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3.気持ち重なるミル・クレープ

3ー3

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「……それ、貸せ」


 坂部くんは、二人の真ん中に置かれたままの、明らかに失敗作のパンケーキの皿を手に取る。

 見るに堪えないデコレーションが施されている一番上のパンケーキを取り除くと、坂部くんは新しい一枚をパンケーキを焼いていた男子から受け取って戻ってくる。

 そして二人組が怪訝そうに見つめる中、二人の手から生クリームとチョコペンを取り上げると、ものの数秒で完璧なデコレーションを完成させたのだ。


「おおっ!」

「すげぇじゃん、坂部」


 瞬間、まるで手のひらを返したように、男子二人組は坂部くんを称賛する。


「別に。コツさえつかめば大したことじゃない」

「コツってなんだよ」

「もったいぶらずに教えろよ」


 坂部くんは両側から男子二人組に詰められ、仕方ないなとばかりに二人の中に入っていく。


「……ちょっと、綾乃」


 そのとき、明美が私の懐を小突いた。

 私たちの手元のテーブルに視線を落とすと、明美のチョコペンのデコレーションが終わったパンケーキの皿がひとつと、今届いたのであろう新しいパンケーキの皿がひとつ乗せられている。


「あっ、ごめんね」

「いいけど……。坂部がデコレーションが得意だなんて、いつ知ったの?」

 素朴な疑問のように口にした明美に、思わずギクリとする。


「いつ、だったかなぁ。あははははっ」

「何それ。最近の綾乃、時々怪しいよね」

「そうかなぁ? 気のせいだよ」

 苦し紛れにそう言うけれど、もう明美に隠し通すのは限界が近いのかもしれない。

 *

 模擬店の仕事と自由時間は、前半と後半で交代制だ。

 前半に模擬店の仕事を終えた私と明美は、後半、ようやくそれらから解放されて自由になる。


「そういえば明美ってこのあと吹奏楽部の発表があるんだよね」

「うん。せっかく模擬店の仕事終わったのに悪いけど、すぐに部活の方にいかないといけないんだ」


 文化祭の冊子には、まだ吹奏楽部の演奏は少し先の時間が記載されているが、楽器の準備諸々で時間がかかるのだろう。


「ううん、仕方ないよ。私はどこかで軽くお昼食べてから見に行くから。頑張ってね」

「ありがとう!」


 小さくなる明美を見送りながら、これからどうしようと考える。

 こうなることは予想していたが、万が一明美と一緒に食べることになった場合のことも考えて、他の誰ともお昼を食べる約束をしていなかったんだ。


 ……とりあえずお腹空いたし、何か食べに行こうかな。

 私たちのクラスと同じように食べ物を提供している模擬店はいくつもある。

 フランクフルトやフライドポテト、たこ焼きなど、お祭りの屋台で見かけるような物が主だ。


 クラスごとに華やかな装飾のされた教室を見ながら歩いて、結局一目見て引かれたクレープを食べることにした。

 パンケーキをやっている私たちのクラスから見ればそれに近しい模擬店ではあるが、だからといってライバル意識を持っているというわけでもないので問題ないだろう。

 それほど混んでる様子はなく、少し待てば私のクレープを焼いてもらえた。


「苺とチョコのクレープです」


 甘いものに目がない私は、これがお昼ご飯であろうと誘惑に負けて甘い系のクレープを選んだ。

 今日くらい、いいだろう。


 教室内に四つずつ合わせて並べられたテーブルの島がいくつかあり、好きなところに座っていいと中に誘導される。

 まばらに人が座る中、意外な人の姿がそこにあることに気がついた。


「坂部くん」


 それほど大きな声を出したわけではなかったが、どうやら本人の耳に私の声は届いていたらしい。

 クレープを持った坂部くんの瞳は、少し驚いたように開かれている。いつもは感情が全く読めない顔をしているのに、それもまた珍しい。

 目があったことから、何となく坂部くんの向かいの空いた席の前まで進む。


「坂部くんもクレープなんだね。ここ、いい?」

 すぐそばの椅子の背を片手の平でポンポンとする。


「別にいいけど」

 ……良かった! これでダメなんて言われたら相当気まずいし、つらい。だからとりあえず私がここにいることを許容されたことに胸を撫で下ろす。


「それは昼食後のデザートか?」

 坂部くんの視線は、私がかじりついたクレープに注がれている。


「ううん。お昼ごはんだけど」
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