10 / 32
10
しおりを挟む朝起きるとアイリスは旅に持っていかない荷物を持って家を出た。挨拶がてら孤児院に寄付するつもりだ。孤児院時代からの物がほとんどだから返すと言った方が合っているかもしれない。
孤児院はまだ開いていないから運営もとの教会に向かう。
シスターにラビのことは言わず傭兵になることを言うと驚いたあと悲しい顔で心配されたけど止められはしなかった。孤児院を出てからは自己責任だ。
煙突掃除でよく仕事をくれた人達にも挨拶し、大家さんにアパートを出ることを話して戻った。
「ごめん、おまたせ」
「終わったのか?」
「うん。行こう」
昨日もらった装備を整えると出発した。
「リジ兄~」
「おう、アイリス······か?」
リジ兄は驚きながらまじまじとアイリスを見た。皮の胸当てや、特に短くなった髪の毛を。
「どうしたんだ? その格好は」
「傭兵になるんだ」
「は? 傭兵? アイリスが?」
「うん。ところで、街に入るときの税金っていくら? 他の街も同じ? 出るときも払うの?」
「他の街もだいたい同じくらいで百リッドあたり、出るときはいらない······て、待て待て。本気で言ってるのか?」
「本気だよ」
ぱくぱくとリジ兄はなにか言いたげだったけど、何も言わずにため息をついた。
「お前はこうと決めたら聞かないからなぁ。無茶はするなよ。無理だと思ったら意地を張らずに戻ってこい。俺が面倒みてやるから」
「ありがとう。あと、これ昨日の税金。ありがとね」
「昨日のことは気にしなくても······いや、それは貸しにしとくからいつか返しに来てくれ」
「え?······わかった。絶対に返しに来るから」
「じゃあ、また」
「またね」
リジ兄の気づかいに感謝しながら門を出た。
街道を行き遠くから門をふり向くと、リジ兄は心配そうにアイリス達を見送っていた。声は届かないだろうから手を大きくふって返す。
「あいつとは仲が良いのか?」
「うん。私とリジ兄は同じ孤児院で育ってね、お兄ちゃんみたいな感じ」
「ふぅん······」
ラビは残念そうな目でアイリスを見た。この間と違って、今その目で見られる意味がわからない。
「何?」
「鈍いんだなと思って」
「何が?」
「あー······いや、なんでもない。それより、言葉づかいだ」
「どこか変だった?」
「男なら、『私』は変だろ」
「あ。じゃあ、僕?」
「いいんじゃないか」
アイリスはラビの後について行きながら、口の中で『僕』を転がす。間違えないようにしないと。
「魔力はわかるようになったか?」
「うん」
昨日、眠る前に試してみたら温かい魔力を感じることができた。嬉しくて寝付くのが遅くなってしまった。
ラビはアイリスの隣に並んで歩くと指先に魔法で火をつけた。ラビの視線に促され、頷く。
アイリスは歩きながら指先に魔力を集めた。火をつけるイメージ。バチッと火花が弾んで終わった。
「······」
「次、水をやってみるか」
ラビは火を消すと、手のひらから水の塊を出した。アイリスがやってみるとじんわりと水分が浮かんだ。これは魔法で出した水なのか、それともまさか汗なのか。
「······」
「まあ、誰でも最初はそんなもんだ。何度も練習すれば上手くなる」
「がんばる」
バチバチと音をたてながら歩く。ふいにラビが街道を逸れた。
「ラビ、そっちは森だよ?」
「魔法の練習になりそうな奴がいる。来い」
火か水の練習だと思ってついていくと違った。
「これから教えるのは身体強化の魔法だ。火や水は魔力を体の外に出して発現するが、身体強化は体の中に留める。留めた箇所は頑丈になって能力が強化できる。例えば足なら素早くなったりジャンプが高くなったり。試しにジャンプしてみろ」
「う、うん」
膝から下に魔力をこめて跳んでみる。軽く跳んだだけなのにラビの背丈より高く上がった。
「へ? あっわぁっ」
予想外の高さにバランスを崩して尻餅で着地した。
「いったぁ」
「これも練習だな。で、ちょうどいいのがあそこにいる」
ラビが示した先には動物の群れがいた。人間の胸までの高さで四足歩行、細長い顔に細長い目、ちょこんとした耳がついている。
「ギヤという動物で草食性。ギヤの方から人を襲うことはないが、一匹でも攻撃されると群れで反撃してくる」
「へえ、あれがギヤなんだ」
お店でお肉になっているのは見たことあるけど、実物は初めてだ。
「荷物を渡せ」
「うん? はい。それで、どうしたらいい?」
「こうする」
アイリスがラビに背負い袋を渡すと、ラビは小石を拾ってギヤに投げつけた。
小石の当たったギヤが、続いて群れ全体がアイリス達を見た。
「え······あの······」
「あとは身体強化して耐えるか避けるかだ。倒せるなら倒してもいいぞ」
「ええ!?」
二十頭はいるギヤの群れが轟音を立てて向かってくるなか、ラビはさっさと木の上に避難していた。
「待って! もうちょっと練習してから······!」
「これが練習だ。危機感があった方が上達しやすい」
「厳しすぎない!?」
ラビは木の上からアイリスを見下ろし、含み笑いをしながら言った。
「俺は悪魔だからなぁ」
その顔は一生忘れられそうにない。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる