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2話 花ふぶきの謎
二 家宝集結(四)
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「まだ聞きたいか」
主計が確かめるように兄弟の顔を順番に見ていく。
「聞かぬ方が良いと思うが。・・・聞いたとて、もう元に戻りはせぬ。仇討ちがしたいというなら別だが、その気はあるのか」
「・・・」
「それとも、元に戻したいと思っておるのか。お家再興、いや、乗っ取るか」
主計が口元を歪めた。
「・・・」
「どうだ、新一郎。次男三男には家は継げぬ。継ぐとすれば、お前だ」
「・・・」
荘次郎と洋三郎も、新一郎を見ている。
「いえ。戻る気はありません。政争で負けたというのなら、致し方ないこと。良い悪いもありません。無実の罪を着せられたとしても、今更汚名をそそいだとて、もはや誰も喜びません。そうだな」
弟たちに逆に問いかけた。
「ああ、今のままで十分だ」
「洋三郎は?」
「兄上が良ければそれでいいよ」
「真実は知りたいとは思いますが。これ以上望むこともありません」
「父が無念だとは思わんのか」
「それはそうでしょうが・・・。仇を討ったとて何になりましょう」
波蕗が息を吐いたのがわかった。
ここでいう仇とは、波蕗にとっては祖父に当たるのだ。
「まあ、案ずることはない。この家は、いずれ、波蕗のものになる。婿を迎えるのだ」
「それは・・・?」
「子どもはいないのか?」
「私か?私に子はいない。この先もだ」
主計が意外なことを言った。
「それはなぜ?」
主計はまだ若い。波蕗を養女にしても、この先子が生まれることは否定できないはずだ。
「私は女の肌に興味はない。鋼の肌のようにはな」
「・・・」
「両家は一つになった。石見守どのもお許しくださるだろう。そうは思わんか。聞かぬ方が良いと言うたが、実は、説明できるほど詳しいことはわからん。私が言えるのはそこまでだ。悪かったと認めたくなかったのか、父も何も言わずにこの世を去ったのでな。気になるなら他を当たれ」
主計自身もそのときは二十歳そこそこで、政に関わってはいないのだ。
「私は父上のように出世にも興味はない。欲しいものは花ふぶきのみだ。花ふぶきだけは誰にも渡さん」
目の光が変わった。
主計は牧以上に刀にはこだわりがあるらしい。
だからこそ、花ふぶきに異常なほどの執着を見せるのだ。
「隠れ刀を暴くおつもりですか。外へ漏らしたのはあなたですね」
「隠しておっては、見つかるものも見つからぬ。持っている者に揺さぶりをかけねばならぬ。本当は姉に会って色々聞いておけばよかったのだが、表に行ってからは会っていない」
「亡くなられたそうですね」
主計が頷く。
「もう話は済んだ。さあ、出してもらうぞ」
「わかりました」
新一郎は言い、洋三郎に目配せした。
洋三郎は、懐から鍔を取り出して、拵と共に並べた。
「おお、これが花ふぶきの鍔か」
主計の声がうわずる。
「これがわざわざ一つだけ離されていたのは、何か理由があるのではないかと思うのだが、どう思う?」
「はあ・・・」
皆考える表情になった。
花ふぶきという名の通り、いたるところに花が散らしてある。
鮮やかな緋色の鞘。
柄巻きの色も鞘と濃淡の緋色で揃えてある。
目貫も花だ。
もちろん鍔にも花が散っている。そして波の模様。
波蕗が持つのに相応しい意匠だ。
着物を着替えるのと同じように、思い思いに意匠を変えて遊ぶことができる。
拵の楽しいところだ。
絵物語のように、何かを伝えているのだろうか。
皆首を捻っている。
「兄上」
荘次郎が、珍しく逡巡して新一郎に声をかけた。
「実は、もう一つ・・・」
そう言って、懐から布を出した。
布を開いて取り出したのは・・・。
小柄と笄を鞘に添えるように置いた。
「荘次郎・・・」
「やっぱりこれは、花ふぶきの物だ」
「確かに」
「今まで気づかず隠していました」
「荘兄」
洋三郎がむっとした。
「悪いな」
小柄には花。笄には波の模様がある。
「ほう。揃ったか」
だが、これだけで何かがわかるのか。
「新一郎の刀を見せてくれ」
主計がいきなり言った。
「相州伝だな。牧が言うておった。業物であると」
「はい」
刀を渡した。
おそらく見たいと言われるだろうと思い、今日のために手入れをしてある。
まるで舌なめずりするように受け取って、鞘を払った。
刀身を見つめる目が、まるで恋人でも見るようにうっとりとする。
