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 朝起きるとアイリスは旅に持っていかない荷物を持って家を出た。挨拶がてら孤児院に寄付するつもりだ。孤児院時代からの物がほとんどだから返すと言った方が合っているかもしれない。
 孤児院はまだ開いていないから運営もとの教会に向かう。
 シスターにラビのことは言わず傭兵になることを言うと驚いたあと悲しい顔で心配されたけど止められはしなかった。孤児院を出てからは自己責任だ。
 煙突掃除でよく仕事をくれた人達にも挨拶し、大家さんにアパートを出ることを話して戻った。
 
「ごめん、おまたせ」
「終わったのか?」
「うん。行こう」

 昨日もらった装備を整えると出発した。



「リジ兄~」
「おう、アイリス······か?」

 リジ兄は驚きながらまじまじとアイリスを見た。皮の胸当てや、特に短くなった髪の毛を。

「どうしたんだ? その格好は」
「傭兵になるんだ」
「は? 傭兵? アイリスが?」
「うん。ところで、街に入るときの税金っていくら? 他の街も同じ? 出るときも払うの?」
「他の街もだいたい同じくらいで百リッドあたり、出るときはいらない······て、待て待て。本気で言ってるのか?」
「本気だよ」
 
 ぱくぱくとリジ兄はなにか言いたげだったけど、何も言わずにため息をついた。

「お前はこうと決めたら聞かないからなぁ。無茶はするなよ。無理だと思ったら意地を張らずに戻ってこい。俺が面倒みてやるから」
「ありがとう。あと、これ昨日の税金。ありがとね」
「昨日のことは気にしなくても······いや、それは貸しにしとくからいつか返しに来てくれ」
「え?······わかった。絶対に返しに来るから」 
「じゃあ、また」
「またね」

 リジ兄の気づかいに感謝しながら門を出た。
 街道を行き遠くから門をふり向くと、リジ兄は心配そうにアイリス達を見送っていた。声は届かないだろうから手を大きくふって返す。
 
「あいつとは仲が良いのか?」
「うん。私とリジ兄は同じ孤児院で育ってね、お兄ちゃんみたいな感じ」
「ふぅん······」
 
 ラビは残念そうな目でアイリスを見た。この間と違って、今その目で見られる意味がわからない。

「何?」
「鈍いんだなと思って」
「何が?」
「あー······いや、なんでもない。それより、言葉づかいだ」
「どこか変だった?」
「男なら、『私』は変だろ」
「あ。じゃあ、僕?」
「いいんじゃないか」

 アイリスはラビの後について行きながら、口の中で『僕』を転がす。間違えないようにしないと。

「魔力はわかるようになったか?」
「うん」

 昨日、眠る前に試してみたら温かい魔力を感じることができた。嬉しくて寝付くのが遅くなってしまった。
 ラビはアイリスの隣に並んで歩くと指先に魔法で火をつけた。ラビの視線に促され、頷く。
 アイリスは歩きながら指先に魔力を集めた。火をつけるイメージ。バチッと火花が弾んで終わった。

「······」
「次、水をやってみるか」

 ラビは火を消すと、手のひらから水の塊を出した。アイリスがやってみるとじんわりと水分が浮かんだ。これは魔法で出した水なのか、それともまさか汗なのか。
 
「······」
「まあ、誰でも最初はそんなもんだ。何度も練習すれば上手くなる」
「がんばる」

 バチバチと音をたてながら歩く。ふいにラビが街道を逸れた。

「ラビ、そっちは森だよ?」
「魔法の練習になりそうな奴がいる。来い」

 火か水の練習だと思ってついていくと違った。

「これから教えるのは身体強化の魔法だ。火や水は魔力を体の外に出して発現するが、身体強化は体の中に留める。留めた箇所は頑丈になって能力が強化できる。例えば足なら素早くなったりジャンプが高くなったり。試しにジャンプしてみろ」
「う、うん」
 
 膝から下に魔力をこめて跳んでみる。軽く跳んだだけなのにラビの背丈より高く上がった。

「へ? あっわぁっ」

 予想外の高さにバランスを崩して尻餅で着地した。

「いったぁ」
「これも練習だな。で、ちょうどいいのがあそこにいる」

 ラビが示した先には動物の群れがいた。人間の胸までの高さで四足歩行、細長い顔に細長い目、ちょこんとした耳がついている。

「ギヤという動物で草食性。ギヤの方から人を襲うことはないが、一匹でも攻撃されると群れで反撃してくる」
「へえ、あれがギヤなんだ」

 お店でお肉になっているのは見たことあるけど、実物は初めてだ。

「荷物を渡せ」
「うん? はい。それで、どうしたらいい?」
「こうする」

 アイリスがラビに背負い袋を渡すと、ラビは小石を拾ってギヤに投げつけた。
 小石の当たったギヤが、続いて群れ全体がアイリス達を見た。

「え······あの······」
「あとは身体強化して耐えるか避けるかだ。倒せるなら倒してもいいぞ」
「ええ!?」

 二十頭はいるギヤの群れが轟音を立てて向かってくるなか、ラビはさっさと木の上に避難していた。

「待って! もうちょっと練習してから······!」 
「これが練習だ。危機感があった方が上達しやすい」
「厳しすぎない!?」

 ラビは木の上からアイリスを見下ろし、含み笑いをしながら言った。

「俺は悪魔だからなぁ」

 その顔は一生忘れられそうにない。
 
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