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第2章 4歳児、婚約する

9. 黒い肉棒ふたたび

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 結婚すれば、もれなくカーラの両親も付いてくるんだよな。
 そんな初歩的な事を忘れていた僕は、突然目の前に現れたカーラの父に対し、華麗なるジャンピング土下座を決めた上に、こう申し入れた。

「お義父様、カーラさんを僕にください」

「顔を上げてください。シャルル様」

 とりあえず、許してもらえるまで、ここは頭を下げ続けるのがベストだろう。

「ありがとう。シャルル様……シャルル君。勿論、結婚は許しております。そうでなければ、宴を取り仕切ったりしません」
「本当に?」

 僕は土下座の姿勢から、ちらりとナバスさんの顔を見る。

「本当ですとも」
「よかったぁ」

 僕はそういって立ち上がった。

「僕みたいな子供がカーラと結婚するとなったので、気分を害されてしまうのではと、心配していました」

 前世のドラマであったみたいにいきなり殴られたりしたら、反射的に顔面が霧散させてしまうくらいの反撃してしまう所だった。理性的な人でよかった。

「滅相も無い。そんなことはありませんよ」
「そ、そうですか」
「そもそも娘は現在は公王家の庇護下にありますので、私に娘の結婚をどうこう言う資格はありません。公王陛下が許可すれば、すなわち、誰もそれに逆らう者はいない状況なのです」

 少し寂しそうにナバスさんが、そう言う。

「そうなんですね」

 なら大丈夫だろう。

「解りました。それでは中へ案内をお願いします」
「承知しました」

 そういって、ナバスさんは僕とカーラをホールの中へ招き入れる。
 僕はそこでカーラに振り返り、にこやかにこう言った。

「カーラ、良かったね。お義父さんが結婚の許可をしてくれたよ」
「ええ……? 許可?」
「うん、本当はいらなかったみたいだけど、一応、家族になる人だからね」

 本当に頑固親父じゃなくてよかったね。

「そう……なんですか?」

 そうなんですかって……暢気だなぁ。それともこっちの世界では、当たり前の事なのだろうか。
 そんな事を考えていたので僕は、

「お義父さんって何のことでしょうか……?」

 という呟きを聞こえてはいたのに意識する事はなかった。 
 
***

「ご来席の皆様。本日の主賓たるシャルル様、カーラ様がご到着いたしました」

 誰?

 僕たちの入場をもって、軽快な音楽が鳴り響き始め、僕たち二人の婚約を祝う宴が始まった。
 とりあえずホールには沢山の着飾った男女。
 誰一人知らないんですけど……

「ここにいるのは、皆さん、公王家につながりのある方ばかりです」
「そうなの」

 和やかに談笑している姿に僕は頭を下げながらナバスさんの後を通ってホール奥の最上段にいる公王の下へ向かった。でもみんな以外とおとなしいんだね。ニコニコしている割には声が響いてこない。音楽の音が大きいせいかな……

 そんな事を考えつつも、公王陛下の前まできたので僕は頭を下げお礼を言う。

「ほ、本日はこ、このような立派な会を開いていただき……」
「堅苦しい挨拶は抜きで良い。ソフィアの命の恩人であり、カーラの将来を救ってくれた恩人に報いるのは当然だ」
「で、ですが……本来はカーラではなく……」

 公王はカーラではなくソフィアを僕に嫁がせようとしていたのだ。それを勘違いし、カーラと婚約してしまった事を思い出し僕は恐縮してみせたが、

「ふむ何を言っているのかさっぱり解らんが、今宵は楽しんでくれ」

 そう言って、手を払うようにした。
 僕……主賓なんじゃ……

「陛下」

 僕に続いて、横にいたカーラが挨拶をする。

「うむ」

 だが、お互いの言葉はこれだけだ。
 そしてカーラは僕を促し……なぜか、ホールの隅に移動する。

「シャルル様、それでは迎賓室へ移動しましょう」
「迎賓室?」
「はい。ここは最初の顔見せだけで構いません。あとは適当に飲み食いするだけになります。私たちは迎賓室で食事を振る舞われる事になっております」
「そうなの」

