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第2章 4歳児、婚約する

4. 婚約者

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 静寂に包まれたその場に対して空気を読まずにスンがこう言った。

主様ぬしさま、違う」

 突然訪れた静寂に若干戸惑っていた僕だったけど、スンの言葉にさすがに気がついた。

「そうだよね。結婚も何も、まずは本人に申し込まなくちゃ」
「そういう話じゃ……」

 なんかスンがまだ言いたそうだったけど、こういうのは早い方がいい。

「カーラさん、まだ未熟な僕で頼りないかもしれないけど、世間の目から精一杯守ってみせます。噂がうるさいようであれば王都じゃなくても良いじゃないですか。二人で暖かい家庭を作りましょう」

 ここで思いっきり、可愛らしく(当社比)微笑んでみる。

「僕と是非結婚してください」

 僕は膝をつき、右手を差しのばした。

「え、ええ……ええ?」

 語尾が上がったのが少し気になったが、カーラさんは恥ずかしそうに肯定してくれた。よし、これで大丈夫。

「ありがとう、スン。やっぱりこういう事は本人同士で最初に話さないとね」

 僕はそういって、再び公王に向き直った。

「公王陛下。カーラさんもこう言っております。二人で暖かい家庭を築きたいと思います」
「……」

 あれ?
 また静寂が戻ってきたけど……

 だが今回、その静寂を破ったのは、口をぽかんと開け心配そうに二人の成り行きを見守ってくれていたソフィアだった。

「カ、カーラ。お、おめでとう! よ、良かったじゃない!」

 声を震わせ、目に涙を浮かべながら僕たちを祝福してくれた。なんて良い子なんだろう。

「ソ、ソフィア様?」
「ほ、本当に……本当によ……良かった」

 そこまで言って、ソフィアは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。そして真剣な目で僕を見つめる。なんだか眉間に皺が寄っているので、睨み付けるような感じになっているが、目出度い門出、涙をこぼすのを堪えてくれているんだろう。本当に良い子だ。僕よりみかけは10歳ほど年上だけど。

「そ、そうだな。ああ、目出度い。カーラ、目出度い事だぞ」
「そ、そうね。ソフィアをここまで支えてくれたカーラが嫁ぐのは少し寂しいけど、二人が幸せになれば、それでいいわ」

 公王とユリーヌさんも手を叩いて僕たちを祝ってくれた。

「こ、公王陛下……」
「カーラ、もう何も気にするな。幸せになるんだぞ」
「そんな……」
「いいのよ。ソフィアの事は気にしないで」
「公妃陛下……」
「さぁ、この後の予定は何だったかな……」
「ああ、あなた。国境付近で発生している奇病の件の調査結果を」
「おお、そうだな。よし、それではソフィア、行くぞ」
「お父様……」
「後は二人に任せて、行きますよ」
「はい」

 公王と公妃はソフィアの背中を押しながら部屋を出て行った。

「へ、陛下」

 カーラも一緒に出て行こうとしたが、公王が押しとどめたため、肩を落として再び部屋の中央へ戻ってきた。

「シャルル様」
「はい?」
「私を貰ってくれるのですか?」
「ええ、勿論」
「シャルル様にとってはおばちゃんだと思うんですが……」
「問題ありません。カーラさんは十分若いですよ」

 少なくとも前世を経験している僕にとっては十分に年下のお嫁さんだ。

「そうですか……ちなみに先ほどの陛下の話は私の事ではなかったのですが……?」
「何がですか?」
「いえ……いいです。わかりました」

 そういってカーラは僕に目線を合わせるように腰をかがめ、

「シャルル様、こんな私ですがよろしくお願いします」
「うん」

 こうして僕は正式にカーラを妻に迎える事を決めた。

***

「スン……様でしたね」
「スンでいい」
「それじゃ、スン。改めてカーラといいます。こんな事になりましたが、よろしくお願いします」
「ん」

 カーラとスンが二人で会話をしている。
 スンが焼き餅を焼いたらどうしようとか少し脳裏によぎったんだけど、そういう心配は無さそうだ。

「それでは嫁ぐにしても準備などありますので、一度退出させていただいてもよろしいでしょうか。明日の朝までには準備は終わると思います。シャルル様は、今どちらに?」
「城門近くの孤児院で生活しているよ」
「孤児院ですか……そこに私が行くわけにはいきませんね」
「うーん、部屋も余っているし、とりあえずは大丈夫じゃないかな。エリカお姉さんには僕から話しておくよ」
「エリカお姉さん?」
「孤児院のシスター。ロランの恋人だよ」
「……わかりました。それでは準備が出来たら孤児院に伺います。戻りは……さっきの入り口あたりでロラン様が待っていると思いますので、戻れますよね?」
「うん、大丈夫だと思う」
「それではまた明日。スン様、シャルル様をよろしくお願いします」
「ん」

