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第2章 4歳児、婚約する

6. 譲り受けるモノ

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 昼になった。
 出かける準備をしていたロランは、僕の顔をみて何かを思い出したように、

「それじゃぁ、行ってくる。シャルル、そういえば、このあと1時間くらいしたら冒険者組合に顔を出しておいてくれ」

 こう言った。
 公王陛下に呼び出された件かな?

「わかりました」

 とりあえず、返事をした。
 公王からの呼び出しは3日後だったんだけど、冒険者組合も絡むとなると面倒だな。

 ロランは僕の返事を聞くと、一つうなずき、荷物を担いだ。

「行ってらっしゃい、ロラン」
「ああ、大丈夫だ。心配するな」

 改めて抱き合うロランとエリカ。
 子供は何も感じないかもしれないが、僕にとっては目の毒な光景が目の前で繰り広げられる。羨ましい……

 時間をたっぷりとかけて熱い抱擁をした後、もう一度キスを交わし、ロランは旅立っていった。

 まぁ、携帯電話も無いし、一度旅に出てしまうと、それが永の別れになってしまうケースもあるのだろう。名残惜しむのは、理解できる。そういえな、母にもあれっきり会えていない。なんで僕はあまり寂しくないんだろう……

 自分が一瞬薄情な正確なのかと悩んだが、最近は意識する事もなくなってきたが、夜眠っている間に気持ちがとても安らぐ。スンと一緒にいるおかげなのかな……昨日はカーラと一緒だったけど。

「シャルル君、君は準備をして冒険者組合に顔を出してきなさい」

 照れ隠しのようにエリカが僕に指示を出す。

「はーい」

 まぁ、いいや。
 とりあえず、ロランに言われた通り、冒険者組合に顔を出しますか。

「スン、行こう」
「……ん」

 あれ?
 スンの奴、ちょっと躊躇ったような感じだったけど……気のせいかな?

***

 30分ほど、のんびり街の中を歩いて冒険者組合の前へ着いた。
 ちょうど、そのタイミングで建物の入り口から一人の男が吹き飛んできた。

「小僧! てめえのようなガキが来る場所じゃねぇぞ! ママのおっぱいでもしゃぶって出直して来い!」

 入り口の中から、怒鳴り声が聞こえてくる。
 いつもの事なので気にせずに入り口へ入ると、

「いらっしゃい、シャルル君、スンちゃん」

 と、少しぽっちゃりとした女性が僕を迎え入れてくれた。
 冒険者組合で受け付けをしているモラだ。

「こんにちわ。モラさん。ロランさんから言われて来ました」
「わざわざありがとう」

 僕たちの会話の向こうで、冒険者たちのボソボソとした声が聞こえる。

「赤い悪魔の小僧だ」
「赤い悪魔だ……」
「ジャンユーグ商会を壊滅させた赤鎧の小僧……」

 嫌だなぁ……ロランみたいに変な二つ名が付いてしまったようだ。一応、彼らに向かってペコリと頭を下げ、僕はモラの案内で2階に上がった。

「また応接室ですか?」
「そうよ。組合長とお客様がお待ちです」
「お客様?」
「はい」

 そう言って、モラは応接室のドアをノックして開けた。

「組合長、シャルル君を連れてきました」
「ああ、ありがとう。どうぞ入りなさい」
「失礼しまーす」

 僕は恐る恐る応接室に顔を出すと、

「またあったね。坊や」

 そこにはタニア商会のタニア婆さんが座っていた。

「あれ、またお邪魔しちゃいましたか?」

 組合長にタニア婆さんという前回と同じ組合せだったので、また打合せの邪魔をしてしまったかと恐縮してしまったが、

「ああ、今日は坊やに用があって呼び出して貰ったんだよ」

 そうタニア婆さんが言って、僕に正面に座るように促した。
 僕は言われるがまま、組合長の隣に腰をかけた。外から、そっとモラがドアを閉めた。

「えーと、冒険者組合から呼び出されているとロランさんから聞いたのですが……公王陛下に呼び出された件ではなかったのですか?」
「ん? ああ、その件は別件だ。それは単に招待状が届いたので、たまたま冒険者組合にいた閣下に渡してもらっただけだ」

 組合長は髭をいじりながら、そう答えた。

「今日、来て貰ったのは全くの別件だ」
「別件?」
「その件は、あたしから説明しよう」

 そこでタニア婆さんが身を乗り出してきた。

「あんたが壊滅に追い込んでくれたジャンユーグ商会だけど、残っていた資産は色々な商会からの貸付額の補填に使う事になったんだ……今の話、解るか?」
「はい、大丈夫です」
「ほう、ちゃんと金の事を理解しているとは、偉いねぇ」

 タニア婆さんは何かを見透かすように僕の事を見つめた上で、話を進めた。

「だが関係する商会が多くてな。なかなか処分が面倒になって揉めそうになったんだが、ほれ、元々一番でかいアマロ商会が今の公王家だからな。公王家が仲裁に乗り出し、結局、公平を期すためジャンユーグに貸し付けの無かったタニア商会で、その債権を全部買い取って、一括でジャンユーグの資産を処分する事になったんだよ。勿論、それなりに儲けさせてもらったがな……」

 ふむふむ。債権の一元化ってやつだな。

「そこで処分に困ったものが出てな。うちとしても権利を放棄するので、そもそもの発端となった冒険者組合に、その権利を譲渡した訳だ」

 売れ残りか何かか?