 貴族社会はそんな感じなのかな?
 うちの両親はパーティとか開かなかったから、よく分からないや。

「こちらです」
「はーい」

 僕はカーラが伸ばした手を握りしめ、扉から外へ出て少し広めのダイニングのような場所へ通された。

「ここ?」
「はい。こちらで公王陛下のご家族と一緒に食事をする算段となっております」
「へー、そんな段取りになっているんだ」
「はい」

「前から決まっていたの?」

 僕は話しの流れからふと気になって、カーラに聞いてみた。

「前から? いえ、今日決まった事ですが……」
「そうなの。え? カーラ、いつのまにそんな情報を仕入れたの?」
「え? あ、ああそうですね。誰に聞いたんでしょう……すみません、忘れてしまいました」
「ふーん」

 その時、ドアが空き、ナバスさんが入ってきた。

「シャルル君。奥の席に座ってください」
「奥?」

 ナバスさんが指さすのは、いわゆるお誕生日席。

「夫となるシャルル君が上座、妻となるカーラが下座の席に」
「え? 並んで座るんじゃないの? それに公王陛下がいるのに一番上座に座るなんて……」
「そういうものですので」
「そうなんですか?」

 僕は渋々、つないだ手を離し、上座に座る。
 カーラはニコリと笑い、下座の席へ。

「それでは公王陛下達をご案内いたしま「案内は不要だ」……はい」

 ナバスさんの言葉を打ち消すように公王が僕たちと同じ扉を開けて入ってきた。その後ろに、公妃のユリーヌさん、初めて見る若い男の人が3人、女の人が3人、最後にソフィアが少し俯き加減に入ってきた。

 ……見知らぬ若い男女は多分、公王家の王子や王女達なのだろう。ソフィアは第4公女といっていたので、一番下なのかな? カーラが座る席のすぐ隣に立った。

「さぁ、座りなさい」

 公王がそう言うと、皆が何も言わずに席についた。
 一様に雰囲気が暗い。
 やっぱりソフィアの件か……後悔するような話でも無いが、さすがに居づらいよ。

「あ、あの公王陛下?」

 いたたまれなくなった僕は思わず腰を浮かせたが、

「座っていてください、シャルル君」

 そうナバスさんに小声で言われ、もう一度座り直す。

 これって、どういう状況? やり玉に挙がるの? お祝いじゃ無いの?
 そんな事を考えつつ、半分涙目で正面にいるカーラを見るが、カーラは柔らかい微笑みを浮かべているだけだ。

 だ、大丈夫なのかな?
 僕のそんな不安をよそに公王が、
 
「それでは始めよう」

 と宴席の開始を告げる。
 その声に、

「畏まりました」

 ナバスさんがそういって、部屋を出て行った。食事の給仕を始めるのか?
 ねぇ、乾杯は?
 何か祝辞とか……

「……」
「……」

 だが、誰も一言も話さない。

 なんなんだ、この雰囲気は。
 公王陛下以外は、さっきから顔を伏せたまま、僕の方をみない。カーラは相変わらずニコニコしているのが、かえって不気味なように感じてしまう。僕の最愛の婚約者なのに。

「公王陛下?」

 とうとう堪えきれなくなって僕は公王に話かけた。

「ん? なんだ?」
「初めての方も多いので、その……ご挨拶をさせていただいても……」
「ああ」

 公王はそういって、周りに座っている王子や王女を見回し、

「そうだな。それではシャルル君、一言」

 僕から?
 まぁ、ご招待いただいたから仕方ないか。

「初めまして! シャルルと申します。このたびソフィア殿下の家庭教師でもあったカーラさんと結婚する事になりました。本日はこのような形でお祝いいただき、ありがとうございます……」

 元気よく挨拶をしてみたのだが、誰一人、顔を上げず反応を示さない事に、びびってしまった。僕の声は尻すぼみとなってしまい、最後は、ゴニョゴニョと呟きながら頭を下げ、腰を下ろしてしまった。

 そんな僕をカーラだけがじっとみつめ、微笑んでくれている。
 滑ったんじゃないからね! 優しい目で僕を見ないで!

「……」
「……」

 変な沈黙が続いた。
 え? おい! 自己紹介、僕だけなの?

