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5.潮騒の音色と迷い
5ー2
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つまり、あのとき確かに花穂は兄ちゃんのことを微かにでも思い出していて、さらに思い出そうとして倒れた──ということなのだろうか。
「何となくだけど、梶原さんは思い出せないだけで、本当は涼太のことを忘れてねぇような気がする」
「花穂は、本当は兄ちゃんのことを覚えてる?」
「真相心理では、な。一種の自己防衛ってことなんだろうな。本当は忘れてなんかないけど、あまりに想定外の辛い現実が起こって、自分を守るために無意識のうちに思い出せないようにしているんじゃないかと思う」
「そんなことってあるのですか?」
「さぁな。そこまで知らねぇけど、現状梶原さんの場合、そうなんじゃねぇの?」
辛い現実からの自己防衛。現実逃避。
花穂がそうしてしまう理由には、心当たりがありすぎる。
その中でも一番は、恋人だった兄ちゃんの死なのだろう。
「……じゃあ、また兄ちゃんのことを思い出しそうになったら、花穂は自己防衛反応で倒れて記憶が消えてしまうかもしれないってことですよね」
「可能性は否定できないと思う」
現状からの推測しかできないが、園田先輩の言う通りのような気がする。
でも、それじゃあどうしろっていうんだろう。
兄ちゃんや家族との思い出を思い出したいという花穂の思いから記憶探しの旅を始めた。
もし花穂が本当に兄ちゃんのことを思い出そうとする度に真相心理がそれを拒んで、思い出しかけたことを忘れてしまうのなら、いつまで経ってもゴールにたどり着けないということだ。
「……俺、思うんだけどさ」
僕が考えあぐねていると、同じように考え込んでいた園田先輩が口を開く。
「記憶探しの旅とか言ってないでさ、本当のことを話したらダメなの?」
「……え、っと」
「梶原さんが涼太の姿に反応したから、将太が涼太に成りすまして記憶を戻す手助けをしてる話は聞いたけどさ、それって、本当に梶原さんのためになってるのかって話」
「それは……」
僕のやっていることが、花穂のためになっているのかどうか。
その問いに、すぐさま“うん”とは言えない。
だってそれだけのことを、まだ僕は成し得ていないのだから。
今のままでは、僕は兄ちゃんに成りすまして花穂のそばにいるただの嘘つきでしかない。
「将太はどう思うかわからないけど、もし梶原さんが自己防衛から思い出そうとしても過去に蓋をしてるなら、涼太がいない現実をくらませているのってあまりよくないように思う」
「でも、自己防衛するくらい辛いことなら、無理に思い出させるのは……」
「そう思う気持ちもわからなくはないが、じゃあそれなら一生梶原さんが現実から目を逸らしたまま、将太は涼太に成りすましたまま生きていくのか?」
「……それはっ」
「不可能だろ? 辛いことを隠して目を背けるのは梶原さんにとっては楽かもしれないけど、いつかは必ず向き合わないといけない日が来る。そう思えば、下手に涼太がいると思い込ませるのってどうだろう?」
「……」
何が正しくて、どうするべきなのか。
何をすることが花穂のためになるのか。
園田先輩の言葉に反論できるほどの考えを、僕は持ち合わせていない。
でももしも、今僕がしていることが何一つ花穂のためになってないのならと考えたら、恐ろしくなった。
僕がこの夏休みをかけてやって来たことが、全て間違っていたということなのだろうか。
ドクドクと、今までにないくらいに血流の音が大きく聞こえて、耳に障る。
寒いくらいに冷房のきいた喫茶店内だというのに、背中に冷や汗が浮かぶ。
僕は、とんでもないことを花穂にしてしまったのではないだろうか。僕がやってきたことが正しいと胸を張って言えればいいのに、自分に問いかけて不安になる。
アイスコーヒーの氷がカランと揺れたとき、トンと僕の肩に温かい手が置かれた。
いつの間にか下に落としてしまっていた視線を上げると、心配そうな面持ちの園田先輩がこちらを見ていた。
「ごめん。将太の気持ちも考えずに言い過ぎた」
