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"顔"に焦がれたのっぺらぼう

"顔"に焦がれたのっぺらぼう④

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「私の顔を気に入ってくれたのは嬉しいし、この構造をアナタに"貸す"のは構わないけれど、せっかくの機会なのだから、"アナタの顔"を作らない? 私も協力するから!」

 ね、と柳のような両手を握って笑いかける。
 途端、彼女が返事を発するよりも早く、後方の男が「駄目だ」と口を出してきた。
 私は唇を尖らせながら男へと視線を遣る。

「どうしてよ、名案じゃない」

「ふざけるな。この先コイツと関わる最中に、アンタがうっかり取り込まれでもしてみろ。それこそ、"わざわざ逃がして一人喰わせた無能"と、あちらでもこちらでも笑い者だ。冗談じゃない」

「ええ……疑り深いわね……」

「あのな、アンタはそもそもあやかしというモノの性質を知らないから……くそっ、だから巻き込むなと言ったのに」

 苛立ち交じりに男が自身の髪を乱す。思わず「……短気は損気よ」と呟くと、「うるさい」と即座に返ってきた。
 ……ちょっと面白いと思ってしまったのは、内緒にしとこう。

「ともかくだ」

 男は万年筆を袖に隠すように腕を組んで、

「金輪際、あやかしと関わるのは止めろ。コイツも含めてだ」

「あ、いいこと思い付いちゃった」

「聞いているのか?」

「アナタも一緒にいればいいんじゃない? そうすれば、もし万が一"うっかり"があっても、その時は今回みたいに止めることが出来るんだし。うんうん、さすが冴えてる私! 名案!」

「だから、俺は散々巻き込むなと」

「そうとなれば問題はどこに集まるかだけど……あやかしもOKの店って、どう検索すべき?」

「話を聞け!」

「なに? いい場所あるの?」

「そうじゃなくてだな……っ!」

 憤怒する男もなんのその、着々と計画をたてていると、「……あのう、もし」と黙っていた彼女が私を呼んだ。

「どうかした?」

 私が尋ねると、彼女は緩く首を振って、

「これ以上、ご迷惑をおかけするわけには……」

「あら、私は迷惑だなんて思ってないけど?」

「俺は迷惑だ」

「それなら、やっぱり二人で……」

「それは駄目だ。絶対に、駄目だ!」

「もー、だったら大人しく付き合ってよ。適当にその場にいるだけでいいんだから」

 この彼女の問題は私が解決する。
 これはもう、私の決定事項なのだから、こちらだって譲れない。

「……お言葉を借りるようで、申し訳ないのですが」

 おずおずとした彼女の声。

「どうして私に、そこまでして下さるのです?」

 彼女はきっと、戸惑っているのだと思う。
 私は「そうねえ」と少しだけ考えてから、

「私ね、霊感とか一切ないから、今までお化けもあやかしも出会ったことないのよ。たぶんね、本当なら出逢わないまま、一生を終えていたんだと思うの。それがこうしてアナタを知って、話まで出来て……。これって、"ご縁"だと思うのよ。おばあちゃん……私を育ててくれた祖母がね、"ご縁"ってのは奇跡のような必然だから、全てに意味があるんだってよく言っていたの。だから大切にしなさいって教えられていたから、アナタとのことも、ちゃんとしたいなって。どう、答えになった?」

 苦笑交じりに尋ね返すと、彼女はすっとおもてを伏せた。
 握った手が、肩が、小刻みに震えている。

(え、これはまさか泣いて――?)

 慌てて「大丈夫?」とない顔を覗き込もうとすると、彼女が「申し訳ありません」と呟いた。

「どうにも嬉しくて、たまらないのです。私はずっと、人間にとってあやかしは悪しき討伐対象なのだと思っておりました。それゆえ私達は永遠に、この身ではヒトと交わることなく、隠れ続けていなければならないのだと。それがこんなにも寄り添って頂けたばかりか、"ご縁"だとまで……」

 震えてた冷たい掌に、力がこもる。
 彼女は伏せていたおもてを上げ、

「救って頂いたこの命に誓って、決して貴女様に危害を加えないとお約束致します。証明するすべも、お渡し出来るモノも何一つありませんが、どうか私を信じ、お手伝い頂きたいと請う卑しさを、許して頂けますでしょうか」

 もしも今、彼女に顔があったのなら、私を見つめる懇願こんがんに潤んだ瞳の美しさに、きっと目を奪われていたのだと思う。
 うん、やっぱり。彼女に私の"顔"は似合わない。
 私は顔だけで背後の男を見遣り、

「ねえ、いいでしょ? 頷いても。同行代として、依頼料も払うから」

 お願い、と。これだけは譲れないのだと頭を下げると、腹の奥底から湧き出たような盛大な溜息が聞こえた。

「…………勝手にしろ」

「やった! ありがとうー!」

 飛び上がる調子で両手を夜空に跳ね上げた私は、そのまま彼女を抱きしめる。

「一緒に素敵な"顔"を作りましょ! これからよろしくね、ええと……あやかしって、お名前あるの?」

「はい。ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません。私は、お葉都≪はつ≫と申します」

「えー、素敵。お葉都ちゃんね。私は柊彩愛。あやかしとお友達になれるなんて、夢みたい」

 ここ最近、ついていないことばかりだと思ってたけど、まさかこんな素敵なサプライズが待っているなんて。
 俄然、テンションの上がってきた私はこのままお茶でもどう? とお葉都ちゃんを誘いそうになって、はたと気が付いた。
 すっかり大人しく、心ここにあらずといった様子でどこか遠くを見つめる男の側に寄る。

「……なんだ」

 呟く声は心なしか、疲れているような気もする。

「名前、教えてよ。これから暫くの付き合いになるんだし」

「……御影雅弥≪みかげまさや≫だ」

「それじゃあ、御影さん。私とお葉都ちゃんの護衛として、何卒よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げると、たじろいだような気配がした。
 経緯はどうであれ、けじめはしっかりと。その挨拶のつもりだったのだけど、どうやら彼にとっては、意外だったみたい。
 ひっそりと笑みを零した私は「あ、そうだ」と顔を上げて、

「依頼料とか、その辺の話も聞かないとよね。どうしよ、いつまでもここで話していたらご近所迷惑だし、ひとまず私の家にでも……」

「……雅弥でいい」

「……え?」

「じゃじゃ馬に『御影さん』などと呼ばれると、むずむずする」

「ちょっと、何よじゃじゃ馬って失礼な」

「事実だろ。ことごとく好き勝手して、妨害しやがったのは誰だ?」

「あーはいはい、すみませんね。じゃ、遠慮なく『雅弥』って呼ばせてもらいますよ」

 ふん、と雅弥が鼻を鳴らしたとほぼ同時に、「ふふっ」と笑う声がした。お葉都ちゃんだ。
 私達が視線を向けると、

「お二人とも、まるで夫婦≪めおと≫のように仲がよろしいのですね」

「「どこが」」

 意図せず重なってしまった声が、星の瞬きに消えていく。
 こうして私は夜空の下、生まれて初めてのあやかしと素性の知れない祓い屋と、奇妙ながら胸の高鳴る"ご縁"を結んだのだった。
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