 いくらソフィアと婚約しなかったとはいえ、この仕打ちはひどくないか! さすがに腹が立ってきた。僕は自分の顔が強ばってきた事を自覚して、王子達を真似て少し顔を伏せた。

 なんだよこの仕打ち。馬鹿にされているのか? 
 それとも何かソフィアの件で、処罰されるのか?

 顔を伏せたままの僕には見えなかったが、ドアが開く音とともに、

「お待たせしました」

 というナバスさんの声が響き、誰かが近づいてきた。
 きっと、給仕を始めるのだろう。

 とりあえず、誰かが何かを話してくれるまで、顔は伏せたままにしておこう。場合によっては、ここで暴れて……は駄目か。カーラにも孤児院にも、僕が引き取る予定の子供達にも迷惑がかかる。

 カチャカチャという食器が鳴る音とともに、僕の所に皿がおかれ、何かが盛り付けられた。
 続いて、他の席にも次々と皿が置かれていく。
 この後は、公王陛下の挨拶……さすがに挨拶くらいはしてくれるだろう……

 僕は顔を伏せたまま、そんな事を考えていたのだが……

「……」
「……」
「……クチャ」
「……クチャクチャクチャ」

 はい?
 もう食べてます。

 思わずその音に僕は顔を上げ、そしてそこに拡がる衝撃的な光景を目にした。

***

 その瞬間、僕の脳裏につい1ヶ月くらい前の出来事が蘇ったような錯覚を感じた。

 いつも暗い海の上、漂う潮の香り。
 う○こがたっぷりと詰まった木の桶。
 狭い僕のねぐら。
 右手と左足しか無い親方。

 そして……

 そうそれは、僕の目の前の皿に盛り付けられ、公王や公妃、王子や王女達が手で貪っている……

 真っ黒に焦げたよくわからない棒状のもの。

 黒い肉棒。

 海賊船で毎日のように出され、僕は口にしなかった謎の食材……

「公王陛下……これは一体……?」

 僕のすぐ横で、公王が黒い肉棒に夢中で貪り付いている。
 その隣にいる公妃も、今日初めて会った王子や王女達も黒い肉棒を加え、噛みちぎり、クチャクチャと咀嚼し、ゴクリと嚥下している。

「ソフィア……?」

 その向こうで、ただ一人、何かに抗うように顔を振り、肉棒を手にしたまま口を付けていないソフィアを見て僕は、思わず声をかけた。そしてその隣には、まるで何事もなかったかのように相変わらず微笑を浮かべたまま、食べ物に手を付けていないカーラの姿が……

「シャルル……」

 僕の声に反応したソフィアが僕を見つめる。
 その時、僕は辺りに漂っている腐臭に初めて気がついた。

 この臭いは……そういえば、カーラの部屋に入った時に何回か嗅いだ腐臭……そして、そう、何で思い出さなかったのだろう。この臭いは……これは何故気がつかなかったのだろう……これは……

「これは、海賊船で出た黒い肉棒の臭いだ!」

 僕は思わず立ち上がり叫んだ。
 その瞬間、僕が着ている赤いローブググが僕の声に反応したかのように、全身を覆う鎧へ変化する。

 そして、

「シャルルぅ……いやぁぁぁぁぁぁ!」

 僕を凝視していたソフィアは身体をガクガクと震わせ、その両目から血の涙が流し始めた。そして狂ったような叫び声を上げ続け、

「ソフィア!?」

 ついには、その目から流れる涙の色が真っ赤な血の色から、真っ黒なタールのような色に……そう、ソフィアが握りしめていた黒い肉棒と同じ色に変化し、ソフィアの身体の輪郭が少しぶれたように見えると、足下からソフィアの全身が崩れ始めた……それはすぐさま全身に及び、ソフィアは真っ黒なヘドロに……あの海賊船でみた真っ黒なヘドロ人間に姿を変えてしまった。

「ソフィアぁぁ……うわぁぁぁ!」

 僕はあまりの状況に叫び声を上げたが、異常事態はそれだけでは終わらず、公王が、公妃が、そして王子や王女達が目から黒い涙を流し、次々とヘドロ人間に変わっていった。それと同時に遠くの方で、大量の水をひっくり返したような音が響く。