「この地鉄たまらぬ・・・」
そして、裸に剥くように、柄を外していった。
主計が確かめるように兄弟の顔を順番に見ていく。
「聞かぬ方が良いと思うが。・・・聞いたとて、もう元に戻りはせぬ。仇討ちがしたいというなら別だが、その気はあるのか」
「・・・」
「それとも、元に戻したいと思っておるのか。お家再興、いや、乗っ取るか」
主計が口元を歪めた。
「・・・」
「どうだ、新一郎。次男三男には家は継げぬ。継ぐとすれば、お前だ」
「・・・」
荘次郎と洋三郎も、新一郎を見ている。
「いえ。戻る気はありません。政争で負けたというのなら、致し方ないこと。良い悪いもありません。無実の罪を着せられたとしても、今更汚名をそそいだとて、もはや誰も喜びません。そうだな」
弟たちに逆に問いかけた。
「ああ、今のままで十分だ」
「洋三郎は?」
「兄上が良ければそれでいいよ」
「真実は知りたいとは思いますが。これ以上望むこともありません」
「父が無念だとは思わんのか」
「それはそうでしょうが・・・。仇を討ったとて何になりましょう」
波蕗が息を吐いたのがわかった。
ここでいう仇とは、波蕗にとっては祖父に当たるのだ。
「まあ、案ずることはない。この家は、いずれ、波蕗のものになる。婿を迎えるのだ」
「それは・・・?」
「子どもはいないのか?」
「私か?私に子はいない。この先もだ」
主計が意外なことを言った。
「それはなぜ?」
主計はまだ若い。波蕗を養女にしても、この先子が生まれることは否定できないはずだ。
「私は女の肌に興味はない。鋼の肌のようにはな」
「・・・」
「両家は一つになった。石見守どのもお許しくださるだろう。そうは思わんか。聞かぬ方が良いと言うたが、実は、説明できるほど詳しいことはわからん。私が言えるのはそこまでだ。悪かったと認めたくなかったのか、父も何も言わずにこの世を去ったのでな。気になるなら他を当たれ」
主計自身もそのときは二十歳そこそこで、政に関わってはいないのだ。
「私は父上のように出世にも興味はない。欲しいものは花ふぶきのみだ。花ふぶきだけは誰にも渡さん」
目の光が変わった。
主計は牧以上に刀にはこだわりがあるらしい。
だからこそ、花ふぶきに異常なほどの執着を見せるのだ。
「隠れ刀を暴くおつもりですか。外へ漏らしたのはあなたですね」
「隠しておっては、見つかるものも見つからぬ。持っている者に揺さぶりをかけねばならぬ。本当は姉に会って色々聞いておけばよかったのだが、表に行ってからは会っていない」
「亡くなられたそうですね」
主計が頷く。
「もう話は済んだ。さあ、出してもらうぞ」
「わかりました」
新一郎は言い、洋三郎に目配せした。
洋三郎は、懐から鍔を取り出して、拵と共に並べた。
「おお、これが花ふぶきの鍔か」
主計の声がうわずる。
「これがわざわざ一つだけ離されていたのは、何か理由があるのではないかと思うのだが、どう思う?」
「はあ・・・」
皆考える表情になった。
花ふぶきという名の通り、いたるところに花が散らしてある。
鮮やかな緋色の鞘。
柄巻きの色も鞘と濃淡の緋色で揃えてある。
目貫も花だ。
もちろん鍔にも花が散っている。そして波の模様。
波蕗が持つのに相応しい意匠だ。
着物を着替えるのと同じように、思い思いに意匠を変えて遊ぶことができる。
拵の楽しいところだ。
絵物語のように、何かを伝えているのだろうか。
皆首を捻っている。
「兄上」
荘次郎が、珍しく逡巡して新一郎に声をかけた。
「実は、もう一つ・・・」
そう言って、懐から布を出した。
布を開いて取り出したのは・・・。
小柄と笄を鞘に添えるように置いた。
「荘次郎・・・」
「やっぱりこれは、花ふぶきの物だ」
「確かに」
「今まで気づかず隠していました」
「荘兄」
洋三郎がむっとした。
「悪いな」
小柄には花。笄には波の模様がある。
「ほう。揃ったか」
だが、これだけで何かがわかるのか。
「新一郎の刀を見せてくれ」
主計がいきなり言った。
「相州伝だな。牧が言うておった。業物であると」
「はい」
刀を渡した。
おそらく見たいと言われるだろうと思い、今日のために手入れをしてある。
まるで舌なめずりするように受け取って、鞘を払った。
刀身を見つめる目が、まるで恋人でも見るようにうっとりとする。
「この地鉄たまらぬ・・・」
そして、裸に剥くように、柄を外していった。
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