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2.お相手は、まさかの鬼上司!?

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「あ? いいよ、お前が無事だったなら」

「よ、よくないです! せっかくのお洋服が……! 染み抜きしなきゃ。私にこの服、クリーニングに出させてください!」


 さすがにここまでいろいろしてもらっといて、気持ちにも応えられない上に、私には本郷さんを騙してるという後ろめたさもある。

 私だって、そこまで薄情者にはなれないよ……!

 もう、平謝りのように、ペコペコと頭を下げ続けていると、本郷さんの吹き出すような笑い声が私の頭上で響いた。


「わーったよ。お前が責任を感じてくれてるのは、よーくわかった」

「は、はい。じゃあ……」

「でも、クリーニングには出してくれなくていい」

「……え?」

 本郷さんは、戸惑う私の顎をクイっとつかんで上を向かせると、甘い声ではっきりと告げた。


「かわりに、俺と付き合え」

「え、えぇえ、ええと……」

「ずっととは言わねぇよ。三ヶ月だ。お互いのことをよく知りもしねぇのに、そりゃ断られて当然だと思う。だけど、それなら、お互いのことを知った上で返事がほしい」

「で、でも……」

「三ヶ月で足りないなら、もっと期間を伸ばすことも考えてもいい。お互い仕事の都合が合わなきゃ、中々会えないことも考えられるからな」

「い、いや。だから、その……」


 ど、どうしよう……。

 何だか、話の流れが予期せぬ方向へ進んでいっちゃってるよ……!


「じゃあ決まりだな。そうだ、お前、メッセージアプリのID教えろ。この前、聞き忘れた」

「え」


 メッセージアプリのIDとか、教えられるわけがない。

 だって、そんなの教えたら一瞬で私が高倉奈緒だということがバレてしまう。

 っていうか、本郷さんも連絡先を聞き忘れてたって思ってたんだ……。


「メ、メッセージアプリは、私には向いてなくて使ってないんです」

「は? マジか。今時そんな奴いるんだな。じゃあ携帯の番号でいい」

 携帯の番号もダメだ。だって、仕事の緊急連絡先になってるんだもの。


「で、電話も、携帯ではしない主義でして……」

「あん? メッセージアプリも使わなければ電話もしねぇって、お前、今の時代どうやって生活してんだよ」

「め、メールで良ければ……」


 仕事の連絡先に登録しているメアドは、大きなファイルを添付されたときにも対応しやすいように、携帯のメアドではなくパソコンのメアドにしている。

 だから、携帯のメアドなら、と思ったんだ。

 本郷さんは、おずおずとスマホを取り出す私を見てハァと息を吐き出すと、眉を下げて笑った。


「……わかったよ。じゃあ、アドレス交換な」

 ポケットからスマホを取り出して操作する本郷さんを見て、慌てて口を開く。


「わ、私から本郷さんにメールを送ります!」


 間違っても“高倉奈緒”なんて情報がいってしまわないように、先に本郷さんにアドレスを教えてもらって、私から本郷さんにメールを送る形でメアドを交換する方法が良いと思ったからだ。


「おいおい、そんな手打ちしなくても、もっと簡単に連絡先共有する方法あるだろ」

「大丈夫です!」


 何が大丈夫なのかは自分でもわからないけど、そう言って本郷さんのメアドを聞いて、メールを送信する。


「高倉梨緒。よし、登録したぞ」

 無事に交換が終わると、本郷さんは自分のスマホの画面を見て満足げに笑った。


「……私も登録しました」


 アドレス帳に新しく登録された“本郷司”の文字。

 “本郷店長”と並んで表示されるその名前に、胸の痛み以上に、心が温かくなった。


 その瞬間、“本郷司”という表示とともに、新着メールの通知がスマホの画面に現れる。


「それ、俺の電話番号な。もしお前の気が変わったら、いつでもかけてこい」

「え? は、はい……」


 トクトクと速まる鼓動。

 ドキドキしたって仕方ないのに。

 彼が見てるのは、私自身ではないのに。

 肝心なところで彼に流されてしまうのは、何でなんだろう……?

 でも、それ自体を嫌だとは思ってない私がいるのも、確かだった。


「じゃあ、とりあえず三ヶ月、よろしくな」


 三ヶ月も試さなくたって、結果はわかりきっている。

 いずれは梨緒の姿の私は、正体を隠したまま本郷さんの前から消えなければならないのだ。


 私は、本郷さんとこれきりにするどころか、三ヶ月限定で本郷さんの恋人になることになってしまった。

 梨緒の姿で……。
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