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3.気持ち重なるミル・クレープ

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 私がもっと積極的に浜崎さんと接点を持っていけたら良かったのかもしれない。

 けど、ただでさえ接点のない浜崎さんがお店に来た際に状況を見て声をかけるのもハードルが高いのに、学校でいきなり声をかけていくだなんてこと私にはどんなに頑張ってもできそうにない。


「綾乃ちゃーん、こっちにもケーキセット~!」


 そのとき、シルクハットを被った紳士が、その風貌には似合わずにこちらに手を振った。

 彼は話によるとガマガエルのあやかしらしい。


 紳士な姿からカエルの姿はとてもじゃないけど結び付かない。でも元の姿の影響なのか、時々ゲロゲロと笑うので、いろんな意味で見た目とのギャップが酷い。


「はい、今、うかがいます」

 そんな彼は京子さんほどではないけれど、寄り道カフェの常連客の一人らしい。


「あのガマガエル、馴れ馴れしく綾乃を呼んでんじゃないわよ」

 そんな風にぼやく京子さんに向かって思わず口元に人さし指を立てる。


「だって、先週初めて会ったばかりにしては馴れ馴れしいじゃない。しかもいつも週に一度来るか来ないかの頻度のくせに、最近やけに来るじゃない」

「私は大丈夫なので。一旦、失礼しますね」


 どうやら京子さんは、ガマガエルさんのことはあまり好んでいないらしい。

 人間にも合う合わないがあるように、あやかしにも相性というものがあるようだ。


「本日のケーキとホットコーヒーをお持ちしました」

「ああ、ありがとう。綾乃ちゃん、んー、いつ見ても可愛いねぇ」

「……ありがとうございます」


 ガマガエルさんはにへらと笑うと、ケーキに手を伸ばす。

 表面上ではわからないけど、ガマガエルさんもこの場所を求めて寄り道カフェに来ているのかもしれないと思えば、少しでも甘いものに癒されていってほしいと思う。

 そのとき、カランコロンとドアベルの鳴る音が軽快に響く。


「いらっしゃいま──っ」


 一瞬、息を呑んだ。

 そこには、制服姿の浜崎さんが控え目な様子で立っていたのだから。


「こちらにどうぞ」

 ミーコさんが店内の音楽を用意していたCDのものに切り替えたようで、さっきまで店内に流れていたヒーリング系の音楽が吹奏楽の演奏に変わる。


「おっ、たまにはこういう曲もいいね~!」

 それに反応した何も知らないガマガエルさんが、呑気に呟く声が少し離れたところから聞こえる。


「本日のケーキですが、ベリーのタルトになります。ドリンクはどうされますか?」

 一度は席に座った浜崎さんだったけれど、すぐに何も言わずにその場を立つ。


「すみません、私、帰ります」

 そして、肩にかけていた鞄の紐をグッと強く握った直後、浜崎さんは震える声でそういって、私を押し退けて店の外に向かって走り出した。


「あ、ちょっと……っ!」


 今流れている吹奏楽の曲は、浜崎さんが部活に来られなくなった原因となった曲ではない。例の曲は、この次にかかる予定だったのだから。

 それなのに逃げ出されるなんて、思いもしなかった。

 やっぱり私のやり方は荒療治過ぎて、自分本位でしかなかったのだろうか。


「待って、浜崎さん……っ!」

 逃げるように店を出る浜崎さんの腕を、店を出たところで何とかつかむ。

 浜崎さんがそれほど走るのが速くないみたいで助かった。


「……どうして、私の名前」

 やっぱり浜崎さんは私の存在には気づいていなかったようで、少し戸惑ったように目を丸くしている。


「私も同じ高校だから。二年の立石綾乃です。吹奏楽部の浜崎さん、だよね?」

「……吹奏楽部は、辞めました。もしかして、部長に何か言われて私に声をかけたのですか?」

「え、いや、明美に何か言われたわけじゃなくて……」


 思わず明美の名前を出してしまったが、恐らくそれが失敗だったようだ。

 浜崎さんは明美の名前に反応を示すように目を細めると、吐き捨てるように言った。


「部長に伝えといてください。迷惑です、と」

 そして、次の瞬間には浜崎さんは私の身体を強く押してきた。


「……っ、ちょっと! 明美は関係ないんだって!」


 思わず私がよろけた隙に、浜崎さんはその場から走り去ってしまった。

 とっさに口から出た真実が浜崎さんの耳に届いたのかどうかわからない。


 どうしたらいいのだろう。

 とにかく今の浜崎さんは、誰かに自分の傷に触れられることを拒んでいるように見えた。

 追いかけてもいいけど、今追いかけたところで同じことを繰り返すことになるだけだと思った私は、とぼとぼと寄り道カフェに戻ることになったのだった。
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