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2.恋するレモンチーズケーキ

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 なんで京子さんが悪者になってるの?

 人が人を好きになることは、誰にも止められない。

 それが思うように実を結ぶこともあれば、心変わりやすれ違いが起こることだってある。

 人の恋愛に口を出すつもりもなければ、そうすべきじゃないのもわかっているつもりだった。

 けど、さすがに黙って聞いていられなかった。


「ちょっと、それはないんじゃないですか?」

「……は?」

 いきなり前に出てきた私に、男性はいぶかしそうにまゆを寄せる。


「私は完全に部外者ですし、口を出すべきではないことはわかってます。でも、今のは人としてどうなのですか?」

「……なんなんだよ、おまえ」

「京子さんに、謝ってください。そして、今の発言を撤回してください」

「……新入りちゃん!」

 京子さんが後ろから私に駆け寄り、私の両肩を両手でつかむ。


「いいのよ、もう……」

「でも、二人はちゃんと付き合っていたんですよね? それなのに、こんな風に京子さんだけ悪く言われるなんて……」


 ただただ怒りに任せてそう口走っていたけれど、すぐそばにあった京子さんの表情を見て、私の声は尻すぼみに消えていった。

 京子さんの勝ち気な姿はどこにもなく、ただ悲しそうにまゆを下げている。

 私は自分の感情の赴くままに大きな失敗をしてしまったのかもしれないと、早くも後悔してしまった。


「あのさ、いい加減迷惑だからやめてくれない?」


 そうしているうちに、京子さんに向かって男性が低く冷たい声を発する。


 そんなに新しい彼女に対する体裁が大事なのかと思うと、はらわたが煮えくり返りそうだ。

 必死にわき立つ感情を抑えていると、隣で京子さんが口を開いた。


「そうね。今までごめんなさいね。彼女とせいぜいお幸せに」


 いつもより低い声でそう言った京子さんの気持ちは全くわからない。

 京子さんの表情は苦しんでいるようにも見えるのに、口角は笑って見えたから。

 男性はまるで面食らったように片方の頬をひくつかせると、京子さんには何もこたえずに、新しい彼女の肩を抱いて、方向転換する。


「気分悪くさせてごめんな。お詫びに何か食って帰ろうか」

「はい……」


 そんな男女の会話が少しずつ遠ざかって聞こえる中、どこから飛んできたのか、私の目の前で一枚の緑の葉っぱがひらりと舞った。


「うわっ」

 そのときだった。悲鳴とも取れる男性の声に次いで、バタッとアスファルトに身体を打ち付ける音がした。


「先輩! 何やってるんですかぁ~」

「いてて……っ」

 何もないと思われる場所で、先程の男性が突然尻餅をついたのだ。


「しっかりしてくださいよ。なんで突然後ろに倒れてるんですか。先輩、超ダサいです」

「笑うなよ。あ、待って……っ」

 他の通行人の視線を集める中、耐えきれなくなった女性が男性をおいて歩いていく。それを慌てて立ち上がった男性がおいかける。

 目の前の光景を呆然と見ていると、隣からクククと笑う声が聞こえた。


「あっはは。いい気味……っ」

 見ると、京子さんが肩を震わせて、お腹に手を当てて笑っている。その手には、先程私の目の前を舞っていた緑の葉が一枚握られている。

 そのとき、ポンと小さな破裂音とともに京子さんの頭に二つの三角の黄褐色の耳が飛び出したから、私は慌ててカバンの中に入れていたハンドタオルを京子さんの頭に被せた。


「ああ、ありがとう」

「いえ。もしかして、さっきの男性が転んだのって、京子さんが……?」

 すると、京子さんは自身の口元の前で人さし指を立てて、悪い顔で笑った。


「このことは秘密ね」

 やっぱりさっきのは、京子さんの妖術によるものだったのだ。


「でも、新入りちゃんのお陰でせいせいしたわ。本当にありがとう」

「いえ、私は何も……。むしろ、出すぎた真似をしてしまいすみません」

「全然。それより新入りちゃんって呼び方、まるであたしからあなたのことを突き放しているみたいで嫌よね。悪いけど、名前、なんだったかしら。初日に聞いたような気もするけど、覚えてなくて」

「あ、綾乃です。立石綾乃」

「そう。じゃあ綾乃、これからちょっとあたしに付き合ってよ」

「……え?」

「失恋の痛みは甘いものを食べて癒さなくちゃ。付き合ってくれるわよね?」

「もちろんです!」
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