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2.嘘つきな僕と初恋の思い出

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 正門から入ってすぐ、花穂が足を留めた。


「花穂……?」

 まさかさっそく何か思い出したのだろうか。

 だけど、僕の言わんとすることを悟った花穂は小さく首を横に振るだけだった。


 何だったのだろう?

 本当になんともなかったのか、そもそも僕には話すつもりはないのか、花穂は校舎の方へ歩いていく。


 お盆が近いとはいえ、屋内は文化系の部活動が行われていることから、校舎内にもすんなり入れそうだ。

 高校の校舎は、第一教棟、第二教棟、特別棟と、うちの学校には工業科が併設されているから、工業棟とある。

 少なくとも兄ちゃんも花穂も僕も普通科だから、ここは工業棟はスキップすることにしよう。


「どこからまわろうか」

 もし直感でも何か思い当たるところがあるのなら、そこは花穂が記憶を取り戻せる可能性のある場所なのかもしれない。

 特に今回は自分たちが現在通っている学校だということから、これまでの幼稚園や小学校中学校と違って自由に校舎内をまわれるし、聞いてみる価値はあるだろう。


「……うーん。中庭? あるかな?」


 中庭、その単語を聞いた途端に、胸の中に甘酸っぱいような苦いようななんともいえない感情が広がっていく。


「うん、中庭だね。行こっか」

 何でもない風にこたえるけれど、内心とてもじゃないけど平常心ではいられなかった。


 第二教棟と第一教棟を繋ぐ通路から入ることができる中庭は、全ての校舎の廊下側の窓から眺められる。

 少し丘のようになった真ん中には桜の大きな木が一本立ち、そばにはちょっと洒落た木のベンチが置かれている。


 花穂に手を取られ、他の生徒たちが見たら明らかにバカップルに思われるだろうなと思いながら、その場に向かう。

 花穂も何か感じているのか、僕の手を握る力は強い。

 僕自身は決して足取りが軽かったわけじゃないけれど、中庭にはすぐについた。


 春にはピンク色の花でいっぱいになっていた桜の木は、今は青々とした緑に覆われている。

 建物と建物の間を走り抜ける暖かい風と桜の木による大きな木陰もあるからか、夏の暑さは少しだけマシに感じられる。

 青々とした桜の木に、満開の桜の木の残像が重なって、僕の胸の底から甘酸っぱくもあり苦々しい思い出が、一気に込み上げてきた。


 ***

「……え?」

 今、何て言った?

 聞こえなかったわけではない。信じたくなかったのだ。


「花穂と付き合うことになったんだ」


 それが本当であるのだろうことは、兄ちゃんの口から発せられる花穂ちゃんの呼び名が呼び捨てになっていることからも、感じ取れた。

 そんな……。何でそうなってしまったんだろう。


「ってか、兄ちゃん。花穂ちゃんのこと好きだったの?」

 僕が平然を装ってそう聞くと、兄ちゃんは照れ臭そうに微笑む。


「初めて会ったときからなのかな? はっきりとは覚えてないけど、小さい頃からずっと好きだったんだ。将太には気づかれてると思ってたよ」


 そっくりそのまま同じ言葉を返したいくらいだ。

 僕だって、初めて会ったときからずっとずっと花穂ちゃんのことが好きだったのに……っ!


 でも、その言葉を聞いて嫌でもわかった。

 兄ちゃんにとっても、花穂ちゃんが初恋の相手だったんだってことが。


「……どっちから告白したの?」

 これで花穂ちゃんから兄ちゃんに告白したって聞かされたら絶対にへこむってわかってたけど、思わず聞いてしまった。


「僕からだよ」

「へぇ。どこで?」


 すると、兄ちゃんはよくぞ聞いてくれましたとばかりにニヤニヤと嬉しそうに笑いながら、僕に携帯の画面を見せてくる。

 まるで絵に描いたような満開の桜の木が、丘のようになったところに一本はえている。

 そして、その脇には木のベンチがある。
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