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第2会話 作り放題ですよ大義名分なんて

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 「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
 出迎えてくれたのは目の下に薄くクマの出来た女性の店員だった。高野が指を3本立てると、お好きな席へどうぞと言いながら裏の方へそそくさと消えていった。
 あまり褒められた接客態度ではなかったと高野は感じたが、憔悴した彼女の様子に妙な親近感を抱いた。それを両手に持ったまま高野は言った。
 「みんな疲れてる」
 「深夜のファミレスなんて客層最悪だし、ストレス溜まるだろうな」
 そう返したのは安住である。そしてその後ろから恋淵は言った。
 「ここの店舗はまだ良い方ですけどね」
 「ふーん」
 高野が返事をして店内を見回すと、蒼白を通り越した緑色の顔で懸命にノートパソコンを操作するスーツ姿の男、無言でスマホをいじるカップルと思しき男女、テーブル席のソファに横になって寝ている客などがいた。たしかに静かなだけマシか、と高野は思った。
 寝ている客の横をいそいそと通り過ぎ、窓際のテーブル席の奥側に安住、その隣に高野が座り、対面に恋淵が座った。ほどなくして水が運ばれてきた。
 「ご注文が決まりましたらこちらのボタンでお呼びください」
 「はーい」
 高野が横からメニューを取って広げる。
 「何頼みます?」
 「私はお子様ランチで」
 「おお~、いいですね。どれどれ」
 高野がメニューをめくっていくと、後ろの方にお子様ランチが載っていた。
 「うわ~、正直美味しそう」
 「だなあ」
 安住も同意する。メニューをぺらりぺらりとめくっては戻し、心ここにあらずでぼんやりと眺める安住と高野。丑三つ時、3人が座るテーブルは不思議な空気に包まれている。
 高野はゆっくりと息を吸い込み、口にした。
 「安住さん」
 「ん?」
 「みんなでお子様ランチ頼みませんか?」
 「……いや2人はいいけどさ、30後半のオッサンがお子様ランチはちょっとキツいだろ」
 「何言ってるんですか。赤信号みんなで渡ればってやつですよ」
 「いや~」
 「いいじゃないですか。考えてみてくださいよ。今を逃したら無いですよたぶん」
 「いやまあそれは、あれだろ。子供が生まれて家族でファミレス来た時とかさ」
 「でも安住さん結婚すら望み無いじゃないですか」
 「お前さあ……」
 何か反論してやろうと思ったが、恋人もおらず、タイムリミットが差し迫る最中の安住にとって、実際はぐうの音も出ない言葉であった。
 そして高野に加勢するように、恋淵もまた安住に促す。
 「いいじゃないですか。夜食に食べるには他のメニューよりもちょうどいい量ですし」
 今だと言わんばかりに高野が追撃する。
 「そう! そうですよ。それにほら、こう考えるんです。自分はこのファミレスのライバル企業の社員で、他社のお子様ランチを研究しに来た……、みたいなシチューエションだと、だからお子様ランチを頼むことも何らおかしなことではないと、そう思い込むんです」
 「なんだそりゃ……、ん~」
 安住が決めあぐねていると高野が背中を、もとい手元にあった店員の呼び出しボタンをパチっと押した。
 「はいもう押しましたー」
 向こうからトボトボと店員が歩いてくるのが見える。
 「おい、え~、ん~……、まあ、いいか」
 店員が目の前に来るあたりにちょうど、安住の覚悟が決まる。
 「ご注文はお決まりですか?」
 店員にそう聞かれると、高野がメニューを指さして言った。  
 「お子様ランチ3つで」
 「お子様ランチが3つですね。以上でよろしいですか?」
 「はい」
 「かしこまりました」
 店員は淡々と注文を機械に打ち込むと、そそくさと去っていった。
 恋淵は言った。
 「高野君に勝手に頼まれた~、っていう大義名分でいいんじゃないですか」
 「そうそう大義名分! 作り放題ですよ大義名分なんて」
 安住は天井を仰ぎ見る。
 「何年、いや何十年ぶりだろうなあ。昔さあ、別に裕福な家ってわけじゃなかったんだけど、両親の記念日だったのかなあ、デパートのいいとこのレストランに行ってて。そこでお子様ランチがあってなあ」
 「オッサンの昔話はいいです」
 「いいじゃねえかちょっとくらい。多少の心構えがいるんだよ。この歳になってお子様ランチ食うとは思わないし」
 安住は水に少し口をつけた後、スーツの内ポケットに手を入れたが、何も取り出さずにそれを止めた。それに気付いた恋淵は率直に尋ねた。