 そう言って、若干元気がなさそうにしながらカーラも部屋を出て行った。

「カーラ、体調が悪そうだけど……大丈夫かな」
「ん、問題あり」
「え? やっぱり……明日、様子を見て病院へ連れて行こう」
「体調不良と心労、どっちの病院?」
「え?」

 僕の疑問にスンは答えもせず、スタスタと歩き始めた。

「スン! ちょっと待ってよ。怒っているの?」

 やっぱり焼き餅を焼いている?

「主様、多分、それ勘違い」

 焼き餅じゃない?

「……全部」

 僕の心を見通すようにスンは立ち止まり、僕のことをじっとみつめた。その目に何かの感情が漂っているようにも見えたが、

「でも、彼女も幸せになる権利はある。たとえ……」

 そう言って再び前を向き歩き始めてしまった。

 僕は掠れて聞き逃した言葉が気になりつつも、スンの後を追って歩き始めた。だけど僕は追いかけて聞くべきだったんだ。彼女のその後の言葉。

『たとえ、残された時間が短くても』

 という言葉を。

***

「結婚だぁ?」

 内宮の外に出たところで待っていたロランに公王との話を伝えた。

「どういう事だ? カーラってさっき迎えにきた顔色の悪い若い女性だよな?」
「はい、そうです。海賊に攫われたという世間からの厳しい目から守って欲しいと公王陛下から頼まれました。僕も憎からずに思っていたので、喜んで引き受けました」
「憎からずって……年の差は貴族同士なら無い話でも無いから問題無いだろうが……いいのか?」
「貴族? はて、何のことでしょう」

 これまでの話の流れからバレバレな気もしているが、そこは鈍感を装って誤魔化しておく。

「カーラさんみたいな美人の嫁さんを貰うのに、何を躊躇う理由があるのでしょう」
「まぁ、そうか……そういう考えもあるな」
「でしょ」

 そこでロランはため息を付いて、

「ああ、エリカのやつが先を越されたって騒ぐな」
「でも二人は結婚は決まっているでしょ」
「ああ、そういう話にはなっているが、孤児院の引き継ぎの事とか、俺の立場とかあってな……具体的な日取りという話に踏み込めていないんだ」
「孤児院の引き継ぎ?」

 聞き捨てならない単語が出てきた。

「ああ。結婚したらエリカは俺と暮らすために引っ越さなければならない。孤児院を面倒みる人間が必要になるんだ」

 なんだと。
 ロランが孤児院に転がり込むのかと思っていた。

「おいおい。俺は国際の白ライ持ちだぞ。おいそれと他国で暮らす訳にはいかないよ。下手をすれば戦争になる」
「そんな、大げさな」

 ロランはどれだけ自己評価が高いんだよ。聞いているこっちが恥ずかしくなる。

「でも、孤児院に大人がいなくなっちゃうのは困りもんだね」
「ああそうだ。お金や食料の問題はなんとかなっても、子供たちの成長や教育には近くでじっと見守る事のできる大人が必要だ」

 だからこその引き継ぎか。

「だったら、僕とカーラさんでしばらくは面倒見るけど」
「おまえは4歳だろ」

 あ、そうか。

「それにカーラさんは、孤児院とは関係ない人物だ。簡単に、はい任せますとはいかない」
「そうですねぇ。この件は、とりあえず明日、カーラさんが来てからもう一度話しましょう」
「ああ、そうだな。だが……エリカのやつが怒り出さなければいいんだけどなぁ」

 そういってため息を付きながらロランは肩を落とした。

***

 怒られました。

「シャルル君! 君はまだ4歳なのに結婚ってどういう事!」
「は、はい」
「ロラン! あなたが付いていながら、一体何をやってるの!」
「いや、俺は内宮に入れなかったん……すまん」
「スンちゃん、あなたはそれでいいの!?」
「ん、問題ない」
「そ、そう。シャルル君!」
「はい!」
「君は何でそんな大事な事を保護者との相談もなく決めちゃったの!」
「保護者?」
「わ・た・しです!」
「ひぃ、ご、ごめんなさい」

 ここで僕は土下座をした。

「ロラン!」
「わっ! は、はい」
「だいたい、なんで4歳の子の方が先に結婚するの!」
「ですよね」
「あなたは私をどれだけ待たせるの!?」

 ロランの土下座ポイントはここだった。

「スンちゃん!」
「関係無い」
「関係なくない!」
「か、関係無い」
「関係なくない!」

 なぜか、ここでスンも土下座した。後で聞いたら面倒になったそうだ。

 その後、30分ほどエリカの怒りは収まらず、怒りが収まった後は、埃がかぶっていた小部屋をカーラ用の部屋にするというので、孤児院の子供総出で大掃除が始まった。

「はい、そっち、綺麗にする!」

「床、磨いて!」

「ゴミはまとめて捨てる!」

「ロラン、邪魔するくらいなら、どっかに出かけて」

「あ、あの、エリカお姉さん?」
「何!」
「い、いえ。カーラさんが来るからって、ここまでしていただかなくても……」

 自分の奥さんになる人が孤児院にくるからってここまでして貰わなくても良い気がするのだがと思った僕は、エリカに質問をしてみた。

「シャルル君」
「はい」
「カーラさんは、公女殿下のお付きの人ですよね」
「うん、護衛と家庭教師を兼ねているみたいだよ。魔法士だって言ってました」

 そこでエリカはため息を一つついて、

「いくら平民出身の公王家といっても、公女殿下に付く方の身分はそれなりのものになります」
「なるほど」
「カーラ・マサリッティ。マサリッティ男爵家の系譜の方だったはずです」
「え? カーラさんは貴族の家の人なの?」
「はい。直径ではありませんがアマロ公国のすぐお隣、オドン公国にある貴族の家に連なる方だったと記憶しています」
「よく知っているね? 有名なの?」
「アマロ公国建国の際に、各公女にお付きの武官がお祝い代わりに派遣されました。実質、新興国へ恩を売るのと、情報収集が目的だろうとは言われていましたが……カーラさんも、その時の一人です。他のお付きとなった人が中年の女性ばかりだったなか、まだ10代だったので、印象に残っています」

 そういう事か。
 ソフィアの教育担当という事で、海賊船でも二人はぴったり寄り添っていたしなぁ。

「ですので」
「はい」
「貴族ご出身の方を迎え入れても問題無いように、掃除をしているんです」
「俺もそこそこのご身分なんだがなぁ」

 そこでロランが口を挟んできた。

「ここ出身のあなたに、誰が気を遣いますか。あたたはもっと私の事を気にしても良いくらいです!」
「そ、そうだな。愛しているよ、エリカ」
「ええ、私もよ、ロラン。さぁ、休憩はここまで。明日の朝にはシャルル君のお嫁さんが来ますよ!みんな急いで掃除を続けて!」
「「「はーい」」」

 孤児院のお友達のみんな。すまん。
 今度、困った時は僕が必ず手をかすからな……

***

「お世話になります。カーラ・マサリッティです」

 翌朝、朝食が終わり、片付けも終わった頃に馬車に乗ってカーラがやってきた。

「ようこそ。ここのシスターをしております、エリカです。お話は聞いております」
「急なお話でご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「はい」

 馬車から降りてきたカーラが、エリカと挨拶を交わす。
 あれ?
 カーラの顔色が昨日よりも悪い気がする。

「カーラさん……もう結婚するんだから、さんずけはおかしいかな。カーラ……と呼んでいい?」
「シャルル様、それは勿論」
「僕の事もシャルルで」
「はい、シャルル様」

 まぁ、いいや。

「カーラ……なんか、顔色が悪いけど大丈夫?」
「はい、すみません。昨日、急な事で荷物をまとめるのに時間がとられてしまい、眠りにつくのが遅くなって」

 寝不足なんだ。

「肩の怪我もあるんだから、無理しないで」
「はい、ありがとうございます。荷物を運んだら少し休ませてもらいますね」
「無理はよくない」

 珍しくスンが自分から前に出てきた。

「荷物はみんなで運ぶ。早く休んで」
「スン様……ありがとうございます」

「エリカ、案内を」
「わかったわ」

 ロランがそういい、エリカがカーラを案内して奥へ入っていった。

「え、あれ? 僕の奥さん……」
「主様、荷物を運ぶ」
「はい」

 ……僕の婚約者が新居孤児院にやってきた……で、いいんだよなぁ。
 


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