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7.繋がる想い

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「紗和……?」


 そのとき、私のすぐそばにいた誰かが私の名前を呼んだ。

 声の聞こえた方向に振り向いて、視界に映った人物に思わず目を見開くとともに、全身の力が一気に抜けたようだった。


 そこには、思い出した記憶の中にある姿よりもずっと頼もしい大人の姿になった彼がいたのだから。

 私が今、一番会いたいと思っていた亮也の姿だ。


「良かった……」


 また私のせいで大きな傷を負ったり、それ以上に酷い状態になっていたらと思うと気が気じゃなかったけれど、いつもと変わらない副社長としての亮也の姿がそこにあって、思わず安堵する。

 その瞬間、涙がこめかみの方に伝っていくのがわかった。


「それはこっちのセリフだよ。今度こそきみが俺の前から本当に居なくなってしまうと思ったら、とても平常心ではいられなかった」

「本当にごめんなさい。怪我は……?」

「意識を失ってしまってたから心配したが、どこにも異常はないそうだ。あのとき、きみが俺に手を伸ばしてくれたから、間一髪できみをあのトラックの前から引っ張り出せたんだ」

「私じゃなくて、亮也は?」

「俺は、どこも怪我はないから。心配する必要はない……」


 思わず“亮也”と呼んでしまった私に、彼は驚きと戸惑いの入り交じったような表情を浮かべる。

 何とか私の問いかけにこたえた彼は、私の両肩に手を添えて、私を真っ直ぐに見つめた。


「紗和。まさかとは思うが、もしかして何か思い出したのか?」


「……はい。すみません。私が高校生のとき、命がけで助けていただいたのに忘れてしまっていたなんて……。副社長には本当に良くしていただいたのに。今回は副社長に怪我がなかったからよかったものの、私、高校生のときから全然成長してないですね。また同じことを繰り返してしまって、本当に申し訳ありませんでした」


 さっきは夢の余韻もあって思わず昔呼んでた呼び方で呼んでしまったけれど、今の私の立ち位置を思い直して、副社長である亮也に深く頭を下げる。


「何かしこまってるの。思い出したんだろ? 呼び方も仕事以外では亮也でいいし、堅苦しい言葉遣いももういいから」


 亮也はそう言って、優しく私の頭を撫でてくれる。


「紗和は高校生のときに遭った事故のショックで、俺と付き合う少し前くらいから事故までの記憶がすっぽり抜けてしまってたんだ。もちろん俺のことも。だから自分を責める必要はない。仕方なかったんだ」

「亮也は覚えてくれてたんだよね。最初から、私のことを」

「まぁ。騙してたみたいな形になったのは悪かったと思ってる。でも、それでもまた紗和と一緒に居たかったんだ」

「……本当に?」

「ああ。それなのに上手くいかなくて、結局今度はきみを傷つけて、また危ない目に遭わせてしまった」


 それは、亮也が悪いんじゃない。

 過去の事故も今回の事故も、私の不注意が起こしたものだ。


 私は何とか手を伸ばしたところにあった亮也の片手を取り、両手で包み込んだ。

 亮也の手は昔と変わらず大きくて、温かくて、こうして手を取ると懐かしい気持ちと愛しい気持ちでいっぱいになって、堪らなくなる。


「亮也は悪くないよ。全部、私のせい。昔も今も、私の注意不足が原因だよ。一度どころか二度までも、亮也のことを巻き込んでしまってごめんなさい」


 だから、亮也は何も悪く思わないでほしい。

 そして私は自分が無知だったために、どれだけ勘違いして亮也に当たってしまっていたかを、素直に亮也に告げる。



「私、今の亮也のことも好きなの。だから、亮也の“大切な人”の存在が気になって、あんなことを言ってしまって、事故にまで……」


 全てを思い出した今ならわかる。

 亮也の“大切な人”は私だったんだって。

 私があんな風に取り乱す必要なんてなかったんだって。


「いいんだ、もう。紗和が無事だったんだからそれでいい。それより……」


 亮也はそう言うと、一気に私との距離を縮めてくる。


「今の話。紗和は記憶がない状態でも、俺のことを好きになってくれてたって思ってもいいってこと?」

「そうだよ、好きだよ」


 だから私は、亮也の“大切な人”の存在に嫉妬してしまったんだ。

 嫉妬して、自分には敵わないって決めつけて……。
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