「いえ……」
それだけ助言してくれるということは、園田先輩も真剣に花穂のことを考えてくれているっていうこと。
むしろ、ありがたいことだ。
「何となくだけど、梶原さんは思い出せないだけで、本当は涼太のことを忘れてねぇような気がする」
「花穂は、本当は兄ちゃんのことを覚えてる?」
「真相心理では、な。一種の自己防衛ってことなんだろうな。本当は忘れてなんかないけど、あまりに想定外の辛い現実が起こって、自分を守るために無意識のうちに思い出せないようにしているんじゃないかと思う」
「そんなことってあるのですか?」
「さぁな。そこまで知らねぇけど、現状梶原さんの場合、そうなんじゃねぇの?」
辛い現実からの自己防衛。現実逃避。
花穂がそうしてしまう理由には、心当たりがありすぎる。
その中でも一番は、恋人だった兄ちゃんの死なのだろう。
「……じゃあ、また兄ちゃんのことを思い出しそうになったら、花穂は自己防衛反応で倒れて記憶が消えてしまうかもしれないってことですよね」
「可能性は否定できないと思う」
現状からの推測しかできないが、園田先輩の言う通りのような気がする。
でも、それじゃあどうしろっていうんだろう。
兄ちゃんや家族との思い出を思い出したいという花穂の思いから記憶探しの旅を始めた。
もし花穂が本当に兄ちゃんのことを思い出そうとする度に真相心理がそれを拒んで、思い出しかけたことを忘れてしまうのなら、いつまで経ってもゴールにたどり着けないということだ。
「……俺、思うんだけどさ」
僕が考えあぐねていると、同じように考え込んでいた園田先輩が口を開く。
「記憶探しの旅とか言ってないでさ、本当のことを話したらダメなの?」
「……え、っと」
「梶原さんが涼太の姿に反応したから、将太が涼太に成りすまして記憶を戻す手助けをしてる話は聞いたけどさ、それって、本当に梶原さんのためになってるのかって話」
「それは……」
僕のやっていることが、花穂のためになっているのかどうか。
その問いに、すぐさま“うん”とは言えない。
だってそれだけのことを、まだ僕は成し得ていないのだから。
今のままでは、僕は兄ちゃんに成りすまして花穂のそばにいるただの嘘つきでしかない。
「将太はどう思うかわからないけど、もし梶原さんが自己防衛から思い出そうとしても過去に蓋をしてるなら、涼太がいない現実をくらませているのってあまりよくないように思う」
「でも、自己防衛するくらい辛いことなら、無理に思い出させるのは……」
「そう思う気持ちもわからなくはないが、じゃあそれなら一生梶原さんが現実から目を逸らしたまま、将太は涼太に成りすましたまま生きていくのか?」
「……それはっ」
「不可能だろ? 辛いことを隠して目を背けるのは梶原さんにとっては楽かもしれないけど、いつかは必ず向き合わないといけない日が来る。そう思えば、下手に涼太がいると思い込ませるのってどうだろう?」
「……」
何が正しくて、どうするべきなのか。
何をすることが花穂のためになるのか。
園田先輩の言葉に反論できるほどの考えを、僕は持ち合わせていない。
でももしも、今僕がしていることが何一つ花穂のためになってないのならと考えたら、恐ろしくなった。
僕がこの夏休みをかけてやって来たことが、全て間違っていたということなのだろうか。
ドクドクと、今までにないくらいに血流の音が大きく聞こえて、耳に障る。
寒いくらいに冷房のきいた喫茶店内だというのに、背中に冷や汗が浮かぶ。
僕は、とんでもないことを花穂にしてしまったのではないだろうか。僕がやってきたことが正しいと胸を張って言えればいいのに、自分に問いかけて不安になる。
アイスコーヒーの氷がカランと揺れたとき、トンと僕の肩に温かい手が置かれた。
いつの間にか下に落としてしまっていた視線を上げると、心配そうな面持ちの園田先輩がこちらを見ていた。
「ごめん。将太の気持ちも考えずに言い過ぎた」
「いえ……」
それだけ助言してくれるということは、園田先輩も真剣に花穂のことを考えてくれているっていうこと。
むしろ、ありがたいことだ。
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