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6.大切な人
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「そうだったんですね……。わざわざありがとうございます」
「あいつと二人になるなと言う資格がないのはわかっているが、あまり二人きりにならないで。心配するから」
副社長の大きな手が、優しくぽんぽんと私の頭を撫でる。
何だろう。自分には全く可能性なんてないのはわかりきっているのに、副社長の言動や行動のひとつひとつに期待させられてしまいそうになって苦しい。
「はい、気をつけます。でも、さっきのはさすがにびっくりしちゃいました。いきなり紗和は俺のものだから、だなんて言われて。私を助けるために言ったって頭ではわかってても、あんなこと言われたら勘違いしてしまいます」
突然紗和って呼んだり、嘘でもこいつは俺のものだからとか言ったり、今の言葉や行動だってそうだ。
嬉しくないと言えば嘘になるけれど、副社長に大切な人がいるのなら、思わせ振りな態度を取られるのは辛いものがある。
「……勘違いじゃない」
だけど、私の気持ちを知らない副社長は、そんなことを言ってくるのだ。
「何言ってるんですか。もう、からかわないでくださいよね」
「だから、からかってない」
「やめてください! そんな風に言われたら期待しちゃうじゃないですか! 副社長には大切な人がいるのに……。ネックレスの……」
今も“大切な人”との思い出のネックレスをつけていて、あんなにいとおしそうな表情でネックレスを握りしめていた。
それなのに、どうしてこうも思わせ振りな態度を取ってくるのだろう。
どう考えたって私のことをからかっているとしか思えないし、もし副社長が本気でそんなつもりはないなんて言うのなら、かなりタチが悪い。
「……園美から聞いたのか? あいつ、余計なことを……」
しまった、と思った。
課長には内緒と言われていたのに、私が副社長の大切な人のことに触れてしまった瞬間に、副社長は真っ先に課長のことを疑ったのだから。
それと同時に、大切な人の話を持ち出されるなり、副社長は戸惑うような表情を浮かべた。
さっきの言動からも副社長に“大切な人”がいる話は、本当だということを意味しているのだろう。
もう、やだ……っ。
副社長には“大切な人”がいることを知りもせずに、心のどこかで期待してしまっていた自分も。
そんな期待させてしまうようなことをしてくる副社長も。
何より、こんな風に副社長を責めたって何にもならないのに、彼を責めてしまった。
自分自身が恥ずかしくて消えてしまいたくて、私は思わず副社長に背を向けて走り出していた。
「紗和っ!」
不意打ちで私の名前を呼ばないでほしい。
いつも“木下さん”って呼んでるのに、何でたまにそんな風に私のことを名前で呼ぶのだろう。
副社長が私を追ってくる。
追いつかれたら、何を言われるのだろう。
永遠に逃げ続けるなんて不可能だってわかっている。逃げたって、この恋の終わりを副社長の口から告げられる瞬間を先伸ばしにしているだけだってわかっているけれど、今はこれ以上副社長と向き合う勇気がない。
「紗和、止まれ!」
ちょうど青信号になっていた横断歩道に差し掛かったときだった。
一層切羽詰まった副社長の声が聞こえた。
辺りはもう暗くなって視界が悪くなっていたことと、自分自身に余裕がなかったことが重なって、私は全く気づいていなかったんだ。
今この瞬間に、こちらに曲がってきた車両の存在に。
「危ない!」
ファァァァァァァァァァァァァァァン!
