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パートナーになろうと思います!

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「なら……ならどうして、"薄紫"は"陰"を祓えるの? まさか――」

「……"薄紫"はあやかしが持ったところで、ただの棒きれ同然だ。所有者がヒトの場合のみ、効力を発揮する。――所有者から"陽"の気を吸い上げ、"陰"を断つ。ヒトだけが正しく活かせる、ヒトの為の刀だ」

「……っ!」

("薄紫"は、藤の花……)

 藤はひとりでは咲けない。
 巻き付き支柱となる、"松"がなければ。

 ――"薄紫"の松は、雅弥。

「……ま、さやは」

 速まる鼓動。胸の中央が冷たく沈んで、妙な汗が頭後ろに浮かんでくる。

「まさやは、どうなるの」

 沈黙。
 雅弥は数メートルを進んでから、

「……ヒトの"気"は有限だ。"陽"の気が枯渇すれば残された"陰"に狂い、そう経たずとして"気"を無くした肉塊となる。……"気"は、ヒトの生命力に直結する。いずれにしても、俺の先はそう長くはない」

「そん、な……っ」

「いいか。アンタがどんな手を使おうと、俺は"薄紫"を手放すつもりはない。祓い屋を辞めるつもりも、ない。俺が"俺"でなくなる未来を良しとしないのなら、今日を境に、金輪際あやかしとも俺とも関わるな」

「…………」

 ぴしゃりと言い放った雅弥は、これで終いだと口を閉ざす。
 この手は、身体は、確実に雅弥に触れているのに、なんだか間に薄いガラス板があるよう。

(……雅弥が、狂った末に死ぬ)

 そんなの、嫌だ。見たくない。
 けれど雅弥はすでに覚悟を決めている。
 自分の命よりも、"薄紫"を手に祓い屋として滅びゆく未来を、選んでいる。
 なのに"当事者"ではない私がその覚悟を――変えられるはずもない。

 胸が苦しい。
 明日なのか、数十年後なのか。
 いつ訪れるのかわからない、けれども避けられない悲惨な未来を想像して、恐怖が渦巻く。

 ――それでも。

 いつもよりもゆっくりな歩調に合わせて、伝わる振動。あたたかい背。支える腕。
 突き放すような冷たい物言いも、突き詰めれば、私を傷つけまいとしてのこと。
 "見えるだけ"の私に、それ以上を話さなかったのも。"見えるだけ"ではなくなった私に、真実を話してくれたのも。

(ほんっと、優しさが分かりにくいというか、不器用なんだから)

 そう笑んでしまえるほど、私はすでに"雅弥"という存在を知ってしまった。
 ――答えなんて、とっくに決まっている。

「……ねえ、雅弥。私を正式にパートナーにしてくれない?」

「…………は?」

 呆けた声と、止まった足。
 肩越しに向けられた双眸は、いつになく真ん丸になっている。

「ほら、郭くんの時はカグラちゃんの"対価"だったでしょ? そうじゃなくて、今後も一緒に祓い屋のお仕事があった時に同行する、雅弥の正式なパートナー」

「……まさかとは思うが、目を開けて寝ているのか? それとも、ここが夢の中だと勘違いしているのか?」

「ちゃんと起きているし、ここは現実でしょ? 本気でお願いしてるんだけど」

 雅弥はまだ信じられないという顔をしていたけれど、はっと思い当たったようにして、

「……そんなに俺が狂う姿を見たいのか」

「いやいや、そんな趣味ないし。変な誤解しないでよ」

「だが、他に理由が……」

「あるわよ、理由なら」

 私は右手を開いて、鈴を掲げてみせる。

「私、この子の"陽"の気を借りて"念"を祓えていたんでしょ? なら私がいれば、雅弥が祓う数を減らせるかもだし。そうすれば雅弥の"気"を温存しつつ、枯渇するタイムリミットも遅らせられる! って算段よ」

「……っ、だから、アンタがそこまでする理由が――」

「私が嫌だから」

「!」

 息をつめた顔に、"雅弥のためじゃない"と笑みを向け、

「あのね、雅弥。さっきのケーキではないけれど、私ってけっこう欲張りで自分勝手なの」

 視線を路地の先に投げる。
 橙に染まるこの世界は、まるで夕焼けのよう。

「私ね、最近は浅草ってなると、『忘れ傘』のことを思い出してた。けれどきっとこれからは、こうして雅弥に背負われたなって、一番に出てくる気がする」

 ううん、もしかしたら。
 朱塗りの門を見るたびに、子を負ぶう誰かを見かけるたびに。
 きっと私の脳裏には、今、この瞬間が思い浮かぶに違いない。

「私のこの身体だけが"私"じゃないって言ったの、覚えてる? 私を"私"にしているのって、そういう、体験や記憶も含めて"私"なの」

 だから、と優しい肩に、願いと力を込める。

「私が"私"であるために、雅弥には"雅弥"でいてほしい。避けられない未来だって悲観して、何ひとつあがきもせず黙って引き下がるなんて、性に合わないし」

 視線を雅弥に戻す。
 真意を計りかねているのか、その瞳は戸惑いに揺れている。

「雅弥は"薄紫"を手放さないし、祓い屋だって辞めない。私は雅弥に、少しでも長く"気"を残してほしい。その丁度いい真ん中の案が、私をパートナーにすることだと思うの。ね、悪くないでしょ? 私だってほら、自衛出来るすべが出来たわけだし!」

 正直なところ、この鈴がどうして助けてくれたのかも、また手を貸してくれるのかもさっぱりわからない。
 だけどきっと、なんとかなる。根拠はないけど、予感がする。
 私は"薄紫"の松にはなれないけれど、松が折れないよう支える、添え木になら。

「ほら、今なら可愛らしい子狐ちゃんもついてお得よ!」

「……それはそもそも、俺の式だ」

 呟くように指摘して、雅弥がふいと前を向く。

「……アンタはやっぱり、ワケが分からないな」

 大きく上下した肩。
 数秒の間を置いてから歩き出した雅弥が、再び口を開く。

「……俺が何を言ったところで、どうせアンタは諦めないんだろう?」

「! それじゃあ……!」

「言っておくが、アンタの提案を受け入れたわけじゃない。使えない相手を、"パートナー"とするわけにはいかないからな。いいか、暫くはお試しだ。それにもう"依頼者"ではなくなるのだから、自分の身は自分で守れ。俺は俺の"仕事"を優先する」

 一気に畳みかけられる制約。
 けれども私は嬉しさを頬に、「うん、全然いい! 頑張る!」と大きく頷く。
 それからはたと気がついて、

「あ、でも平日は仕事があるから、出来だけ祓い屋のお仕事は夜とか休日に入れてほしいな」
「……本当、どこまでも自由だな、アンタは」

 零す声は嫌悪というより、諦めが強い。
 私は「そこも良いところでしょ?」と満足に笑んで、新たな私達を待つ『忘れ傘』へと思いを馳せた。


 扉を開けたなら、抱き着くようにして出迎えてくれるだろう、大切な温もりたち。
 無事を喜ぶ彼らの「おかえり」を聞いたなら、私は満を持して胸を張り、笑顔でこう告げる。

 ――私、雅弥のパートナーになろうと思います!

 鳴らない鈴の向こう側で、お祖母ちゃんはきっと、「頑張りなさい」と笑ってくれるに違いない。
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