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『入れない家』の調査に行きます

『入れない家』の調査に行きます①

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 初めて訪れた駅でタクシーを拾い、住宅街から離れ、草木の主張が強くなった細道で降りて歩くこと十数分。
 うっそうとした一本道を飲み込むようにして、黒くぽっかりと開いた小さなトンネルが見えてきた。
 その前に立つ、ひとりの男性。

「――おう、来たな」

 向かう私と雅弥に気付いた新垣さんが、軽い調子で片手を上げた。
 今日は前回のようなスウェットではなく、オーバーサイズのカットソーにジーンズとシンプルながらも外出着らしい格好をしている。

「お久しぶりです、新垣さん」

 会釈をして側に寄ると、「あれから二週間か? ああ、そうだちょっと待て」とボディバッグを漁り、「ん」と小袋を差しだした。

「この間のハンカチ。クリーニング出しといたかんな」

「わ、すみませんお手間をかけて。おいくらでした?」

「あ? いいってそんなん。なんたって、今回はいつもみてーに憑いたまんまぶった斬られた"重傷者"を拾うことにならずに済んだしな。ひでーと数か月は余裕で目え覚まさないんだぜ、アレ」

 高倉さんは、病院に搬送されてから十数時間で目覚めたらしい。
 新垣さんから電話があったと、雅弥が教えてくれた。
 けれど目覚めたところで、本人は"念"に憑かれていた時のことを、うすぼんやりとしか覚えていない。

 高倉さんは"予想通り"精神面に問題ありと診断され、怪我の治療と共に暫くは入院することになったという。

 当然、会社もしばらくは休職扱い。
 部長は「高倉くんが暫く休職することになったそうだ」と告げただけで、理由は言わなかったけれど、みんな高倉さんのそれまでの奇行っぷりを見ていたせいか、「ああ、やっぱり」とすんなり受け止めていた。

「そんで? 一緒に来たってことは、彩愛さんは雅弥の助手に転職したのか?」

「え!? いえ違います! 今回はその、"対価"ってやつで」

 慌てて両手を振る私の隣で、巾着型の布鞄を手にした雅弥が腕を組み、大きくため息をついた。

「事前に説明していただろう。からかうな。それとも、もう忘れたか」

「ちげえよ。もしかしたら、あの電話の後に上手いことそーなってねえかなーって期待してたんだ」

 新垣さんはべ、と雅弥に舌を出してから、私に向き直り、

「どっちにせよ、今回は彩愛さんも来てくれて助かったわ。コイツひとりだと祓うだけで、詳しいことはちゃんと教えてくれないからよ」

 じとりと不満気に睨む双眸にも、雅弥は一切動じない。
 新垣さんは諦めたように深く息を吐き出してから、

「ガチでよろしくな、彩愛さん。んじゃ、さっそく本題なんだけどよ」

 表情を引き締めた新垣さんが、トンネルを見遣る。

「この先に、爺さんが一人で住んでた古い家があるらしいんだけどな。その爺さん、二か月前に他界されたみてーで。んで、娘さんはその家を壊して土地を売ることに決めたんだが、面倒なことが起きちまった」

「面倒なこと、ですか?」

「解体前に少しでも片付けようと思って家に行ったら、中に入れなかったらしい」

 トンネルを眺めていた新垣さんが、私と雅弥に視線を移す。

「鍵は確実に開けたのに、玄関の扉はピクリとも動かねえ。裏口も駄目。仕方なしに窓を割って入ろうとしたら、内側のカーテンが揺れたんだと」

「え……それってまさか、幽霊とかそーゆー?」

「それを調べてきてほしいっつーことだ、彩愛さん。その娘さんは、人影のようなものが見えた"気がする"とも言ってたみてーでな。そんで最初に相談受けたヤツも、不法侵入者の可能性を疑って……ほら、空き家に勝手に住み着いてるとかも、実際あるからな」

 新垣さんは困ったように息をついてから、

「そんで調べに行ったらしいんだが、そいつも入れなかったどころか、追い払うみてーにして庭の石が飛んできたって言うんだ。おまけに風もないのに窓がガタガタ揺れたつって、すっかり怯えてやがる。死んだ爺さんの"呪い"じゃねえかって。つーわけで、俺に話が回って来たってワケだ」

「……新垣さんって、怪異案件担当とかなんですか?」

「あーいや、基本的には普通の刑事やってっぞ? ただここんところ、そーゆー"見てもらいたい"案件は俺に回せ、みたいになってんだよ。その筋のヤツと繋がりあるからって」

 鋭利な双眸を細めて、新垣さんがどこか小馬鹿にするように鼻を鳴らす。

「刑事のくせに詐欺師に引っかかってんのかって、最初の頃は笑いモノにしてたくせになあ。今じゃ調子のいいこった」

 その眼に映っているのは、たぶん、過去の色々。
 今は触れないでおくのが正解だろうなと判断した私は、雅弥に視線を転じた。

「確認なんだけど、雅弥って"呪い"も祓えるの?」

「……呪詛の種類によるな。だが聞いている限り、今回のはそうした類ではないだろう」

 祓えるんだって驚きと、とはいえ万能ではないんだなって落胆と。

「……なんだ。言いたい事があるのなら、言えばいいだろう」

「……いえ、大丈夫です」

 どちらにせよ、自身の能力をきちんと把握している本人がこうも落ち着き払っているのなら、安心できる。

「んじゃ、コレ鍵な」

「へ?」

 掴み上げられた掌に、ぽんと鍵が一本落とされた。
 あまりの突然さに間抜けな顔で見上げると、

「俺は駅前のラーメン屋にいっから、終わったら連絡くれ」

「え? ちょ、新垣さん無しで勝手に上がっちゃっていいんですか!?」

「ヘーキヘーキ。娘さんにも許可はとってっし、何が見えようと"信じない"俺がいた所で、出来ることもねえし。雅弥も俺がいると嫌がるかんな。心配ねーよ」

 そうなの? と雅弥を見遣ると、

「一人の方が、余計な手間がかからないからな」

(あ、これあまり追及しちゃダメなやつだ)

 カグラちゃんが私に同行の"お願い"を告げたとき、雅弥は全力で拒否していた。
 それでも"対価"だからとカグラちゃんに押し切られ、しぶしぶ雅弥が折れた形になっている。
 やっぱり神様だからか、カグラちゃんのほうが力関係が上らしい。

 私を見下ろす含みを帯びた双眸からは、本心では、今からでも私を帰したいのだとひしひしと伝わってくる。
 察した私は無理やり視線を切るようにして、「そ、それはそうと」と新垣さんを見上げた。

「調査するのは、そのおウチなんですよね? どうして家の前じゃなくて、このトンネル前で待ち合わせだったんですか?」

「あー、それな」

 新垣さんは言い難そうに頭をかいて、

「この辺に住んでる人間って少ねーかんな。何かあると、あっという間に話が広がっちまうんだよ。"噂話"には尾ひれが付き物だかんな。おまけにこのトンネル、見た目からして"いかにも"って感じだろ?」

「……と、いうと?」

「亡くなった爺さんの霊が、あの家に近づこうとするヤツにこのトンネルで悪さしてる……ってことになっちまってるみたいなんだよ。タクシーでも、なんか言われただろ」

 ああ、それで。
 雅弥と共に乗り込んだタクシーで、このトンネルまでとお願いした瞬間、運転手さんは顔を曇らせて「すみませんが、その近くのバス停まででいいですかね」と交渉してきた。
 だからそこから歩いてきたのだけど……そういう事情だったとは。
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