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4.思い出のアップルパイ
4ー12
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由梨ちゃんが見せてくれた袋の中身は、おにぎりがふたつ。
「二人には先に作って一緒に食べててもらうように言って出てきたので、私は適当にどこかでこれを……」
「……そっか、複雑なんだよね。お母さんに、由梨ちゃんの本当の気持ち、言った?」
私の言葉に顔をあげる由梨ちゃんは、今にも泣きそうな困った顔をして首を横にふる。
「……言えるわけ、ないよ。こんなの二人の邪魔をしてるみたいで、お母さんのことも困らせてしまうだけだもん……。お母さんが私に無理させてるって言ってるようなもんだし……。私がいけないのに……、新しいお父さんのことは嫌いじゃないし、むしろよくしてもらってるのに、どうしてダメなんだろう。本当に、私って親不孝だよね」
「ごめんね、由梨ちゃん。でも、ひとつだけ言わせて。それは違う、由梨ちゃんは親不孝なんかじゃないと思う」
由梨ちゃんは、今、どんな気持ちで私と話しているのだろう。
早口で捲し立てるような言い方からも、由梨ちゃん自身が、自分の中にある複雑な気持ちに悩んで苦しんでいるのは伝わってきた。
けれど、それだけ悩んでしまうのは決して親不孝だからじゃない。
「たくさん自分の中で葛藤してしまうのは、それだけ由梨ちゃんがお母さんのことや新しいお父さんのことを考えているからじゃないかな? お母さんのことも新しいお父さんのことも考えられる由梨ちゃんが親不孝だなんて、私は思わないよ」
「そうかなぁ……」
由梨ちゃんは目尻に溜まった涙をさりげない仕草で指で拭う。
「……確かにね、由梨ちゃんの言うとおり、由梨ちゃんの気持ちを伝えることで、お母さんは由梨ちゃんに無理させてたんだって思ってしまうかもしれないし、それによって困らせてしまうかもしれない。でもね、由梨ちゃんに何も言ってもらえない方がつらいんじゃないかな?」
「……そうかな」
「私はお母さんじゃないけど、同じ立場だったらそう思うと思う。前に友達が部活のことですごく悩んでいたんだけど、心配させたくないからって私にはほとんど何も話してくれなかったの。そりゃあ、私は部活に入ってないから完全に部外者なわけだけど、やっぱり寂しかった」
「……」
「だから……って言い方は変かもしれないけど、由梨ちゃんのお母さんも、多分由梨ちゃんの本当の気持ちを知れない方が寂しいんじゃないかな?」
由梨ちゃんは何か考えを巡らせるようにうつむいている。
ちょっとでしゃばったことを言い過ぎただろうか。
そのとき、由梨ちゃんが弱々しい声で口を開く。
「……こういうとき、あやかしの世界で暮らせたら良かったのにっていつも思ってた。お母さん側のお爺ちゃんとお婆ちゃんは二人とも完全なあやかしだけど、私のことを可愛がってくれてるし」
「……え?」
「綾乃さんがギンさんからどこまで聞いてるかわからないけど、一部の純血のあやかしは、あやかしと人間の子どものことを出来損ないって言って嫌ってるの。見た目も能力も中途半端なことが多いから。人間でいう、差別みたいなものかな。だから、私は何があっても人間の世界で暮らさないといけないんだよね」
そういえば、由梨ちゃんが最初に自分のことを話してくれたとき、自分はあやかしでも人間でもないとやけに卑屈な言い方をしていたことを思い返す。
それは、あやかしの世界で受けた扱いや、人間の世界では本来の姿を隠すことを強いられた結果だったのだろう。
「とにかく今の状況が嫌でずっと寄り道カフェに逃げ込んでばかりだったけど、このまま逃げ込んでばかりじゃ何も変わらないんだよね。実際、お母さんも私が毎日のように寄り道カフェに通ってるのも、私がミーコさんと仲が良いのを知ってるから、特に気に留めてないみたいだし……」
そして、由梨ちゃんは覚悟を決めたように口を開く。
「ありがとう、綾乃さん。私、一度ちゃんとお母さんと話し合ってみることにする」
「由梨ちゃん……」
「私だって、お母さんにずっと本当の気持ちを隠し続けるのは、嘘をついているみたいでつらいもん」
にこりと笑った由梨ちゃんは、いつも見る由梨ちゃんの姿よりずっとたくましく見えた。
「……綾乃さん、ミーコさんとギンさんはまだお店にいる?」
「え? うん、ミーコさんもまだいたし、坂部くんは明日の仕込みをしてると思うよ」
「今、お邪魔してもいいかな?」
さすがにもう閉店時間をすっかり過ぎている。
どうしようかと思ったけれど、毎日のように今日も由梨ちゃんが来ないと心配していたミーコさんのことを思えば、会わせたいと思った。
何より、由梨ちゃんが寄り道カフェを必要としているのだから。
「……うん。じゃあ、一緒に行こうか」
今歩いて来た道を寄り道カフェの方へ引き返す。
