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「ふぅ~。終わった……」
俊彦さんと久木さんのいる社長室から出て、目的の会議室で私は午後に行われる会場準備を一通り整えた。
長机にはコロが付いているものの、一人でその配置を並べ替えるのはかなりの重労働だ。
だけど、それさえも予定よりもずっと早く終わってしまったのは、私がそれだけこの会議室の準備に一心不乱になって打ち込んでいたからだろう。
一段落ついた瞬間、頭のなかを占めるのはやっぱり俊彦さんと久木さんのことだ。
あのあと、二人はどんな会話をしたのだろう?
正直なところ、社長室に戻りづらい。
もうすでにいつもお昼の休憩をもらう時間帯になっているから、戻ったところで私はきっと休憩を取るように言われるだけだと思う。
けれど、もし、二人がどうにかなってたらって思ったら怖かった。
とはいえ、いつまでもここに居るわけにはいかない。
会議室の準備を頼まれた以上、終わったなら終わったと伝えることも社会人として大切なことだ。
「よしっ!」
誰に言うでもなく、気合いを入れるようにそう声を出すと、私は会議室を出ようとドアに手をかける。
だけど、ガチャリとドアノブをまわしてドアを引いて外に出ようとしたとき、ボフッと顔から何かにぶつかった。
「……ぅわっ」
「す、すみませ……っ」
視界を占めるグレーのものが、スーツの背広であることを頭で認識した瞬間に反射的に謝るけれど、頭上から降ってきた声に思わず私は身を強ばらせた。
「……琴子」
「俊彦さん……」
何で俊彦さんがここに?
ここに俊彦さんがいるっていうことは、久木さんは帰ったのかな?
俊彦さんは、私がここで会議の準備をしていることを知っていたから、私に何かを伝えに来たの……?
頭のなかが次から次へと疑問符で埋め尽くされていく。
俊彦さんはどこか思い詰めたように私のことを見ていて、背筋に冷や汗が浮かぶようだった。
まだ俊彦さんの口からは何も告げられてないというのに、膝が小刻みに震え始める。
「会議室の準備終わりましたので」
俊彦さんの口から何かを聞くのが怖いとはいえ、この状況で俊彦さんを無視するわけにもいかず、事務的に告げて俊彦さんに会釈してその場を過ぎようとする。
ところがそれは、俊彦さんによって呆気なく阻止されてしまった。
「…………っ!?」
ガチャンと閉まるドアの音がした直後、ガチャリと鍵を閉められる音が背後から聞こえる。
私は一瞬の間に、俊彦さんの腕のなかにいたのだ。
「……ごめん」
そして耳が痛くなるほどの静寂を俊彦さんが破った。
これは、何に対する“ごめん”なのだろう?
もしかして久木さんと話して、俊彦さんは何の肩書きもない私なんかよりも久木さんを選ぶことにしたのだろうか。
俊彦さんが放ったのは、たった三文字の言葉。
彼が何を思ってその言葉を口にしたのかはまだわからないというのに、不安になっていた私の心にその言葉は深く突き刺さるように感じた。
そのせいもあってなのだろう。
「直子のことだけど、」
彼が久木さんのことを“直子”と呼ぶ声に、ズキンと再び胸が痛む。
本当に二人の間に何もないなら、どうして俊彦さんと久木さんはお互いに名前で呼び合う仲なのだろう?
そこから引っ掛かっていた私の不安はとうとう限界に達してしまって、私は思わず、俊彦さんが久木さんのことで何か私に伝えようとした言葉を遮ってしまった。
「いいですよ、私のことは。私は、大丈夫ですので……!」
怖かったんだ、この先の言葉を聞くのが。
俊彦さんの顔を直視できないから、彼が今どんな顔をしてるのかわからない。
だけど、一度開いた口からは次から次へと勝手に言葉が溢れ出る。
俊彦さんと久木さんのいる社長室から出て、目的の会議室で私は午後に行われる会場準備を一通り整えた。
長机にはコロが付いているものの、一人でその配置を並べ替えるのはかなりの重労働だ。
だけど、それさえも予定よりもずっと早く終わってしまったのは、私がそれだけこの会議室の準備に一心不乱になって打ち込んでいたからだろう。
一段落ついた瞬間、頭のなかを占めるのはやっぱり俊彦さんと久木さんのことだ。
あのあと、二人はどんな会話をしたのだろう?
正直なところ、社長室に戻りづらい。
もうすでにいつもお昼の休憩をもらう時間帯になっているから、戻ったところで私はきっと休憩を取るように言われるだけだと思う。
けれど、もし、二人がどうにかなってたらって思ったら怖かった。
とはいえ、いつまでもここに居るわけにはいかない。
会議室の準備を頼まれた以上、終わったなら終わったと伝えることも社会人として大切なことだ。
「よしっ!」
誰に言うでもなく、気合いを入れるようにそう声を出すと、私は会議室を出ようとドアに手をかける。
だけど、ガチャリとドアノブをまわしてドアを引いて外に出ようとしたとき、ボフッと顔から何かにぶつかった。
「……ぅわっ」
「す、すみませ……っ」
視界を占めるグレーのものが、スーツの背広であることを頭で認識した瞬間に反射的に謝るけれど、頭上から降ってきた声に思わず私は身を強ばらせた。
「……琴子」
「俊彦さん……」
何で俊彦さんがここに?
ここに俊彦さんがいるっていうことは、久木さんは帰ったのかな?
俊彦さんは、私がここで会議の準備をしていることを知っていたから、私に何かを伝えに来たの……?
頭のなかが次から次へと疑問符で埋め尽くされていく。
俊彦さんはどこか思い詰めたように私のことを見ていて、背筋に冷や汗が浮かぶようだった。
まだ俊彦さんの口からは何も告げられてないというのに、膝が小刻みに震え始める。
「会議室の準備終わりましたので」
俊彦さんの口から何かを聞くのが怖いとはいえ、この状況で俊彦さんを無視するわけにもいかず、事務的に告げて俊彦さんに会釈してその場を過ぎようとする。
ところがそれは、俊彦さんによって呆気なく阻止されてしまった。
「…………っ!?」
ガチャンと閉まるドアの音がした直後、ガチャリと鍵を閉められる音が背後から聞こえる。
私は一瞬の間に、俊彦さんの腕のなかにいたのだ。
「……ごめん」
そして耳が痛くなるほどの静寂を俊彦さんが破った。
これは、何に対する“ごめん”なのだろう?
もしかして久木さんと話して、俊彦さんは何の肩書きもない私なんかよりも久木さんを選ぶことにしたのだろうか。
俊彦さんが放ったのは、たった三文字の言葉。
彼が何を思ってその言葉を口にしたのかはまだわからないというのに、不安になっていた私の心にその言葉は深く突き刺さるように感じた。
そのせいもあってなのだろう。
「直子のことだけど、」
彼が久木さんのことを“直子”と呼ぶ声に、ズキンと再び胸が痛む。
本当に二人の間に何もないなら、どうして俊彦さんと久木さんはお互いに名前で呼び合う仲なのだろう?
そこから引っ掛かっていた私の不安はとうとう限界に達してしまって、私は思わず、俊彦さんが久木さんのことで何か私に伝えようとした言葉を遮ってしまった。
「いいですよ、私のことは。私は、大丈夫ですので……!」
怖かったんだ、この先の言葉を聞くのが。
俊彦さんの顔を直視できないから、彼が今どんな顔をしてるのかわからない。
だけど、一度開いた口からは次から次へと勝手に言葉が溢れ出る。
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