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1.友情を繋ぐ柚子香るタルト

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 残念ながら宿を取り直すなんていうお金の余裕は失業中の私にはないのだから、仕方ないだろう。

 奥道後は、道後温泉があった場所に比べて山側で緑が多く静かなところだった。
 にぎやかな方が観光地っぽさはあるものの、自然に囲まれた落ち着いた宿もとても居心地が良かった。
 奥道後にも温泉があり、こちらでも温泉を堪能できたのだからある意味結果オーライだったのかもしれない。

 そして一夜を明かして今に至る。

 奥道後の宿を後にした私は、今、殺風景な国道沿いを歩いている。
 すぐそばの奥道後の停留所にはバスはほとんど来ず、五分くらい歩いたところにある停留所を教えてもらったのだ。
 時間帯にもよるが、そこなら三十分から一時間に一本バスが来るらしい。

 バスが三十分から一時間に一本って……。

 心の中で呟く。今まで都会にしか住んだことがなかった私は、軽くカルチャーショックを受けていた。
 少なくともこれまで利用していた電車の路線は十分以内には次の便が来ていたし、バスももっと便数があった。
 比べること自体間違っているのだろうけれど、都会の便利さに慣れていたことから思わず不便さを覚える。

 そうこう考えていると遠くに、停留所の標識柱が見えてくる。
 次に行く場所は、バスに乗ってから考えよう。

 気を取り直して、ようやく目的のバス停と思われるものが見えてきた矢先、私は思わず目を見張った。
 昨日お世話になったオレンジ色のバスが、突然視界に映ったからだ。
 どうやら脇の道から右折して国道に入ってきたらしい。


「あ……!」

 停留所の標識柱は見えてるものの、まだ距離がある。
 走って追いつけるほど近くはないし、停留所には誰も待っていなかった。降りる人間もいなかったようで、そのままバスは停まることなく走っていってしまった。

 小さくなるオレンジ色の背が完全に見えなくなるのとほぼ同時に、私はバス停にたどり着く。


「……三十分後か」

 次のバスまで三十分もある。だけど、バス停にある時刻表を見れば、時間帯によっては本当に一時間に一本の箇所もあった。ここはまだ三十分程度でよかったと喜ぶべきなのだろうか。

 はぁ、と大きなため息が漏れ出る。

 遅れてたどり着いたバス停で足を止めると、途端に惨めな気持ちが込み上げる。

 本当にツイてない。
 仕事も上手くいかなくて、久しぶりの友人との再会も心から喜べなくて。それどころか、一人旅さえ行き当たりばったりだ。

 私なりに頑張っているはずなのに、どうして上手くいかないのだろう。

 そんな本音を口走りそうになった途端、これまで我慢して堪えていたものが一気に押し寄せてきて、まぶたが熱くなる。情緒不安定で嫌になる。

 いくら人がいないからといって、いい歳した人間が外で泣くのはさすがに恥ずかしい。グッとそれを堪えようとしたとき、


「チャチャ。チャチャ、どこにおるん?」

 背後から女性の声が聞こえて、思わずふり返った。

 道沿いを歩いていたときには誰も居なかったはずだ。そんなに注視して見ていたわけではないけれど、道路脇のガードレールの先は傾斜がきつく、人が通れるような道は見当たらなかった。

 だけど私はすぐに自分の行動を後悔した。

 視線の先で目があったのはおばあさんだった。

 白髪混じりの長い髪を頭の下で一つのお団子にまとめて、グレーと白のストライプのトップスに黒いズボン姿をした至って普通のおばあさんに見える。たった一つの問題点を除けば。


 とっさに目をそらそうとしたけれど、手遅れだ。

 おばあさんは私と目があったことに、大層驚いたように目を見開いたかと思えば、こちらに歩いてくる。

 こちらに足音もなく近づいてくるおばあさんの身体はうっすらと透けて向こうの景色が見えていた。


「あんた、私のことが見えとん?」

 そのセリフで、やはり彼女はこの世の人ではないのだと確信した。

 実を言うと、私には幽霊が見える。

 いつからかなんてわからないけれど、物心ついた頃には見えていた。そういう事情で幽霊が見えるということは、私にとっては“いつもの光景”だから特別取り乱すことはないけれど、どうしたらいいのだろう。

 今まで、幽霊が見えたところで見えないフリをして接触を避けてきていた。幽霊が見えることで周囲の人に変な目を向けられるくらいなら、見えないものとして過ごす方が都合が良かったからだ。
 だからいざ目があってこちらのことに気づかれたとき、どうしていいかまるでわからない。
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