寄り道カフェまで戻ると、正面の入り口はすでに閉まっているため裏の勝手口のそばについているチャイムを押した。
「二人には先に作って一緒に食べててもらうように言って出てきたので、私は適当にどこかでこれを……」
「……そっか、複雑なんだよね。お母さんに、由梨ちゃんの本当の気持ち、言った?」
私の言葉に顔をあげる由梨ちゃんは、今にも泣きそうな困った顔をして首を横にふる。
「……言えるわけ、ないよ。こんなの二人の邪魔をしてるみたいで、お母さんのことも困らせてしまうだけだもん……。お母さんが私に無理させてるって言ってるようなもんだし……。私がいけないのに……、新しいお父さんのことは嫌いじゃないし、むしろよくしてもらってるのに、どうしてダメなんだろう。本当に、私って親不孝だよね」
「ごめんね、由梨ちゃん。でも、ひとつだけ言わせて。それは違う、由梨ちゃんは親不孝なんかじゃないと思う」
由梨ちゃんは、今、どんな気持ちで私と話しているのだろう。
早口で捲し立てるような言い方からも、由梨ちゃん自身が、自分の中にある複雑な気持ちに悩んで苦しんでいるのは伝わってきた。
けれど、それだけ悩んでしまうのは決して親不孝だからじゃない。
「たくさん自分の中で葛藤してしまうのは、それだけ由梨ちゃんがお母さんのことや新しいお父さんのことを考えているからじゃないかな? お母さんのことも新しいお父さんのことも考えられる由梨ちゃんが親不孝だなんて、私は思わないよ」
「そうかなぁ……」
由梨ちゃんは目尻に溜まった涙をさりげない仕草で指で拭う。
「……確かにね、由梨ちゃんの言うとおり、由梨ちゃんの気持ちを伝えることで、お母さんは由梨ちゃんに無理させてたんだって思ってしまうかもしれないし、それによって困らせてしまうかもしれない。でもね、由梨ちゃんに何も言ってもらえない方がつらいんじゃないかな?」
「……そうかな」
「私はお母さんじゃないけど、同じ立場だったらそう思うと思う。前に友達が部活のことですごく悩んでいたんだけど、心配させたくないからって私にはほとんど何も話してくれなかったの。そりゃあ、私は部活に入ってないから完全に部外者なわけだけど、やっぱり寂しかった」
「……」
「だから……って言い方は変かもしれないけど、由梨ちゃんのお母さんも、多分由梨ちゃんの本当の気持ちを知れない方が寂しいんじゃないかな?」
由梨ちゃんは何か考えを巡らせるようにうつむいている。
ちょっとでしゃばったことを言い過ぎただろうか。
そのとき、由梨ちゃんが弱々しい声で口を開く。
「……こういうとき、あやかしの世界で暮らせたら良かったのにっていつも思ってた。お母さん側のお爺ちゃんとお婆ちゃんは二人とも完全なあやかしだけど、私のことを可愛がってくれてるし」
「……え?」
「綾乃さんがギンさんからどこまで聞いてるかわからないけど、一部の純血のあやかしは、あやかしと人間の子どものことを出来損ないって言って嫌ってるの。見た目も能力も中途半端なことが多いから。人間でいう、差別みたいなものかな。だから、私は何があっても人間の世界で暮らさないといけないんだよね」
そういえば、由梨ちゃんが最初に自分のことを話してくれたとき、自分はあやかしでも人間でもないとやけに卑屈な言い方をしていたことを思い返す。
それは、あやかしの世界で受けた扱いや、人間の世界では本来の姿を隠すことを強いられた結果だったのだろう。
「とにかく今の状況が嫌でずっと寄り道カフェに逃げ込んでばかりだったけど、このまま逃げ込んでばかりじゃ何も変わらないんだよね。実際、お母さんも私が毎日のように寄り道カフェに通ってるのも、私がミーコさんと仲が良いのを知ってるから、特に気に留めてないみたいだし……」
そして、由梨ちゃんは覚悟を決めたように口を開く。
「ありがとう、綾乃さん。私、一度ちゃんとお母さんと話し合ってみることにする」
「由梨ちゃん……」
「私だって、お母さんにずっと本当の気持ちを隠し続けるのは、嘘をついているみたいでつらいもん」
にこりと笑った由梨ちゃんは、いつも見る由梨ちゃんの姿よりずっとたくましく見えた。
「……綾乃さん、ミーコさんとギンさんはまだお店にいる?」
「え? うん、ミーコさんもまだいたし、坂部くんは明日の仕込みをしてると思うよ」
「今、お邪魔してもいいかな?」
さすがにもう閉店時間をすっかり過ぎている。
どうしようかと思ったけれど、毎日のように今日も由梨ちゃんが来ないと心配していたミーコさんのことを思えば、会わせたいと思った。
何より、由梨ちゃんが寄り道カフェを必要としているのだから。
「……うん。じゃあ、一緒に行こうか」
今歩いて来た道を寄り道カフェの方へ引き返す。
寄り道カフェまで戻ると、正面の入り口はすでに閉まっているため裏の勝手口のそばについているチャイムを押した。
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