「そこからは私が説明しよう」
「はぁ」

 今度は組合長が説明を始めた。

「今回のジャンユーグ商会への調査依頼はロラン閣下が受託し、その過程でシャルル君とスンちゃんの二人が協力者として大きく貢献してくれた」
「ふむ」
「今回、タニア商会からの譲渡資産は、その貢献度から受託者であるロラン閣下へ提供される事になった」
「ふむふむ」
「だが、ここでロラン閣下の国際ライセンスが問題となる」
「それはそれは」
「国際法上、ロラン閣下への便宜供与は認められておらず、そこでロラン閣下と話し合った結果」
「なるほど、なるほど」
「シャルル君に、その譲渡資産が提供される事になったのだ」
「ほぉ」

 僕はソファに深く座り直し、今の話をもう一度脳内で咀嚼した。

 ようはタニア婆さんが処分に困った何かを僕に押しつけるという話だな。

 ……の野郎。大事な事を言わずに逃げやがったな。
 僕はロランを心の中で罵りつつ、

「その譲渡資産って何ですか? 粗大ゴミ? 売れ残りなんですよね? そんなの貰っても困るんですけどぉ」

 相当嫌そうな顔で、組合長を睨み付けた。

「わははは、坊や。組合長に言うねぇ」

 タニア婆さんが大笑いをする。

「さすがロラン閣下が面倒を見ている子供ですね。肝の据わり方が違う」

 組合長も苦笑いをしている。
 だけど、そんな大人な態度には誤魔化されないぞ。
 変なものを持ち帰ったら、エリカに怒鳴られるのは、この僕なんだ。婚約早々、カーラに格好悪いところを見せる訳にはいかない。

「ああ、悪い、悪い。そんなに構えないでくれ。変なものを押しつけようとしている訳では無い」
「まぁ、ある意味、変なモノかもしれんがのぉ」

「一体、なんですか? 勿体ぶらずに教えてください」
「そうだな、ちょっと待ってくれ……おい、入れ!」

 そう声をかけると、先ほどしめたドアが再び開き、

「え? え? ええ?」

 ぞろぞろと、小ぎれいな格好をした子供たちが入ってきた。

「何? え? 何?」

 全部で7人。
 それぞれ、動物の耳を持っていたり、尻尾が生えていたり、角が生えていたり……いわゆるヒトじゃない人達だ。

「この子達が、ジャンユーグ商会で処分できない資産じゃよ」

***

 しばらく混乱していた僕の頭を、スンが後ろから軽く小突いたので、ようやく冷静になれた。

「タニアさん、この子達が、僕に譲渡しなければならない資産なんですか?」
「そうじゃ。ジャンユーグ商会で違法に取引されていた奴隷達は出来るだけ故郷に帰してやったんだがな……この子達は、そもそも親や親族に売られていたり、村ごと無くなっていて、そもそも引き取り手がなくなってしまってのぉ」
「はぁ」
「このままだと、もう一度、奴隷として……」
「それは駄目だ!」

 自分でもびっくりするような低い声が僕の口から出た。

「え、あ、あれ……失礼しました」

 慌てて僕は謝る。

「うん? 気にするな。あたしも、奴隷を扱う事自体が好きじゃないしのぉ。この子らを、そんな可哀想な目に遭わせる訳にもいかん。そこで、組合長に掛け合った訳じゃ」
「冒険者組合でも、子供を預かるわけにはいかないので、ロラン閣下にお願いしたんだが……国際法の問題もあって、ロラン閣下から、シャルル君を紹介してもらった訳だ」

 僕が引き取らなければ、この子達は再び、奴隷に戻る事になる。
 あの過酷な……

 僕は海賊船での出来事や、ジャンユーグ商会での出来事を思い出して、自分の血が引くのを感じた。

「主様」

 僕の後ろに立っていたスンが、僕の肩に手を置く。
 ああ、大丈夫だ。僕は冷静だ。

「解りました。この子達は引き取りましょう。でも、僕も財産がある訳では無いですし、孤児院に住んでいる身ですので、今すぐという訳にはいきません。もう少しの間、タニアさんに面倒をみていただける事は可能でしょうか」
「ああ、そのくらいは引き受けよう。金もいらんぞ」
「はは……お願いします」

 7人の子供達を引き取る……あれ? 子供達って言っても、僕の方が年下なんだけどなぁ……とりあえず、自己紹介をしておかないと。

「えーと、今の話を聞いていたかな?」
「「「はい」」」

 7人の子供達が声を揃えて返事をした。

「えーと、僕の名前はシャルルです」
「あの日、廊下を歩いていた男の子でしょ」
「私も見たー! その後、檻から出してもらえたんだよね」

 ああ、ジャンユーグ商会で奴隷達が捕まっている檻の前を歩いていた時の話かな。

「そうです。あの時の子供です」
「やっぱり!」

 頭の上に尖った耳を持つ女の子が、正解を出して嬉しそうにしている。

「今の話を聞いての通り、皆さんの事は僕が引き取る事になりました」

「生意気だー!」
「僕より小さい癖に!」
「私の弟にしてあげる」

 僕の言葉に、楽しげに騒ぎ出す。尻尾を振るな、尻尾を!

