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あやかしと"友達"

あやかしと"友達"④

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 私はよしと気合を入れて、甘えてねだるようなとっておきの上目遣いで雅弥を見る。

「……ねえ、雅弥」

「俺に話をさせたいのならまずその顔をやめろ。気分が悪い」

「うそ! これ、小さい時から男女問わずの必殺技なのに」

「アンタの周囲は総じて趣味が悪いな」

 鼻の頭に皺を寄せ、口直しとでも言いたげに雅弥はコーヒーを口にする。
 おっかしいな……。
 頭をひねっていると、陶器のティーカップをソーサーに戻し置いた雅弥が、わかりやすく渋々と口を開いた。

「……あののっぺらぼうがアンタをどう捉えているかはさておき、あやかしとヒトが友好関係を結んではならないといった掟はない」

「あ、なんだよかった」

「だが、何処まで行ってもあやかしはあやかし、ヒトはヒトだ。本質が違う。故に"本当の意味での"友好関係を築くのは不可能だというのが、隠世での通説だ」

「……つまり一見、友好関係にあるように思えても、実際は利害関係が一致しているとか、そういう別の意図の上で成り立っているってこと?」

「そういうことだ」

「なるほどねえ……」

 おざなりに差し込んだスプーンが、器の壁を叩いてコツリと鳴った。
 あ、と視線を落とした先には、溶けかけたアイスに埋まる、カットされたくろいちご。
 ――利害関係の上に成り立つ、友好関係。
 それを言うのなら、人間同士の"友達"だって、大半はそんなもんだろうに。

「……自分で言っておいてなんだけど、"友達"の定義って難しいものよねえ」

 思い当たる過去のあれこれが、ぽつりぽつりと浮かんでは消えていく。と、

「……ごめんなさい。僕のせいで、混乱させちゃって」

「あ、ううん。そういうワケじゃないんだけど……」

「……だから、くだらないと言ったんだ」

「雅弥?」

「いちいち型にはめる必要がどこにある。その関係性にどんな名をつけようと、その身で経験し、思考したことが全てだ。その裏にどんな意図があったとて、共に在った事実は変わらない」

 雅弥はふと、過去へと思いを馳せるように瞼を伏せ、

「……その時間を"苦"ではなく愛おしく思えるのなら、それが自身にとっての"答え"だ」

 どこか寂し気にも見える色がよぎったのは一瞬。
 いつもの深い光を瞳に宿して、雅弥が視線を上げた。

「"友"という言葉にこだわりたいのなら、別だがな」

 終いだと嘆息交じりにティーカップを持ちあげる仕草に漂う、妙な頼もしさ。
 私は思わず、

「なんか……ちょっとキュンとしたかも」

「……アンタは冷淡にされるのが趣味なのか」

「え、もしかして今のって小馬鹿にされてた感じ? 私にはフォローしてくれたっていうか、気遣ってくれたように聞こえたんだけど」

「! アンタは……いや、好きにしろ」

 雅弥はどこかぶっきらぼう言って、コーヒーを口にする。
 心なしか、瞳はどうにも忙しないような。

「……もしかして、照れてる?」

「なっ……! 違う。断じて、違う」

「ふうーん、そお。まあ、雅弥の言葉を借りるのなら、私が思ったことが全てだものねえ」

 確信を得たと言わんばかりに口角を上げると、雅弥はなんだか悔しそうに、じとりと睨んで、

「……金輪際、アンタの話には付き合わない」

「あ、それはヤダ! ごめんね雅弥、ちょっとかわいく見えたからって調子に乗りすぎました……っ!」

「かわ……!? アンタのそういうのが一言余計だと言っているんだ……っ!」

「……ふ」

 ん? と。
 小さく噴き出す気配に首をひねると、隣の郭くんがくつくつと笑って、

「……二人は、"特別"なんだね。……僕も、あの人のこと、それでいいかなって、思う」

 郭くんはそっと大切な記憶を抱きしめるようにして、自身の胸前で両手を合わせた。

「"友達"じゃなくても、あの人と一緒にいて、温かったことは、変わらない」

 ありがとう、と。笑む郭くんに、雅弥は「……そうか」とだけ返した。
 淡泊な返答だけど、その瞳はいつもよりもほんのり優しい。
 でもそれを指摘してしまえば、またさっきのように拗ねてしまいそうで、私の胸中だけに留めた。
 私はパフェをすくい取りながら、

「郭くんは、どうやってお爺さん出会ったの?」

 郭くんもまた、スプーンを手にして、

「……はじまりは、本当に、偶然だったんだ」

 そうして郭くんは、愛おしい思い出をひとつひとつ包んでいくように、あの家での日々を話してくれた。
 隠世での生活に侘しさを感じていた岳くんは、七年ほど前に逃げるようにして、現世にやってきたらしい。
 あてもなく、その日暮らしでふらふらしていた、夏の夜。
 ひっそりと明かりをともす、あの家を見つけた。

「二階の窓が、開いていたんだ。その部屋は人もいなくて、僕はこっそり、そこで寝た」

 心地よい夜風に、見上げた窓から見えた夏の星。
 周囲に木が多いからか、ヒトの気配よりも虫たちの声が近くて、郭くんはその日からその部屋を寝床にしてのだと言う。
 そうして日が暮れてから部屋に忍び込む密かな日々が一変したのは、とある大雨の日。

「閉まってるだろうなって思ったけど、いつもの窓を、見に行った。……そしたら、開いてた」

 郭くんはその時を懐かしむように目元を緩め、

「戸締り、忘れちゃったのかなって。入ってみたら、少し離れた窓下に、タオルが置いてあった。上に、小さいメモが乗ってた」

 メモには『これから台風がくるよ』と書かれていた。
 それと、『嫌でなければ、一度姿を見せてほしい』とも。

「すごく、驚いた。だって、気づかれているなんて、思ってもなかったから。……あの家には、ヒトとは違う気配なんて、ひとつもなかったのに」

 とはいえ、知られてしまったのは事実。
 悩みに悩んだ郭くんは、窓を締め、タオルで雨水を拭ってから一階に降りることにした。

 怒られるだけなら、まだいい。
 もしかしたら相手は自分を疎んでいて、捕らえられてしまうかもしれない。
 そんな葛藤かっとうをかかえながらも、郭くんは、自身の願望に賭けた。

 雨水に湿った絨毯じゅうたん。柔らかなタオル。丁寧に書かれたメモ。
 自分のためにここまでしてくれたヒトなのだから、きっと、優しいヒトに違いないと。

「お礼が、言いたかったんだ。……気づいていて、それでもずっと黙って、部屋を貸し続けてくれてたってことだから」

「……確認なのだけど、お爺さんって"普通"の人だったのよね?」

「……うん。あの人は、二人と違って、僕たちが見えないヒトだったよ」

「なのに郭くんに気が付いたのって……私みたいに、突然能力が目覚めた系ってこと?」

 私の疑問を受けた雅弥は、「また妙な言い回しを……」と額を抑えてから、

「ソイツの言った通りだ。あの家からは、そういった類の気配は感じなかった。……最期まで、間違いなくただのヒトだったんだろう」

「でも、それじゃあどうして……?」
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