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9.お前は一体誰なんだよ。
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「ご迷惑おかけしました。梨緒をよろしくお願いします。梨緒も、ありがとう」
梨緒は、私のことを思ってなのだろう。
少し慌てたように本郷店長と梨緒の姿の私にそう言って、梨緒は彼氏のところに戻り二人で歩いていく。
とりあえず無事に事を終えられたのかな。
静かになった空間には、私と本郷店長だけが残った。
「さっきの……」
「私の、双子の妹なんです」
「……そうか。妹さんに紗枝子が迷惑をかけたこと、俺からも謝っておいてくれ」
本郷店長の話によると、やっぱり紗枝子さんはまだ本郷店長に未練があったらしい。
梨緒の姿の私について探っていたのも、何かしらあらを探して、本郷店長から引き裂くためだったんだそうだ。
「また紗枝子とは俺から話をつけておくから。お前も妹さんも心配しなくていいからな」
だけどそうは言っても、本郷店長はどこか考え込むような表情を浮かべている。
何かしらの違和感が、私たちの間に流れる。
「……本郷さん?」
「……いや、ごめん」
思わず問いかけてみるけれど、本郷店長はどこか戸惑うように私から目を逸らした。
本郷店長は少し表情を歪めて再び私を見ると、言いにくそうに口を開いた。
「……あのさ、さっきのどういう意味? 俺とずっと一緒にいたのは梨緒じゃねぇってやつ」
「……えっ」
さっきの、本郷店長にも聞かれてたんだ。
途中から本郷店長も私のあとを追ってきてくれてたみたいだし、私も梨緒の誤解をとくのに必死だったから結構大きな声で言ってしまったと思うし、聞かれていても不思議じゃない。
「俺とずっと一緒にいたのが梨緒じゃねぇって……。じゃあお前は一体誰なんだよ」
返す言葉が思い浮かばなかった。
射抜くような瞳がこちらに向けられる。
いつか解けてしまうとわかっていた魔法に、とうとう限界が来てしまったんだと悟った。
「……すみませんでした。私、本当は梨緒じゃないんです」
下手に言い訳したって、無駄な気がした。
所詮、いつかはバレてしまうウソだったのだから……。
私は、本郷店長に思いきり深く頭を下げた。
もう、こうするしか方法が思い浮かばなかったんだ。
「本物の梨緒は、さっきの私の妹の方です。突然都合が悪くなった梨緒の代わりに、私が梨緒のフリをして、本郷さんと出会った合コンに出席してたんです」
本郷店長は、一向に口を閉ざしたままだ。
頭を下げ続ける私には、本郷店長の表情は確認できない。
「……本郷さんの見ていた梨緒は、偽者の梨緒だったんです。私のこの見た目も名前も全部、全てウソだったんです。最初にちゃんと言って断るべきでした。ウソをついて、本当にすみませんでした」
「……つまり、お前は俺を、騙してたってことなのか?」
頭上から力なく聞こえた声に、顔を上げる。
ズキンと胸が痛んだ。
本郷店長が、本当に傷ついたような表情を浮かべていたから。
「すみません……。私、最低ですよね」
本郷店長は、何かをこたえるかわりに、額に手を当てて大きなため息を吐き出した。
「本当にすみませんでした。だけど、本郷さんと過ごせた時間は、とても幸せでした」
涙が頬を伝う。
ウソだらけの中、この気持ちだけは紛れもない本心だった。
本郷さんは苦しげにうつむいたまま、こちらを見ようともしていない。
「もう、私に本郷さんとこうして一緒にいる資格なんてないです。本当にすみませんでした」
完全に、終わった。
そう思った私は、最後にもう一度深く頭を下げて、本郷店長に背を向けて走り出した。
「お、おい、梨緒っ!」
本郷店長が呼び止める声が聞こえた。
