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第3章

受領者側と提供者側(2)

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「でもな、脳死判定出てるのに、父さんの髪の毛が伸びたり、髭が伸びたりしてたんだ。

それだけじゃない。医者はただの脊髄反射だって抜かしてきたけど、手足だって動いたのを見たんだ。

正直、わけが分からなくなった」


 桃華は息を呑み、両手を口に添え、うつむいた。


 今まで、自分が助かる方法だけを見て治療を受けた桃華。


 ずっと心臓を移植してもらえて喜んでいた一方で、当然のことだけれど悲しむ人がいたんだということを、今、目の当たりにした。



「……父さんは絶対死んでなんかない。脳死イコール死はおかしいって、俺はその時思ったんだ。

必死で抗議した。けど、子どもの俺の意見なんて誰も耳を傾けない。

父さんは、父さんの意思で臓器提供を望んだ、その意思を尊重して父さんは死んだ。

俺、今でも思うんだよね。あの時の父さんは助かる術が本当になかったのかって……」



 ユウスケは目の前でさめざめと涙を流した。


 これが、桃華を見つめていた冷たい視線の理由……?


「本当はさ、分かってるんだよ。脳死状態では自力で生きることができないって……回復の見込みがないって……。

頭では分かってんだけど、父さんのあんな姿見たら分からなくなった。

定義と人の気持ちって違うと思った……」


 桃華は言葉を失った。


『自分は誰かの死と引き換えに生きている』


 その言葉だけが、グルグルと桃華の頭の中を回っていた。



「……でも、モモの話聞いて少し安心した。モモは自分だけが生き延びるんじゃなくて、提供者の方の“想い”と共存しようとしてるんだって分かったから」


 ユウスケはそっと桃華の左胸に手を添えた。


「父さんがまだ生きてた頃、言ってたんだ。

自分が臓器提供の意思を持つ理由は、誰かの命を救うためなのもあるけれど、脳死になって、自分が完全に死んでしまうくらいなら、自分の一部分だけでも誰かの身体の中で生き続けたいって」


「え……」


「モモを救ってくれた人は、今、モモのここで生きて、モモと共存してるんだな。俺の父さんも、誰かの身体の中で生きて、誰かと共存してるのかな……」


 ユウスケはそのまま桃華の胸元に顔を埋めた。


「ちょっ……ユ、ユウくんっ!?」


「ごめん……しばらくこうさせて? モモの中に居るのは多分違う人の心臓だけどさ、何か感じたくて……」



 ユウスケの背負って来た過去。

 桃華の闘病生活の過去。


 受領者側の桃華からは見えなかった、提供者側の想い。


 桃華はユウスケの言葉をひとつの想いとして受け止めた。


 桃華に心臓を提供してくれた方の家族の方も、ユウスケのような想いを抱えているのかな。


 そう思うと、そういった方々の気持ちも背負って生きていきたいって桃華は強く思った。


 自分はそういった様々な想いによって生かされている。


 桃華が生きられなかったはずの“今”を与えてくれた。


 だからこそ、授かった“時間”を誰よりも大切に生きていこうって、桃華は改めて心に誓った。


「……ありがとう」

 顔を上げたユウスケはいつもの笑顔に戻っていた。


 その笑顔の影にはたくさん辛いことがあったんだね。

 桃華は自分の服の胸元のあたりに染み込んだ、ユウスケの涙の跡を見てそう思った。


 その日はそのまま練習を切り上げ、帰宅することにした。


 ユウスケが「父さんの写真を見せたい」と言ったので、一旦ユウスケは家に父親との写真を取りに行き、桃華は近くの公園でその写真を見せてもらった。


 無邪気な笑顔で時々涙ぐみながら父親との思い出を語るユウスケの話を、桃華は丁寧に聞いた。


 そして「もう1回だけ……これで最後にするから……」と頭を下げるユウスケに、事情を知ってしまったがために拒み切れなくて、桃華はもう一度胸を貸した。


 再び桃華の胸元に顔を埋め、桃華にしがみついて涙を流すユウスケ。


 桃華はユウスケの背中を、ユウスケが落ち着くまでそっと撫でてあげた。


 別れ際にはいつものユウスケに戻っていて、その時のユウスケの笑顔は、今までで1番輝いているように見えた。




 しかし、この日のこの出来事が、大波乱を巻き起こす最大の原因となった。


「嘘……」


 公園の隅で少し離れた場所から桃華とユウスケの様子を見ていた人物は、小さくそう漏らした。
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