空に想いを乗せて

美和優希

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第3章

限界(2)

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「まぁ少なくともあの男とつるむだなんて、もってのほかだ。絶対遊ばれてるに決まってる」

「何で、そんな風に言うの……」


 目から、涙があふれでる。


「私だって、頑張ってるのに……。これ以上、何を頑張れって言うのよ。無断で出かけたのは悪かったと思ってるけど、そうでもしないと、お父さんがひとつも外に出してくれないからじゃない!」


 いつもだったら、素直に「はい」と言って終わるところで、私が言い返したからだろう。


 お父さんは驚いたように目を開いて、こちらを睨む。


「私だって、たまには勉強や家事以外のことをしたいときだってあるよ! いつもいつもいつも、学校と奈穂の幼稚園と塾と家とを行き来する生活なんて、息が詰まりそうだよ!」


 もう、我慢の限界だったんだと思う。

 今まで、“ちゃんとやらなきゃ”って思って過ごしてきたから、やって来れてたけれど。

 まさかここまで自分がいろいろ我慢してたなんて、限界がきて、初めて気づかされた。


「私だって、もう高校生なんだよ? 恋だってするよ! 奏ちゃんのことも、よく知りもしないで、そんな風に悪く言わないでよ!」

「ちょっと、花梨! 待ちなさい!」


 もう、やだ! 何で、私だけ……。

 私だって他の子と同じように、放課後に寄り道して帰ったり、遊びに行ったりしたいのに……。

 もっと、奏ちゃんとの時間も、大切にしたいのに……。


 お父さんの部屋を飛び出したとき、どういうわけか部屋を出たところに奈穂が立っていた。


「おねーちゃん、なほのこと、いやだったの……?」


 今の話を聞いてたのかな……?

 大きくて丸い奈穂の瞳は、涙で濡れている。


「奈穂、いなくなったと思ったら、勝手にそっち行ったりして……。あら、花梨。お父さんのお話は終わったの?」


 今更のようにリビングからバタバタと出てくるお母さん。


「おねーちゃん、なほのこと、いやって」

「え、花梨、そんなこと言ったの!?」


 泣きながらお母さんに抱きついた奈穂の言葉に、少し怒ったようにこちらを見るお母さん。


「誰も嫌だなんて一言も言ってないじゃない! お母さんも家にいるときくらい、ちゃんと奈穂のこと見ててよね」

「花梨っ!?」


 もう、やだやだやだ!

 お母さんはお母さんで、仕事を理由に奈穂のことはほとんど私に任せっきりだし……。

 なのに、これ以上、どう勉強と家のことを頑張れって言うのよ……!

 充分、頑張ってるじゃない……!


 もう何もかも耐えきれなくなって、お父さんやお母さんの呼び止める声を背に、私は家を飛び出していた。


 闇雲に夜道を走り続ける。

 カバンも携帯電話も財布すらも持たず、行くあてもなく。


 しばらくすると、いつの間にか花町三丁目交差点の前まで来ていた。

 今日は、艶やかな紫色の花が、街灯に照らし出されている。


 ……お兄さん。

 お兄さんは、今の私を見て、どう思うかな……?


 確かに、私が悪かった部分もあるけれど。

 でも、これ以上頑張るのも、しんどいよ……。


 ねぇ、お兄さんは、何で私を助けたの……?

 そこまでしてしてもらうくらいに、お兄さんのかわりに生き続ける価値なんて私にあるのかな……。


 いつものように手を合わせる。

 止まる気配のない涙を拭うと、再び私は夜道を進んだ。



 ~♪~♪~♪


 さらにしばらくして。

 アップテンポな音楽に乗る、聞き覚えのある歌声が耳に届く。


 その音楽の聞こえる方へ早足で向かうと、人々の群がる中心には、力強い音色を奏でる四人のバンドメンバーの姿が目に飛び込んできた。


「奏、ちゃ、……」

 その中心で、ギターを演奏しながらマイクに向かって歌っている奏ちゃん。


 気づけば私は、喫茶店バロンの近くまで来ていたんだ。

 喫茶店バロンの近くの駅前に作られた、簡易のステージで演奏をするWild Wolfのメンバー。


 そういえば駅前で歌えるようになったって言ってたけど、今日がその1回目のステージだったんだ……。

 家を飛び出してきた惨めな私と、簡易の照明に照らされてキラキラと輝く奏ちゃん。

 思わず見入ってしまう。


 私は一体ここに来て、何がしたかったんだろう……?


 今日が大事なライブの日だということを忘れてたとはいえ、そうでなくてもこの時間帯は、奏ちゃんはバンド活動をしている時間帯なのに……。

 これじゃあ完全に私、奏ちゃんの邪魔しに来てるだけだよね?


 そんなことを思って、そそくさとその場をあとにしようとしたとき、偶然にもこちらに顔を向けた奏ちゃん。


「……花梨!?」


 曲の途中で、マイクが拾った奏ちゃんの小さな声。

 よっぽど私がここにいたことに驚いたんだろう。


 そして、やっぱりそれはメンバーには想定外のことだったみたいで。間もなくして曲が終わった瞬間、慌てたように奏ちゃんの隣で演奏していた北原くんが口を開く。


「この曲は、俺らの知り合いに“かりん糖”ってあだ名の女に恋した奴がいて、そいつらのじれったい恋愛を見て描いた曲なんだよな?」

「えっ!? あ、そうなんです。俺ったら、思わず歌詞に感情移入してカリントーなんて言っちゃったよ」


 ハハハ、とおどけたように笑う奏ちゃんを見てなのだろう。奏ちゃんたちを取り巻く観客から、おかしげに笑う声が響く。
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