 「どうかしましたか?」
 「ん? ああいや……、禁煙か、と思って」
 高野がすかさず聞く。
 「え、タバコですか? 止めたんじゃなかったでしたっけ」
 「ん~、まあまたな……」
 「良くないですよタバコ、身体に」
 「まあそうなんだけどなあ。でもそうじゃねえんだよな、タバコって、はあ」
 安住は腕を組んでうなだれる。それを慰めるように恋淵に言う。
 「気持ちは分かりますよ。私も昔吸ってましたし」
 高野が驚きつつも反応する。
 「えっ、恋淵さん吸ってたんですか? ちょっと意外かも」
 「そうですか? まあ学生の頃なのでもう何年か前ですけどね」
 「へー、あっ、『意外』って悪い意味じゃないですよ? むしろいい」
 「まあ昔の話なので」
 「なんで止めたんですか?」
 恋淵は顎に人差し指を当てて考える。
 「そうですね、これといった理由はないですね。止めようと思ったというよりは、吸う場所を探すのが面倒になった、の方が大きいかも」
 「ああなるほど。ウチも喫煙所無くなっちゃいましたしね。メシ屋でも最近は吸えないところ多いですし」
 安住たちの通うオフィスの喫煙所も世論のあおりに飲まれ、何年か前に撤去されたところだった。
 安住がすかさず口を挟む。
 「そうなんだよ。前よく吸ってた場所に行ってみたら灰皿無くなってたりとかな。ていうかそもそも値段が高くてなあ、昔吸ってた時は箱で300円だったのに今じゃ580円。世間の風当たりが強いわ、昔より」
 安住は遠い目をしながら窓の外を見た。
 高野はぽろっと口にする。
 「また止めたらいいじゃないですか、恋淵さんみたいに」
 「いや止めらんねえ、こればっかりは。我慢しようとしたり禁止されると逆にどんどん吸いたくなる。そう簡単に止められたら苦労しねえんだよ」
 恋淵が言った。
 「カリギュラ効果ですね」
 「何それ、そういうタバコの効果みたいなの、あるの?」
 「いえ、タバコだけじゃないんですけど、昔どこかの国で『カリギュラ』っていうポルノ映画があったらしくて、それがとある映画館で上映禁止にされたんです」
 「へえ」
 「それで町民たちが、禁止されるほどの映画ってどんな内容なんだろうと、禁止されていない隣町の映画館までわざわざ遠出して見に行ったっていう話があって、それが元となって、禁止されるとむしろその行為に走りたくなる心理のことをカリギュラ効果、というらしいです」
 「ほお~、じゃあもう仕方ないな、うん」
 高野は前のめりになって話し始める。
 「確かにそれはちょっと分かりますね。僕、小学生の時鉛筆食べるの好きだったんですけど」  
 唐突な情報に安住は思わず突っ込む。
 「おい、待った、前提がおかしいだろ」
 「いや、これが妙においしかったんですよ。あれですよ? 食べるっていっても噛むだけですよ。木と芯の部分の香ばしい味がなんか、当時はクセになって」
 「今はやってねえよな?」
 「さすがにやってませんよもう。それで、僕が教室でガシガシ食べてたらなんかクラス中で狂ったように流行り出しちゃって、授業中でもみんなお構いなしに噛むから担任の先生が禁止にしたんです」
 「まあそうなるだろうな」
 「でも禁止にされる頃にはもうみんな中毒みたいになってて。それで放課後に、トイレとか校舎の裏に何人かで集まったりして先生にバレないように噛む、会合みたいのを毎日してましたね」
 「隠れてタバコ吸うみたいな話だな」
 「ああ確かに! 今思えば子供ながらちょっと憧れがあったのかもしれないですね、タバコとかそういうのに」
 「はあ、怖いわお前の地元」
 「まあ治安はあんまりよくなかったですね」
 恋淵が付け加える。
 「それで言うとタバコでも、タバコ……、『かみ』ってのは噛む方、なんですけど、ペーパーの紙じゃなくて」
 「ほー、噛んで吸うタバコってことですか?」
 「大体そんな感じです。それで、噛みタバコなんて物もあるくらいですし、ストレスで鉛筆の後ろ噛む人とかもたまにいますし、分からなくもないかもですね」
 そんな話をしていると、店員が近づいてくるのに安住が気付いた。
 「お」
 ゴロゴロと運ばれてきたワゴンには料理が載っている。
 店員が3人の前にそれぞれ置いていく。整えられたチキンライスやスパゲティ、規則正しく並べられたニンジンやブロッコリー、他にも目の覚めるような色とりどりの料理たちが載せられており、その皿の上はまるで一つの島のようだった。
 それぞれ箸やフォークを取ると、同じ楽園を目の前にした3人は恭しく手を合わせ、そして宣誓した。
「いただきます」
 深夜のバカンスは、まだ続く。
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