隠れ刀 花ふぶき

鍛冶谷みの

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1話 四兄妹

二 荘次郎の飛び道具(六)    

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「賊と旦那は繋がってんじゃねえのか?」
 と疑いたくなるほど、賊はなかなか現れなかった。
 こちらとしては、賊が現れてくれないと、何の手がかりもないのだった。
 押し込んできた賊から、何か聞き出せないかと手ぐすね引いて待ち構えているのである。

「このまま現れないつもりだろうか」
 新一郎の顔にも焦りの表情がある。
「あいつに決まっている。賊に漏らしたんじゃないか」
「まさか」
「明日にでも旦那を呼んで、知っていることを喋らせるか。隠していることがあるに違いない」
 憤慨している荘次郎に、新一郎が苦笑した。
「八丁堀の旦那を甘くみない方がいい。そう簡単に喋るとも思えない」
「でも、味方なら、話してもらわねば困る」
「それはそうだな」
「兄上こそ、甘すぎる」
 それが、兄の良いところではあるが。
「花ふぶきがなくとも襲ってくるさ」
 新一郎が確信ありげに言い切った。
「おれも襲われている。あれは、こちらの力を試すものだ。脅しでもあるだろう。花ふぶきがなくても襲う意味はある。荘次郎の力量を試すか、脅しをかけてくる。同じ連中なら、だが、違うこともあるから言い切れないがな。・・・花ふぶきを持たない我らは使い道がなければ邪魔者でしかない。消される可能性だってあるんだ」
「おいおい、怖いことを言う。消しに来るなんて・・・」
「花ふぶきが見つかるまでは大丈夫だと思うが。おれたちも手がかりの一つではあるからな。油断するな」

 もう三日が経っている。
 夜、多少慣れてきて、油断しがちだ。
 それが狙いかもしれず、わかっていても、緊張感に欠けてしまうのは、兄がいてくれると思うからだろう。

 来るとわかれば、備えるだけだ。
 布団の下に、もう一つの飛び道具を忍ばせて寝る。


 揺すられて目が覚めた。
「来るぞ」
 兄の声が緊迫している。
 跳ね起きた。
「塀を乗り越えてくるかもしれん。その時は、荘次郎の出番だ」
 急いで矢籠しこを背中に負い、弓を持ち、縁に出た。
 外は暗い。
 荘次郎は少し不安になった。
 暗い夜に矢を放ったことがない。
 役に立つのか・・・。
 今までに感じたことがないくらい緊張している。
 右手のひらを太ももに擦り付けてから、矢を引き抜いた。

 ーー落ち着け。

 弓につがえ、引き絞る。
 古来、合戦は矢合わせから始まった。
 そして、那須与一の一矢は、戦の行方を占い、左右する力があった。

 ーーさあ、来い。

 先鋒を任された高揚感が、荘次郎の顔に不敵な笑みを浮かべさせた。

 しかし、矢には限りがある。
 八本。
 一矢も無駄にできなかった。


 確かに塀の外に、不穏な気配がある。
 密かな複数の足音がしている。
 ついに黒い影が、塀の上に現れた。
 まだ射たない。
 塀の内側に入ってからだ。
 そうしないと、矢を失ってしまう恐れがある。
 飛び道具の辛いところだ。

 飛び降りた影がこちらに気がついたらしく、一瞬動きを止めた。
 矢を放つ。
 殺さないように、兄と話し合っている。
 賊は、肩口に刺さった矢を引き抜いたが、呻いてうずくまった。
 次の影が塀を乗り越えてくる。
 すでに次の矢の準備はできている。
 飛び降りる瞬間を狙って放つ。
 こちらは腕に刺さったようだが、動きを止めるまでの致命傷にはならず、矢を突き立てたままで、裏口の鍵を外した。
 戸が開いて、賊が入ってきた。
 この前とは違って、人数が多い。
「こっちは任せろ」
 庭に降りている新一郎が、裏口の方へ向かった。

