隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

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4話 天女の行方

二 相州伝対美濃伝(二) 

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 高崎家の屋敷は、さすがに大きく、入るのが躊躇われるほどだったが、話が通してあるため、供も連れずに一人で来た新一郎をすんなりと入れてくれた。

 訪れる者の身分によって、通される部屋は違うのだが、新一郎は、立花家当主と同じ扱いを受けた。

 身なりも、浪人のものではなく、月代を剃り、上等な着物を主計に借りて着ている。

「おお、新一郎。待たせたな」
 恰幅のいい体をきびきびと動かして、高崎が現れた。
「いえ、お忙しいところを申し訳ございませぬ」
「なに、こっちこそ、呼ぼうと思っておったところだ。・・・それにしても、見違えたぞ。その姿、よう似ておる」
「恐れ入ります」
 高崎は、細い目を細めて頷いている。

「して、火急なことでも起こったか」
「お聞きしたいことがございます」
「何なりと申せ」
「立花家が、蟄居を解かれたのは、高崎さまがお口添えをしてくださったからなのでしょうか」
「口添え?」
 と、笑った。
「大目付の采配に、口出しはできぬ。ただ、城中にて、顔を合わせたおりに、ちと言ってやったまでよ」
 高崎は、そこでニヤリと悪戯っぽく口元を歪めた。
「ちらっと耳にいたしたのだが、十年前と同じことをしても結果は同じ。寛大な措置で恩を売っておけば、良い方に転ぶやもしれぬ、とな」
「なるほど、それで・・・」
「何を言うかという顔をしておったが、効果があったようだな」
 と楽しそうに笑った。

「その鳥居さまとは、どのような方なのでしょうか」
「鳥居か・・・」
 高崎は腕を組み、言葉を選ぶようにしばらく黙った。
「融通が効かぬところがあるが、物分かりはいい方だろう。強引だが、いたって真面目な男だ。と言って、野心がないわけでもない。此度のように、手段を選ばぬところがあるようだ。意外だったがな」
「土岐さまは、鳥居さまと気が合うと思いますか」
「土岐と鳥居?・・・はて。まったく違うな。二人が気を合わせて何かをするとは思えん。おそらくお互いに相手を馬鹿にしておるであろう」
「・・・」
「力も立場も拮抗しておる。そして、どちらが先に出世するか、しのぎを削っておることだろう。十年前に土岐ができなかったことを、鳥居がしてみせようとしたのであろうよ。それで焦ったのやもしれぬ」

 顎に手を当てて考え込んでいる新一郎を、面白そうに高崎が見ている。
「策士め。何を考えておるのだ」
「花ふぶきを、鳥居さまに差し出せば、どうなりましょう」
「花ふぶきを出すとな?」
「はい」
「うーん・・・」
 とまた腕を組んだ。
「土岐は怒るであろうな」
「・・・」
 何かを想像したのか、高崎が声を上げて笑い出した。
「仇をとるか、新一郎」
「うまくいくかどうか、わかりませぬが」
「思うようにやってみよ。困ったことがあれば、私に言え」
「お言葉に甘えて、頼らせていただきます」
 新一郎は、丁重に礼をいい、平伏して、下がろうとした。

「待て、新一郎。それだけか?」
 呼び止められて、座り直した。
「お家再興の話はどうなのだ。幕閣の中枢を呼びつけておいて、世間話でもあるまいに」
「申し訳ございませぬ。他に頼れるお方がおりませぬゆえ」
「だからこそ頼れと言うておる。そなたが望めば、お家再興も叶うであろう」
「いえ、今は・・・それどころでは」
「無欲なところも、父親譲りじゃの。・・・そうそう、湯川の件だが、佐野との喧嘩両成敗で片がついた。そなたに咎はないゆえ、安心してやるが良い」
「はっ。ありがたき幸せに存じます」


 高崎の屋敷を出ると、影が道に長く伸びた。
 空はまだ青いが、雲が橙色に染まっている。

 その影を踏んで、路地から人が出てきた。
「見違えたぞ。仕官でもしたのか」
 相州伝を腰にした浪人だった。
「こっちが本来の姿で、浪人は世をしのぶ仮の姿か」
「いや、貴様と同じ、浪人だが」
「同じには見えんがな。気に食わねえ野郎だ」
「名を聞いていなかったが」
「名だと? どうでもいいじゃねえか。あんたが勝ったら教えてやる。と言っても、その時は死んでいるか」
 何がおかしいのか、一人でくくくっと笑った。

「通してもらおうか」
「通りたければ、力づくで通れ」
 浪人が、相州伝に手をかける。

 ついに、こいつを使う時が来た。
 新一郎は、腰の美濃伝に左手を添えた。
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