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1話 四兄妹
一 新一郎の刀(一)
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お家が断絶し、屋敷を出されてから、もう十年が経とうとしていた。
立花新一郎は腕を伸ばしてあくびをした。
もう少し寝ようか、とまた寝床に横になる。
長屋の一人住まいである。
気楽なものだった。
二十四になっている。
十四歳のとき、家族が突然バラバラになった。
新一郎は四兄妹の長男である。
次男、荘次郎は十二歳で商家に。
三男、洋三郎は十歳で町医者に、それぞれ貰われていった。
それ以来一度も会っていない。
今どこにいるのかも知らない。
(もう皆立派な大人だな)
末の妹、波蕗は十年前、まだ五歳だった。
(波蕗は十五か・・・)
大きくなっ姿を、新一郎は想像できなかった。
母親の実家に預けられているはずだったが、その家がどこにあるのか知らなかった。
新一郎たち三兄弟とは、母親が違うのだ。
近頃、弟たちのことが気になって仕方がない。
暮らしが落ち着いたということもあるだろう。
新一郎自身は、立花家の剣術指南をしていた神谷甚兵衛に引き取られ、神谷道場の住み込み弟子として暮らし始めた。
しかし、五年前、甚兵衛の死とともに道場が潰れた。
跡取りがなく、その後を束ねる人がいなかったからだ。
分裂して、高弟たちはそれぞれの道場を立ち上げたのだった。
新一郎の居場所がまたなくなった。
この長屋に引っ越してきたのもそれからで、町人ながら道場に通っていた岡っ引きの親分仙次と仲良くなり、世話してもらった。
仙次は、孤独な身の上の新一郎を気にかけてくれて、何かと世話を焼いてくれる。
生業は、しがない用心棒で、仙次の仕事を助けたり、仙次の紹介で、商家の用心棒をすることもあった。
そんなとき、荘次郎の店にばったり出くわす、ということもあるんではないかと、淡い期待を抱いてしまうのだった。
だが、期待と裏腹に、まったくそんな機会はやってこない。
あるときは、怪我をしたり、近所の子供が麻疹にかかったりして、誰かが医者を呼びにいくとき、ひょっとして洋三郎が往診に来はしないかと思ったりする。
そしてこちらもそんな気配はまったくなく、月日ばかりが過ぎていくのだった。
(探すべきだな)
長男にありがちな、のんびりおっとり気質の新一郎は思い始めている。
偶然に頼らず、もうそろそろ、弟たちの消息を尋ねてもいいだろう。
立花家は一万石の旗本に毛が生えたような大名だった。
十年前、新一郎にしては突然のことで、何がなんだかわからないまま、父は他家にお預けになり、戻ってこなかった。
謹厳実直な父が、何か悪いことをするなどど、寝耳に水もいいところだった。
なぜこんなことになったのか、真相を探ろうにも、子供にはどうしていいかわからなかった。
ただ茫然と、されるがままに、家族が散り散りになり、家がなくなるのを見ていることしかできなかった。
(今なら・・・)
やってもいいかもしれないと思うようになっている。
そうしなければ、いつまでも澱のように心のそこに溜まったままの思いにケリをつけることができない。
何から手をつけていいか、今もわからないことに変わりはないが、まずは弟たちだということははっきりしている。
一人でできることは限られている。
それに、皆の消息が知りたかった。
(親分に頼るしかないかな)
思考はいつもそこにだどりつき、先には進まないのだ。
親分に頼ると言っても、ただでさえ忙しい岡っ引きの仕事の合間に、頼み事なんてできない。
(やっぱり己でやらなきゃな)
寝ようと思ったが、目が冴えてきて起き上がった。
家の中に居たって、弟たちは見つからない。
立花新一郎は腕を伸ばしてあくびをした。
もう少し寝ようか、とまた寝床に横になる。
長屋の一人住まいである。
気楽なものだった。
二十四になっている。
十四歳のとき、家族が突然バラバラになった。
新一郎は四兄妹の長男である。
次男、荘次郎は十二歳で商家に。
三男、洋三郎は十歳で町医者に、それぞれ貰われていった。
それ以来一度も会っていない。
今どこにいるのかも知らない。
(もう皆立派な大人だな)
末の妹、波蕗は十年前、まだ五歳だった。
(波蕗は十五か・・・)
大きくなっ姿を、新一郎は想像できなかった。
母親の実家に預けられているはずだったが、その家がどこにあるのか知らなかった。
新一郎たち三兄弟とは、母親が違うのだ。
近頃、弟たちのことが気になって仕方がない。
暮らしが落ち着いたということもあるだろう。
新一郎自身は、立花家の剣術指南をしていた神谷甚兵衛に引き取られ、神谷道場の住み込み弟子として暮らし始めた。
しかし、五年前、甚兵衛の死とともに道場が潰れた。
跡取りがなく、その後を束ねる人がいなかったからだ。
分裂して、高弟たちはそれぞれの道場を立ち上げたのだった。
新一郎の居場所がまたなくなった。
この長屋に引っ越してきたのもそれからで、町人ながら道場に通っていた岡っ引きの親分仙次と仲良くなり、世話してもらった。
仙次は、孤独な身の上の新一郎を気にかけてくれて、何かと世話を焼いてくれる。
生業は、しがない用心棒で、仙次の仕事を助けたり、仙次の紹介で、商家の用心棒をすることもあった。
そんなとき、荘次郎の店にばったり出くわす、ということもあるんではないかと、淡い期待を抱いてしまうのだった。
だが、期待と裏腹に、まったくそんな機会はやってこない。
あるときは、怪我をしたり、近所の子供が麻疹にかかったりして、誰かが医者を呼びにいくとき、ひょっとして洋三郎が往診に来はしないかと思ったりする。
そしてこちらもそんな気配はまったくなく、月日ばかりが過ぎていくのだった。
(探すべきだな)
長男にありがちな、のんびりおっとり気質の新一郎は思い始めている。
偶然に頼らず、もうそろそろ、弟たちの消息を尋ねてもいいだろう。
立花家は一万石の旗本に毛が生えたような大名だった。
十年前、新一郎にしては突然のことで、何がなんだかわからないまま、父は他家にお預けになり、戻ってこなかった。
謹厳実直な父が、何か悪いことをするなどど、寝耳に水もいいところだった。
なぜこんなことになったのか、真相を探ろうにも、子供にはどうしていいかわからなかった。
ただ茫然と、されるがままに、家族が散り散りになり、家がなくなるのを見ていることしかできなかった。
(今なら・・・)
やってもいいかもしれないと思うようになっている。
そうしなければ、いつまでも澱のように心のそこに溜まったままの思いにケリをつけることができない。
何から手をつけていいか、今もわからないことに変わりはないが、まずは弟たちだということははっきりしている。
一人でできることは限られている。
それに、皆の消息が知りたかった。
(親分に頼るしかないかな)
思考はいつもそこにだどりつき、先には進まないのだ。
親分に頼ると言っても、ただでさえ忙しい岡っ引きの仕事の合間に、頼み事なんてできない。
(やっぱり己でやらなきゃな)
寝ようと思ったが、目が冴えてきて起き上がった。
家の中に居たって、弟たちは見つからない。
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