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8.まさか気づいてないですよね?

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「ほら、塗れたぞ。よかったらこの薬もやるが、どうする?」

「お、同じ薬が家にもあったと思うので、大丈夫です……」


 わぁ、どうしよう。
 なんだか異様に緊張してきた。

 よくよく考えたら、今、私は本郷店長の寝室で二人なわけで、このシチュエーションが醸し出す雰囲気に鼓動が異様なくらいに加速していた。


 そんな私に気づいてなのか、本郷店長はフッと意地悪く笑った。


「どうした? そんな物欲しげな目で見てきて」

「……え、いや。そういう、わけじゃ……」


 ひゃあ、どうしようどうしよう~。
 何だか、本郷店長のことまで色っぽく見えてきた。

 私、絶対におかしい。
 もしかして、夜ご飯のときにシャンパンを本郷店長と一杯ずつ飲んで酔っちゃったとか……?

 そこまでお酒に弱いわけでもないけれど、そう思ってしまうくらいに身体中がゾクゾクする。


 目の前の本郷店長から目を離せずにいたけれど、視界は一瞬にして本郷店長から真っ白な天井へと切り替わった。


「……きゃっ」


 背中に感じる、ベッドのスプリングの感触。

 私の上に覆い被さるようにできる、本郷店長の影。

 そのとき、ようやく私は本郷店長に押し倒されているんだということに気づいた。


「そんな目で見んな」

「……え?」

「そんな目で見られたら、抑えられなくなるだろ?」


 本郷店長は、苦しげに私と額を触れ合わせてくる。


「あ、あの……っ」

「……もう、無理。嫌なら、抵抗しろよ」


 そして間近に迫る、本郷店長の息遣い。

 も、もしかしなくても私、このまま本郷店長とキスしてしまうのだろうか──。


 だけど、いつまで経っても私の唇に触れると思われた熱は感じられない。
 うっすらと目を開けてみると、その瞬間にフッと私の唇に勢いよく本郷店長の吐息が触れた。


「ひゃ……っ」


 思わず変な声が出て、恥ずかしくなる。

 相変わらず間近に見える本郷店長は、意地悪くクククと笑っていた。


「お前、可愛すぎだろ。マジでヤバい」

 何がどうヤバいのか。
 褒められてるのか、けなされてるのか。

 本郷店長は、ハハハと本当におかしそうに笑う。


「も、もう……っ! か、からかわないでくださいよ……!」

 顔に身体中の熱が集中する。
 いくら梨緒に見えるように、しっかりめにメイクをしているとはいえ、絶対に今真っ赤になってるよ、私。


「からかってねぇよ」

 だけど、私の言葉に対して本郷店長は真面目な声色でそう返してくる。


「……え?」

「だから、からかってなんかない。お前が良いなら今すぐにでもキスしてやるし、お前がしたいって思ってくれるなら、今すぐにでも抱いてやる」

「……っ!」


 あまり恋愛経験の豊富でない私にとってはストレート過ぎる言われ方に、思わず肩を強ばらせる。


「え、えと、……」

「でも、俺はまだ梨緒のこたえを聞いてない」

 私が被っている、栗色のウェーブのかかったロングヘアのウィッグ。

 その毛先を指に絡ませて、キスを落とす本郷店長。

 その髪自体は私のものではないのに、そこから身体中にゾクゾクとした刺激が駆け巡る。


「わ、私は……っ」

 本郷店長が、好き。
 だけど、言葉にできない。

 本当のことを伝えたら、本郷店長は離れていってしまいそうだから……。


 今は、いわばお試し期間のようなもの。
 さすがに梨緒の姿のまま正式に付き合うなんて、できない。

 それならもうしばらくは、この甘い夢を見ていたいと思ってしまうのは、罪なのだろうか……。


 口ごもってしまった私を見て、本郷店長は小さく息を吐き出す。


「悪い。別に急かすつもりで言ったんじゃねぇから」

「……す、すみません」

「少しずつでいい。ゆっくり俺のことを好きになってくれたらいいからな。お前の気持ちをちゃんと手に入れたとき、お前の全てを奪ってやる」


 真剣な眼差しとともに低く色っぽい声で告げられて、私はしばらくその場から動けなかった。

 本郷店長になら、全てを奪ってほしい。
 声に出しては言えないけれど、思わずそう望んでいる私がいることは確かだった。
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