「カーラ!」

 カーラだけは、そんな中、微笑みを絶やさずに椅子に座り続けていた。
 カーラだけはヘドロに変えるわけにはいかない。

 僕は椅子を蹴ってカーラの元に駆け寄ろうとしたが、

「動いてはいけません、シャルル君」

 その僕の肩をいつの間にか背後にいたナバスが、もの凄い力で押さえつけた。

「何をするんです……ナバスさん」

 なんで、ナバスはヘドロになっていないんだ? それにこの力は……

「動いてはいけません。動いては……動くな……ウゴクナ……ウゴクナ」
「はっ? 何……」

 僕を押さえつけるナバスを横目で見ると、その姿は……

「せ、船長?」

 つい先ほどまでカーラの父だと名乗っていた男の姿は、散々海賊船で僕を痛めつけてくれた船長に変わっていった。

***

「うりゃっ!」

 船長に変わったナバスを見て、それまでカーラの義父だと思って多少遠慮をしセーブしていた力を解放する事にした。

 カーラのお義父さんじゃないのなら、どうなろうと知ったこっちゃ無い。
 僕は僕の自由を脅かすものを許さない。

 僕は押さえつけられていた肩を支点にし、頭をテーブルに打ち付ける反動を利用して強引に前方へ回転をした。テーブルは頭の形で欠けたが、おかげでうまく踵が浮き上がったので、そのまま船長の顔面を蹴りつける。

「ぐっ」

 くぐもった声が聞こえ、船長の力が一瞬緩んだ。僕はそのままの勢いで船長の腕から抜け出し、テーブルの上に両足をつき、さらに勢いを殺さずに前転をしながら、背中に背負っていた鞘からスンを抜き、反転してカーラをかばうようにテーブルの上に立ち、こちらを睨み付けている船長に向けて構えた。

「カーラ、大丈夫か!?」
「シャルル様? どうしました?」

 だが僕の背後にいるカーラの声の様子は一切変わっていない。
 まるでこの状況が見えていないかのように……思わず後ろを振り返りカーラを見るが、その表情は相変わらず幸せそうな微笑みが浮かんでいる。

「どういう事だ!?」
「シャルル様? どうしました? お食事が冷めてしまいますよ」 

 駄目だ。なぜかカーラは目の前にいる僕の姿を見る事はなく、さっきまで僕が座っていた場所をじっと見つめている。そこにはすでに誰もいないというのに。そして、料理の事を良いながらも、カーラは自分の料理に手をつける様子はなかった。

「コゾウ……マタ……ジャマヲスルノカ」

 一方、元ナバス、現船長がテーブルの上の僕に向かって唸るようにこう言った。
 よかった。あいつは明確な敵とは言え、僕を認識してくれている。この状況で、船長にまで無視されたらさすがに凹むところだ。

「船長! お前は海の中で死んだんじゃないのか!」
「シナン……オレハシナン……」

 そういって船長はテーブルの上に上がった。
 いつの間にかその手には曲刀が握られている。船の上で船長が腰に下げていた得物だ。

「公王達に何をした?」
「コウオウ? ダレダ?」

 こいつ、自分がヘドロにした公王一家を認識していなかったのか?

「だいたいお前、海の底で親方に諭されて、正気に戻り成仏したんじゃないのか?」
「オトウト? ダレダ?」

「覚えていないのか!」
「コゾウ……コロス……コゾウ……コロス……」

 船長は僕を睨み付けながら譫言のように繰り返すだけだった。

 なんなんだよ一体……
 
 公王一家は椅子の上でヘドロになったままフラフラしているだけだし、船長は唸りながらも、こちらに襲いかかって来ない。

「コゾウ……」

 しばらく待っていたが、まったく動きが無いことでさすがに僕は馬鹿らしくなってきたので、

「……ねぇ、来ないならこっちから行くけど、いいのかな?」
「コゾウ……コロス……コゾウ……コゾウ!!」

 その瞬間、この部屋の扉が突然開け放たれ、廊下から大量の、ヘドロというよりも真っ黒なタールともいえるようなドロドロとた粘液が流れ込んできたのだった。

「ヘドロぉ!? やばい、カーラ!」

 僕はテーブルから飛び降り、カーラの腰を抱えると天井からぶら下がっているシャンデリアに向かってジャンプした。
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