隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

文字の大きさ
上 下
16 / 74
1話 四兄妹

三 洋三郎の拳(五)   

しおりを挟む
 走りながら、足が勝手に淡路屋の方に向かっているのに気づき、立ち止まる。

 早く知らせたい。
 だが、行ってもいいのかどうか迷った。
 いや、駄目だ。
 賊が追って来るかもしれないのに、引き連れて行ったんじゃ目も当てられない。

 新兄の家を聞いておくんだったと悔やんだ。
 でも、新兄だって家族がいるかもしれない。

 どうする?

 橋の上まで来て、右へ行くか左に行くか決めかねている。

 行くところがないのは、こんなに心細いものなのか。

 複数の、迫ってくる足音が背後から聞こえた。

 来たか。意外に早かったな。

 橋の上で迎え討つことにして、振り返った。
 荷物を端に置く。

 拳を握り、ぽきぽき音を鳴らした。

 やるか、先生。
 先生の仇かもしれない相手を、先生の技で片付ける。

 敵は侍だ。
 刀を振るう相手にどう対抗すればいいだろう。
 とにかくやってみるしかない。

 さあ、来い!

 刀を抜いて迫ってきた。
 上段からの袈裟斬り。
 前に出ながらかわし、伸びた腕を掴んで投げを打つ。
 背中から落ちた侍の腹に拳を叩き込む。
 休む暇なく打ち込まれる刃を、横に飛んでかわした。
 間髪入れずに頭から突っ込む。
 顔を殴りつけ、背後から近づく敵に足蹴りを見舞う。
 腕を取って捻り、肩を外した。

 数人の侍はあっという間に片付いた。

「なかなかやるではないか」
 橋のたもとから別の侍が姿を現した。
「哲斎に仕込まれたか」
 ゆっくりと近づいてくる。
「お前が先生を斬ったんだな」
 じりじりとさがった。
 遣い手だ。さっきの侍たちとは格段にまとっている気が違う。
 押された。
「何者だ」
「大人しく渡すことだ」
 手を出してきた。

「八丁堀と通じているのか」
「・・・」
 答えない。
「花ふぶきを持っているな?」
「そんなものはない。家になかったとわかっているはずだ。家探ししたんだろう?」
「では言い方を変えよう。花ふぶきの一部を持っているな?」
「・・・」
 懐に飛び込めさえすれば・・・。
「お前も斬られたいか」
 侍の右手が刀の柄にかかろうとしている。
 させるか!
 抜こうとする一瞬より速く、柄頭を押し込んで戻し、同時に足を払い体勢を崩してから投げに持ち込もうとした。

 が、侍は持ち上がらなかった。
 踏み堪えて、刀を抜き放つ。
 転がって避けた。
 避けきれずに腕に痛みが走る。
 橋の上を転がりながら、突き刺してくる刃を避けたが、欄干にぶつかりこれ以上避けられない。
「出すなら今のうちだぞ」
 殺せば目的が果たせないからか、もったいぶっている。
 いたぶるつもりか、刃で頬を叩いた。

 そのとき、颯のように橋の上を走ってくる足音がした。
 ぶん、と太刀風がして、侍を襲う。
 刀を上げて、受けた。
「またお前か」
 言いながら、斬りかかった。
「それはこっちの台詞せりふだ」
「新兄」
 刃物の擦れ合う音がした。
 が、侍はそれ以上やり合う気はないようだった。
「決着は後日つける」
 侍はそう言い捨てて、背を向けた。

「大丈夫か」
「新兄、どうしてここが」
「すまないが、親分に後をつけてもらっていたんだ。長屋を引き払ったことも知っている。八丁堀のお屋敷に行ったと知らせを受けて来たんだ。間に合ってよかった」
「そうか・・・」
「後で話を聞く。とりあえず、おれの家に行こう。立てるか」
 安心したら、急に涙がどっと溢れてきた。
「先生の仇だったのに・・・」
 討てなかったことが悔しかった。
「あの野郎!」
 橋板に何度も拳を打ちつけた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春
歴史・時代
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。 第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。

第一機動部隊

桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。 祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

鬼が啼く刻

白鷺雨月
歴史・時代
時は終戦直後の日本。渡辺学中尉は戦犯として囚われていた。 彼を救うため、アン・モンゴメリーは占領軍からの依頼をうけろこととなる。 依頼とは不審死を遂げたアメリカ軍将校の不審死の理由を探ることであった。

子連れ同心捕物控

鍛冶谷みの
歴史・時代
定廻り同心、朝倉文四郎は、姉から赤子を預けられ、育てることになってしまった。肝心の姉は行方知れず。 一人暮らしの文四郎は、初めはどうしたらいいのかわからず、四苦八苦するが、周りの人たちに助けられ、仕事と子育ての両立に奮闘する。 この子は本当に姉の子なのか、疑問に思いながらも、姉が連れてきた女の赤子の行方を追ううちに、赤子が絡む事件に巻き込まれていく。 文四郎はおっとりしているように見えて、剣の腕は確かだ。 赤子を守りきり、親の元へ返すことはできるのか。 ※人情物にできたらと思っていましたが、どうやら私には無理そうです泣。 同心vs目付vs?の三つ巴バトル

居候同心

紫紺
歴史・時代
臨時廻り同心風見壮真は実家の離れで訳あって居候中。 本日も頭の上がらない、母屋の主、筆頭与力である父親から呼び出された。 実は腕も立ち有能な同心である壮真は、通常の臨時とは違い、重要な案件を上からの密命で動く任務に就いている。 この日もまた、父親からもたらされた案件に、情報屋兼相棒の翔一郎と解決に乗り出した。 ※完結しました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...