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9.お前は一体誰なんだよ。

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 残りの園内を回り終えるのは、あっという間だったように感じた。


「今のパンダが最後だったみたいだな」

「そうみたいですね」


 お弁当を食べたあとは、残りの動物園内を見て回った。


「じゃあ、最後はあれ乗って帰るか」


 本郷店長が指したのは、出口付近にある大観覧車だった。

 この動物園の目玉のひとつで、色々な動物の形をしたゴンドラがゆっくりと上空を回っている。


「え、……あ、はい」

「もしかして、お前、高所恐怖症だったりする?」

「い、いえ。そんなこと、ないです……」

「じゃあ、決まりだな」


 私の手を引きながら、本郷店長は観覧車の乗り場の方へと歩いていく。


 わああ、本郷店長と観覧車かぁ。
 乗りたいような、乗りたくないような。

 ここの動物園に来るって決まったときから、もしかしたら、とは思ってたけど、心の準備が追いついてないよ……。


 観覧車のチケットを購入すると、大して混んでなかったことから、すぐに私たちは観覧車のゴンドラ内へと案内された。


「それではごゆっくり」


 係員の人の声とともに、ガシャンと音を立てて扉が閉められる。

 周りの音から一気に遮蔽されて、自分の心臓の音だけが大きく響いて聞こえた。


「おい」

「……は、はい」

「せっかく観覧車乗ったのに、何足元ばかり見てんだよ」

「す、すみません……」


 そう断って、視線を窓の外へと向ける。

 近くに見えるのは、最後に見たパンダ舎の屋根だ。

 さっきまで本郷店長と歩いた動物園内の全体像が、小さくなっていく。


「……こ、このあと、どうしますか?」


 近くに建っていた時計台の時刻は、15時前だった。

 本郷店長からは、夜はディナーに連れていってくれると聞いているけれど、それにしては時間が余ってしまった。


「そうだな……。とりあえず、この辺りには何もねぇから、街まで電車で出ようと思ってる。あそこには、最近大きなショッピングセンターができただろ?」

「はい」

「そのあとのことまで、まだ決めてはなかったんだが、お前はどうしたい? ショッピングセンター内には映画館もあるし、映画でも観に行くか? それとも、せっかくショッピングセンターに行くなら、買い物の方がいいか?」

「……じゃ、じゃあ、映画で」

 そう答えて、ぎゅっと両手を握りしめる。


 会話をしたことで、自然と視線を窓の外から本郷店長へと移動していた。

 その視線の次のやり場に迷って、結局自分の手元を見つめてしまう。


 そのとき、ガタンとゴンドラ内が揺れたかと思えば、目の前には本郷店長の姿がが迫ってきていた。

 座席に座ったままの私の背後にある窓に右手をついて、私と目線の高さを合わせるようにかがんできた。

 とっさに視線を上げてしまったことで、整った本郷店長の顔が間近に見えた。


「あ、あの……っ」

「こういうの、壁ドンって言うらしいな」

「……え?」

「こういうことされると、女ってドキドキするものなのか?」


 そりゃ、ドキドキはしてるけど……。

 何の突拍子もない会話に、思わず目をぱちくりさせる。


「って、何言ってんだ。俺は……」


 そんな私を見て、本郷店長はフッと嘲るように笑う。


「ゆっくりでいい、急かすつもりはないって、この前も言ったばかりなのにな。一刻も早く、もっとお前をドキドキさせてやりたくて堪らない」


 梨緒の姿でいるときは、必ず視界に映る、栗色のウェーブのかかったロングヘアの毛先。

 それを一束つかむと、本郷店長は本当にいとおしむようにそこにキスを落とした。


「……俺にこうされるの、嫌か?」

 聞かれて、思わず首を横に振っていた。


「嫌じゃ、ないです……」


 好きの気持ちが、今にも溢れ出てしまいそうだ。

 だって私は、見た目は梨緒でも、中身は本郷店長に恋してしまった高倉奈緒なんだから──。


 私の言葉を聞くなり、本郷店長はもっと距離を詰めてくる。


「……これは、嫌か?」

 額をくっつけて、鼻先を触れ合わせてくる。


「嫌じゃ、ないです……」
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