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4.思い出のアップルパイ

4ー10

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「何でおまえが喜ぶんだよ」

「だって、ねー。えへへ」

「変なやつ」


 うっとうしそうというよりも、むしろ照れ臭そうに、坂部くんはそう口にした。

 坂部くんはそんな私のことを理解し難いみたいだが、嬉しいのは本当だ。

 同じ瞬間を同じ場所で過ごす仲間のことを受け入れることで、坂部くんにとって少しでもプラスになればと純粋に思っている。

 最初の頃は、全然そんなつもりなかったのに、不思議なものだ。


「いつまで笑ってんだよ」

「だってー」

「……でも、俺が変われたならおまえのおかげか。俺と違った見方を聞けて、少し考えを変えることができた。ありがとう」

「……はっ!」


 人間の姿でも整った顔立ちをしている坂部くん。そんな彼に穏やかに微笑まれたのだから、思わずドキリとしてしまうのは不可抗力に近いだろう。

 何より、何だかんだで坂部くんは、私の話をちゃんと聞いた上で考えてくれる。

 そういうところにも、坂部くん本来の人柄のようなものを感じて嬉しい。


「何だよ」

「……だ、だって。坂部くんが、そんなことを改まって言ってくるなんて、信じられなくて……」

「何だそれ。俺、おまえにどんな風に思われてんだよ」


 何となく、坂部くんをまとう空気がいつもより少し柔らかいような気がした。

 遠くからは昼休みの喧噪が聞こえるものの、近くには誰もいない。

 今なら、坂部くんも素直な気持ちになってるみたいだし、もっと踏み込んだことを聞いてもいいだろうか。

 “俺みたいに他と違う奴”と坂部くんが言った、本当の意味を。

 坂部くんは、本当は由梨ちゃんと同じようにあやかしでありながら人間でもあるのだろうか。


「あ、あのさ……へっくしゅん」

 だけどそのとき、再び窓から冷たい風が入ってきて、思わずくしゃみをして身震いしてしまう。


「……寒いのか?」

「え? ああ、上着を教室に忘れてきちゃって……」


 もう、何でこんな肝心なときにくしゃみが出るのよ。

 だけどそのときだった。ふわりと私の身を温もりが包んだ。


 一瞬、何が起こったかわからなかった。

 さっきまで寒さを堪えていた身体はもう寒くなくて、むしろ温かい。

 異様にドキドキと心臓が鳴って、すぐには上手くしゃべることができなかった。

 いつの間にか坂部くんは、自分の上着を脱いで私の背に羽織らせてくれていたのだ。


「……えっ、と。あ……」

 それでも何か話そうと口を開いても、意味不明な文字列が飛び出すばかりだ。


「寒いんだろ? なら、それ着とけ」

「えと、あ、ありがとう……」


 どうしよう。何で私はこんなにドキドキしているのだろう。

 見上げた先にあるのは、見慣れているはずの人間の姿の坂部くんのものなのに、何でこんなに緊張しているのだろう。


 私につられてなのか、坂部くんの顔もいつもより少し赤い気がする。

 あまりにも私が見てたからなのだろう。坂部くんは私からきまりが悪そうに目をそらすと、教室の方へ歩いていってしまった。


 結局、坂部くんの元の姿が人間に近い見た目をしている理由は聞けなかったな……。

 がっかりしてしまうのは、純粋に聞きたかったことを聞けなかったからなのだろうか。


 そのあと、濡れたベストを片手に坂部くんの上着を羽織って教室に戻った私が、明美に散々事情を問い詰められたのは言うまでもない。

 *

 それからも、変わらずに由梨ちゃんは寄り道カフェに訪れた。


「昨日なんてね、お風呂に入ったあとリビングに戻ったら、夜買い物に出かけてた新しいお父さんがいつの間にか帰ってて、すごく焦ったの。元の姿の耳とか尻尾は見られてなかったみたいだけど、すごく心臓に悪い……」


 今日の由梨ちゃんは、本日のケーキといつも決まって頼むオレンジジュースを前に、昨晩の寄り道カフェから帰ったあとの出来事について話してくれた。

 最近、こうして由梨ちゃんが不満に思っていることを私にも話してくれることが増えたのは、少しは由梨ちゃんに信頼してもらえているということなのだろうか。


「そうだったんだ。大変だったね……」

「本当に。やっぱり姿を隠したまま一緒に住むなんて無理だよ。お母さんは平気みたいだけど、結構疲れるんだよね、ずっと人間の姿のままでいるのって」


 人間の私にはわからないことだが、どうやらあやかしが人間の姿を保つのは、ある程度の体力を使うらしい。

 それはいくら人間の血が半分流れているとはいえ、ゆりちゃんも大きく変わらないようだ。

 人間の世界で生きるあやかしたちにとっての、人間でいう外行きの顔のようなものなのだろうか。

 家で新しいお父さんといるとき、由梨ちゃんは常に外行きの顔でいることを強いられると考えれば、思わず同情してしまう。
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