 賊が何者かわからない以上、用心棒が新一郎だと悟られないように、お互いを呼び合わないことも申し合わせている。
 斬り合いになる。
 荘次郎は、援護に回った。
 賊を狙って、矢を放っていく。
 動く的に当てるのに、いつもよりも神経を使う。
 もう半分使った。
 最後に入ってきた敵は、他とは別格のような気がした。
 こいつが頭か。
 狙いをつけて矢を射かけた。
 が、刀で払い落とされた。
 気を取り直して、もう一度狙う。
 敵が、こちらを見た。
 そして近づいてこようとした。
 矢を放つ。
 これも払われた。
 相当の遣い手のようだ。
 新一郎は三人を相手にしていて、顧みる余裕がない。
 敵がまわり込んで、荘次郎に近づく。
 矢をつがえたが、引く間もなく接近してくる。
 腕が震えた。
 弦を引き絞るのと、敵が刀を振りかぶるのが同時だった。
 放てば、斬られる。
 そんな間合いだ。
「花ふぶきはどこだ」
「知らん」
 睨み合った。
 少しでも気を抜けばやられる。
「言え」
「知らんと言っている」
 侍のようだった。
 声に聞き覚えはない。
「お前は誰だ」
 荘次郎が聞いた。
「・・・」
 男は無言だ。無言のまま、ジリジリ押してくる。
「花ふぶきをどこで知った。言え」
 逆に問い詰めるが、押されている。
 部屋へ押し戻そうとしている。
 弓が鴨居に当たる。が、同時に刀も上段からは斬り込めなくなる。
 敵が刀を下げたところで矢を放そうとしたが、その矢を掴まれて射てなかった。
「荘次郎!」
 新一郎が叫ぶ。
 一瞬隙があった。
 敵が新一郎に目をやった。その隙に、弓から手を離し、部屋の中へ転げ込んだ。
 布団の下に手を入れ、転がりながら取り出したそれを打ち込んだ。
 刀を握っている右手に突き立った。
 手のひらに収まる長さの棒手裏剣である。
 と同時に、三人を峰打ちで片付けた新一郎が縁に上がってきた。
「お前は・・・」
「立花新一郎・・・」
 敵がふっと笑ったようだった。
「引くぞ」
 刀を収めて低く言い、縁を降りた。
 動ける者が、怪我をした者を背負い、出ていく。
 その時を稼ぐように、男が二人に目を配っていた。
 捕らえて吐かせようと思っていたのだが、どうしようもできない。
 男と斬り合っているうちに逃げられてしまうだろう。
「ここに、花ふぶきはないようだな」
 後ろに下がりながら、男が言った。
「他を当たることにしよう」


 牧格之進がやってきたのは、それから間もなくのことだった。
 店の者が異変を知らせに行ってくれたのだ。
「やはり来ましたか。賊に心当たりがあるのですかな」
 荘次郎も兄の顔を見た。
 賊の頭らしい男が兄の名前を呼んだのだ。
「一度出会っている。おれを襲ってきた男だ。・・・しかし、見覚えがないんだ。思い出せないのかもしれないが」
「向こうは、兄上のことを知っているみたいだったな」
「そのようだ」
「昼間ならわかるんじゃないか?」
 暗いところでは姿がはっきり見えない。
「奴は、他を当たると言っていた」
 洋三郎と波蕗が心配だった。
「事態は一刻を争う。旦那は洋三郎の消息を知りませんか?少しでも手がかりがあれば教えていただきたい」
「いいでしょう」
 牧はあっさりと白状した。
「実は消息は突き止めたのですが、確証がなく、どうしたものかと思っていたのですよ。お二人に確かめてもらえれば、はっきりするでしょう」
 二人は顔を見合わせた。
「立花家の方々はどうも扱いにくいですな。その町医者の先生は、立花なんて知らないと取り付く島もないのですから」
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