悲鳴のような副社長の声とクラクションの音が同時に響き渡った。
耳をつんざくクラクションの音に弾かれるようにしてその方向を向けば、すぐ目の前に迫ったトラックが見えた。
そのとき視界の隅にこちらに向かって飛び込んでくる副社長の姿が映った。
“来ないで! またあなたを巻き込みたくないの……っ”
頭の中で、もう一人の自分が切羽詰まったようにそう叫んでいたのが聞こえた。
胸が痛い。息が苦しい。それが何によるものかなんて、わからなかった。
ただあり得ないくらいの早さで身体が動くのを感じた直後、私の意識はそこで途絶えた。
「あいつと二人になるなと言う資格がないのはわかっているが、あまり二人きりにならないで。心配するから」
副社長の大きな手が、優しくぽんぽんと私の頭を撫でる。
何だろう。自分には全く可能性なんてないのはわかりきっているのに、副社長の言動や行動のひとつひとつに期待させられてしまいそうになって苦しい。
「はい、気をつけます。でも、さっきのはさすがにびっくりしちゃいました。いきなり紗和は俺のものだから、だなんて言われて。私を助けるために言ったって頭ではわかってても、あんなこと言われたら勘違いしてしまいます」
突然紗和って呼んだり、嘘でもこいつは俺のものだからとか言ったり、今の言葉や行動だってそうだ。
嬉しくないと言えば嘘になるけれど、副社長に大切な人がいるのなら、思わせ振りな態度を取られるのは辛いものがある。
「……勘違いじゃない」
だけど、私の気持ちを知らない副社長は、そんなことを言ってくるのだ。
「何言ってるんですか。もう、からかわないでくださいよね」
「だから、からかってない」
「やめてください! そんな風に言われたら期待しちゃうじゃないですか! 副社長には大切な人がいるのに……。ネックレスの……」
今も“大切な人”との思い出のネックレスをつけていて、あんなにいとおしそうな表情でネックレスを握りしめていた。
それなのに、どうしてこうも思わせ振りな態度を取ってくるのだろう。
どう考えたって私のことをからかっているとしか思えないし、もし副社長が本気でそんなつもりはないなんて言うのなら、かなりタチが悪い。
「……園美から聞いたのか? あいつ、余計なことを……」
しまった、と思った。
課長には内緒と言われていたのに、私が副社長の大切な人のことに触れてしまった瞬間に、副社長は真っ先に課長のことを疑ったのだから。
それと同時に、大切な人の話を持ち出されるなり、副社長は戸惑うような表情を浮かべた。
さっきの言動からも副社長に“大切な人”がいる話は、本当だということを意味しているのだろう。
もう、やだ……っ。
副社長には“大切な人”がいることを知りもせずに、心のどこかで期待してしまっていた自分も。
そんな期待させてしまうようなことをしてくる副社長も。
何より、こんな風に副社長を責めたって何にもならないのに、彼を責めてしまった。
自分自身が恥ずかしくて消えてしまいたくて、私は思わず副社長に背を向けて走り出していた。
「紗和っ!」
不意打ちで私の名前を呼ばないでほしい。
いつも“木下さん”って呼んでるのに、何でたまにそんな風に私のことを名前で呼ぶのだろう。
副社長が私を追ってくる。
追いつかれたら、何を言われるのだろう。
永遠に逃げ続けるなんて不可能だってわかっている。逃げたって、この恋の終わりを副社長の口から告げられる瞬間を先伸ばしにしているだけだってわかっているけれど、今はこれ以上副社長と向き合う勇気がない。
「紗和、止まれ!」
ちょうど青信号になっていた横断歩道に差し掛かったときだった。
一層切羽詰まった副社長の声が聞こえた。
辺りはもう暗くなって視界が悪くなっていたことと、自分自身に余裕がなかったことが重なって、私は全く気づいていなかったんだ。
今この瞬間に、こちらに曲がってきた車両の存在に。
「危ない!」
ファァァァァァァァァァァァァァァン!
悲鳴のような副社長の声とクラクションの音が同時に響き渡った。
耳をつんざくクラクションの音に弾かれるようにしてその方向を向けば、すぐ目の前に迫ったトラックが見えた。
そのとき視界の隅にこちらに向かって飛び込んでくる副社長の姿が映った。
“来ないで! またあなたを巻き込みたくないの……っ”
頭の中で、もう一人の自分が切羽詰まったようにそう叫んでいたのが聞こえた。
胸が痛い。息が苦しい。それが何によるものかなんて、わからなかった。
ただあり得ないくらいの早さで身体が動くのを感じた直後、私の意識はそこで途絶えた。
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