私が梨緒じゃないと知ってしまったのに、梨緒の名前で。
本当の名前を告げなかったんだから、そう呼ぶしかなかったんだろうけど……。
梨緒は、私のことを思ってなのだろう。
少し慌てたように本郷店長と梨緒の姿の私にそう言って、梨緒は彼氏のところに戻り二人で歩いていく。
とりあえず無事に事を終えられたのかな。
静かになった空間には、私と本郷店長だけが残った。
「さっきの……」
「私の、双子の妹なんです」
「……そうか。妹さんに紗枝子が迷惑をかけたこと、俺からも謝っておいてくれ」
本郷店長の話によると、やっぱり紗枝子さんはまだ本郷店長に未練があったらしい。
梨緒の姿の私について探っていたのも、何かしらあらを探して、本郷店長から引き裂くためだったんだそうだ。
「また紗枝子とは俺から話をつけておくから。お前も妹さんも心配しなくていいからな」
だけどそうは言っても、本郷店長はどこか考え込むような表情を浮かべている。
何かしらの違和感が、私たちの間に流れる。
「……本郷さん?」
「……いや、ごめん」
思わず問いかけてみるけれど、本郷店長はどこか戸惑うように私から目を逸らした。
本郷店長は少し表情を歪めて再び私を見ると、言いにくそうに口を開いた。
「……あのさ、さっきのどういう意味? 俺とずっと一緒にいたのは梨緒じゃねぇってやつ」
「……えっ」
さっきの、本郷店長にも聞かれてたんだ。
途中から本郷店長も私のあとを追ってきてくれてたみたいだし、私も梨緒の誤解をとくのに必死だったから結構大きな声で言ってしまったと思うし、聞かれていても不思議じゃない。
「俺とずっと一緒にいたのが梨緒じゃねぇって……。じゃあお前は一体誰なんだよ」
返す言葉が思い浮かばなかった。
射抜くような瞳がこちらに向けられる。
いつか解けてしまうとわかっていた魔法に、とうとう限界が来てしまったんだと悟った。
「……すみませんでした。私、本当は梨緒じゃないんです」
下手に言い訳したって、無駄な気がした。
所詮、いつかはバレてしまうウソだったのだから……。
私は、本郷店長に思いきり深く頭を下げた。
もう、こうするしか方法が思い浮かばなかったんだ。
「本物の梨緒は、さっきの私の妹の方です。突然都合が悪くなった梨緒の代わりに、私が梨緒のフリをして、本郷さんと出会った合コンに出席してたんです」
本郷店長は、一向に口を閉ざしたままだ。
頭を下げ続ける私には、本郷店長の表情は確認できない。
「……本郷さんの見ていた梨緒は、偽者の梨緒だったんです。私のこの見た目も名前も全部、全てウソだったんです。最初にちゃんと言って断るべきでした。ウソをついて、本当にすみませんでした」
「……つまり、お前は俺を、騙してたってことなのか?」
頭上から力なく聞こえた声に、顔を上げる。
ズキンと胸が痛んだ。
本郷店長が、本当に傷ついたような表情を浮かべていたから。
「すみません……。私、最低ですよね」
本郷店長は、何かをこたえるかわりに、額に手を当てて大きなため息を吐き出した。
「本当にすみませんでした。だけど、本郷さんと過ごせた時間は、とても幸せでした」
涙が頬を伝う。
ウソだらけの中、この気持ちだけは紛れもない本心だった。
本郷さんは苦しげにうつむいたまま、こちらを見ようともしていない。
「もう、私に本郷さんとこうして一緒にいる資格なんてないです。本当にすみませんでした」
完全に、終わった。
そう思った私は、最後にもう一度深く頭を下げて、本郷店長に背を向けて走り出した。
「お、おい、梨緒っ!」
本郷店長が呼び止める声が聞こえた。
私が梨緒じゃないと知ってしまったのに、梨緒の名前で。
本当の名前を告げなかったんだから、そう呼ぶしかなかったんだろうけど……。
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