隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

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2話 花ふぶきの謎

三 天女の刀(五)  

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 淡路屋の店先にさちは立っていた。
「ここね」
 繁盛している店だった。
「いらっしゃいまし」
 暖簾をくぐると、活気のいい声が迎えてくれた。
 岡っ引きの娘の習性か、店の中を見回し様子を見た。
 客は若い娘、年増の女房もいる。
 そして行商人が品物の仕入れに来ているようだった。
 奉公人も見る。
 応対の態度、腰の低さ、愛想のいい受け答え。
「なかなかいい店じゃない。見せていただくわね」
 客の応対をする者たちの中に、女子がいる。
 まだ若いが、凛とした佇まいだ。
 少しお腹をそり気味にして、若いお武家の娘に話しかけていた。
 若おかみに違いない。
「もしかして、おきくさん?」
 女が首を傾げてさちを見た。
「はい。私がきくです。あなたは?」
「あたしは、団子屋のさちと申します」
「ああ!!」
 急に大声を出したおきくに、皆の注目が集まっている。
「あなたがさちさんね。お噂は、かねがね。主人から聞いています。ようこそいらっしゃいました。お会いできて嬉しいわ」
 と、悪戯っぽくにっこり笑った。
「おねえさま」
「ちょっと・・・そんなんじゃ」
「ここではそんな遠慮はなし。ね、波蕗さま」
「おねえさま?」
「新一郎お兄さまのいい人」
「わあ、嬉しい!いっぺんにお二人もお姉さまができてしまいました」
 振り向いた武家娘がはしゃいだ笑顔を見せた。
「こちらは立花の波蕗さま。三兄弟の妹ご」
「まあ!あなたが!・・・可愛らしい」
「ね、ね、店先ではなんですから、奥でお話ししましょうよ。どこ行っちゃったかわかんない極楽とんぼたちのことはほっといて、ぱあっとやっちゃいましょう!」
 と、おきくが立ち上がった。
「さあ、上がって上がって。今日はなんていい日なんでしょう」
 お菓子とお茶を持ってきて、と奉公人に指図し、二人を案内する。

 陽気なおきくに誘われ、奥へと向かう廊下でも楽しいおしゃべりが止まらない。
「荘次郎さんも、おきくさんを置いて行ってしまったんですね」
「そうなのよー。まったく失礼しちゃうわ。帰ってきたら、こうしてこうやって・・・」
 足で踏みつける仕草をした。
「まあ、おきくさん、荘次郎兄さまがかわいそう・・・」
「いいのいいの。そんなくらいでくたばるようなタマではありません」
「あははは」
 さちが豪快に笑う。
「もう、おっかしい、初めて会ったような気がしないわ」
「ほんとに」
「はい」
「もう毎日でも来てくださいな」


 鍛冶場から聞こえてくる鎚の音で目が覚めた。
 鋼が鍛えられている音だ。
 甲高く響く鋼の音に、時々刻むように木を叩く音が混じる。
 心地よい。
 あまりの心地よさに、再び眠りに落ちそうになる。
 隣では、弟たちがまだ寝ている。
 慣れない旅の疲れもあるだろう。
 荘次郎はそうでもないが、洋三郎は布団から飛び出し、もう少しで、足が荘次郎に当たりそうになっている。

 そっと障子を開ける音がした。
「お目覚めにございますか?」
「ああ、申し訳ない。だいぶ日が高くなっているようですね」
「良いのです。・・・まあ、可愛らしい」
 二人の寝姿に藤子が笑っている。
「もうそろそろ朝餉の支度をいたしますね」
「かたじけない」


「昨夜は、取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」
 藤子がお茶を淹れた湯呑みを、新一郎のそばに置いた。
「いいえ、辛いことを思い出させてしまいました。何も知らずにいたことを恥ずかしく思います」
 遅い朝餉をご馳走になり、鍛冶場を見させてもらっていた。
 新一郎は母屋に上がるかまちに腰掛けている。

 洋三郎が、大鎚を振り下ろす手伝いをしたいと言い出し、双肌脱ぎになっていた。
 いい体をしていると褒められてはりきっている。
「おうりゃ!」
 掛け声は一丁前だが、叩く場所が違うのか、いい音にならなかった。
「くっそーっ」
 何度も挑戦し、汗だくになっている。

「新一郎さま」
 藤子が、鍛冶場の方を見ながら言った。
「花ふぶきをどうなさるおつもりですか?」

「次はおれの番だ!」
 今度は荘次郎が、双肌を脱いだ。
「若旦那が大丈夫かい?」
 職人たちが笑いながら声をかけ、
「無理すんなよー」
 洋三郎が冷やかしている。
「何をっ。おれだって日頃鍛えてるんだからな。見てろよ!」
 と、大鎚を振り上げた。

 新一郎はお茶を飲んで一息ついた。
「これを言ってしまっていいのかどうか、迷いますが・・・」
「何でしょう」
「花ふぶきは、・・・」
 鍛冶場で笑いがおきている。
 言うのが躊躇われたが、もう一度息を吐き、覚悟を決めて言う。
「なくてもいいのではないでしょうか」
「え?・・・」
 藤子が驚いたように目を見張った。
「表と裏の絆ならば、もう・・・波蕗がおります。それで、十分なのでは・・・」
「・・・」
 藤子の目に、また涙が溢れてきた。
 顔を伏せ、たまらずに奥へ駆け込んでいった。
 何事かと、職人たちも、こちらを見ている。
「ああ!新兄がまたお藤さまを泣かせてる!」
「・・・」
 気まずくなって、湯呑みを取り上げ、茶を飲もうとしたが、空になっていた。
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