 しかし、ほんの少し前まで、檻に入れられて絶望の底にあった奴隷の子達とは思えない明るさだ。多分、精神的なダメージもあったはずなのに、それを感じさせないとは、タニア商会で、かなり暖かいケアをしたって事なんだろう。

 みかけによらず、良い婆さんだ。
 僕はタニア婆さんの顔を見て、ニコリと笑うと、タニア婆さんはプイっと横を向いてしまった。その頬に少し赤みが差していたので、照れているのだろう。

「ただ、僕も孤児院にこの子と、婚約者と住んでいるので、すぐに一緒に暮らすわけにはいきません。もう少し、タニア商会のお世話になってください」

 僕がスンの方を見て、軽く照会すると、再び子供達が騒ぎ出した。

「後ろの子、カワイい!」
「あんなかわいい子と一緒に住んでいるのに、婚約者までいるのか! シャルル兄貴と呼んでいいか!?」
「ハーレム? ハーレムに連れて行かれるの?」

 ハーレムと言いつつ、尻尾を振る女の子って大丈夫なのか?

「坊や。いつの間に婚約までしたんだい?」
「え、あ、ああ」

 タニア婆さんも、驚いているようだ。

「ソフィア公女殿下の護衛兼家庭教師だった魔法士のカーラさんと婚約をしました」
「カーラ? カーラ……カーラ……ああ、マサリッティ家のお嬢ちゃんかい。確か、アマロ家のどっかに嫁いだんじゃなったかい?」

 有名な話なのか。

「いえ、そこの家とは離婚したそうで……」
「そうかい、まぁ、幸せになりな」
「はい」

 バツイチは、この世界でも珍しく無いのかな?

「じゃぁ、おまえ達、一旦、一緒に帰るよ」
「「「はーい」」」
「え? この子達、タニアさんの家でお世話になっているの?」
「何言ってるんだい。商会に置いておいたら邪魔でしょうがないよ」
「へぇ」

 悪ぶった感じで話すけど、これもまた照れっぽいな。

「それじゃぁ、近いうちに迎えられるよう準備します」
「先立つものがなければ、貸すよ」
「いえいえ、それは大丈夫です。何とかします」

 危ない、危ない。
 ケツの毛まで抜かれるところだ。4歳なので産毛しか生えていないけど。

「そうかい、頼もしいね」

 そう言って、タニア婆さんは子供達を連れて応接室を出て行った。

「シャルル君、押しつける形になったけど、良かったのかい?」

 組合長が改めて聞いてくる。

「迷惑かどうかと言えば、迷惑ですが、あの子達に罪は無いですしね」
「大人みたいな言い方をするね」
「そうですか? そうですね……僕も色々ありましたし……」

 僕はそこで言葉を一度切って、

「ロランさんとエリカお姉さんの結婚の話もあるので、孤児院にいるみんなも含め、僕が何とかしますよ」
「あの子達もか? 大丈夫かね?」
「大丈夫か、大丈夫じゃ無いかと言えば、大丈夫じゃない気もしますが、何とかします」
「そうか……そうだな。君なら何となやってくれそうだ」

 なんだ、その根拠無き自信は。
 こっちは子供達を奴隷送りにしないために、精一杯虚勢を張っているというのに。

「ただ、先立つものは絶対必要なんですよね」

 何はともあれ、お金だ。

「ああ、そうだな」
「ところで、僕が付けている鎧のような龍鱗って、もの凄い価値があるんですよね?」
「当然だ。冒険者だけでなく、騎士団も欲しがるし、蒐集家もいる」

 そう。
 僕は先ほどジャンユーグ商会の事を思い出した時に、あいつが何で僕を買ったかも思い出したんだ。

「その赤い鎧を売りに出すのかい?」
「それは出来ません」
「それじゃぁ……」
「炎龍じゃなくても鱗の価値は変わらないんですか?」

 確認しなければならない事は先に終わらせちゃおう。

「いや、龍によって価値は違う。炎龍ほど高い金額で取引される龍種は数が少ない」
「蒼龍の場合は?」
「炎龍と同じか、それ以上だ」
「そうですか……」

 これでお金の件は解決しそうだ。

 師匠ミヤ、待っていて下さい。今から遊びに行きますんで、鱗をちょっと剥がしてもらいますよ。

 
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