目は威力が削がれる。

 受けるのではなく、かわし、刃を一閃させた。

 かわされる。
 が、休むことなく次々に打ち込む。

 浪人が押されて下がった。

 美濃伝は初めてなのに、手に馴染んで扱いやすい。

 斬り上げた一閃が、浪人の頬に届き、血を滴らせた。

 空が暗くなってきた。
 青が灰色になり、雲が白く、色がなくなる。

 浪人が下がって間合いをとった。
 同時に相州伝を鞘に収める。

「なるほど。こいつに相応しいのはあんたかもしれんな」
 浪人には、扱いにくかったのかもしれない。
「だが、次は一撃で仕留める。そいつが次ももつとは限らねえからな」

 次に受けたら、折れる可能性が高い。

 背を向けて去っていく浪人を追わなかった。



 立花家に戻ると、主計に報告した。
 もうすっかり暗くなっている。

 ひったくるように、新一郎から美濃伝を取り上げると、灯りで刀身を確かめた。

「なんと言うことをしてくれたのだ」
 泣きそうになっている。
「申し訳ございません」
 大人しく頭を下げた。

 幸いにひびは入っていないようだった。
 が、当然傷はついた。

「もう貸してやらん、と言いたいが、仕方があるまい。それが折れても、もう次は貸してやらんからな。相州伝を取り戻せ」
 と苦々しく言った。

「それで、鳥居にはいつ行くのだ」
「早い方が良いかと」
「わかった。明日にでも使いを出そう」
 これも、忌々しげに言う。
「まったく、良からぬことばかり起こる」



 客がいなくなり、暖簾を中に取り込んだとき、仙次、と声をかけられた。
「あ! 旦那・・・」
 振り返ると、牧格之進が立っている。
「どうぞ、中へ」

 奥へ、と促したが、牧はここでいいと、誰もいない店の中に立ったままだ。
「・・・」
 仙次は何を言っていいかわからない。
「娘はまだ淡路屋か」
「へい。さようで・・・」
「医者の先生も戻らねえようだな」
「刺されて、目を覚さないままだとか」
 牧が何をしにきたのか読めなかった。
 冷や汗が背中を伝っていく。

 緊張しているのがわかるのだろう、牧が笑顔になる。
「そう嫌な顔をするな。今日は頼み事に来たのだ」
「旦那が、あっしに?」
 牧が、懐から十手を出し、差し出す。
 仙次が返した物だ。
「手伝ってもらいてえ」
「な・・・それは」
「下手人を挙げるのがおれたちの仕事だ。荘次郎と洋三郎は、町人だぜ。町の人々を守れねえでどうする。しかも往来でだ。放っておけるか」
「だ、旦那! ・・・ってえことは!」
 仙次の顔がぱっと明るくなった。
「人手が足りねえんだ。助けてくれるな」
「でも、お奉行さまの方はいいんで?」
「何を言うか。おれたちは、お奉行の飼い犬じゃねえよ。譲れねえものは譲れねえ」
 仙次が泣き出した。
 嬉し泣きだ。
「それでこそ、旦那だ」
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