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ありふれた恋の顛末
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幼馴染の距離感は少しだけ難しい。
ずっと近くにいたケインを思って、ルルララは唇をかみしめた。
当分会えなくなると、外出から帰ってきた父の言葉を信じたくなくて、否定の言葉を返そうとしたけれど、喉が詰まって声が出ない。
とうとう戦争が、始まるのだ。
国教で小競り合いの増えていた隣国との戦争は、王都に流れる噂で薄々感じていたけれど、まさか、王国騎士以外も駆り出される大きなものになるとは想像していなかった。
徴兵されるのは王国の騎士たちと王国に雇われた自警団の兵士たち。
戦争そのものも恐ろしいけれど、顔見知りが派遣されて生死も定かでなくなることはもっと恐ろしかった。
ルルララの幼馴染であるケインは、自警団に二年前から勤めている。
そのため、この戦いへ兵士としての出征が決まったのだとケインの父親から聞いて、買ったパンの袋を抱えたルルララの父が慌てた様子で帰ってきた。
「だからパン屋を継げって、あれほど言ったのに」
下町の片隅にある雑貨店の一人娘がルルララで、パン屋の一人息子がケインだ。
実家の家業を継いでいれば、戦争に最初から参加する必要もないはずだった。
なにより、隣国とは戦力が拮抗しているので、最初の戦いの結果は読めないと聞いている。
無事に帰ってくる保証はない。
居ても立っても居られない気持ちになって、ルルララはエプロンを外すと父親に店番を任せて、パン屋に向かって走り出す。
通りを一つ隔てていたけれど、家と家の隙間の路地を駆け抜ければすぐに会える距離だ。
日常に密着した家族経営の小さな店舗同士で、子供同士の年齢も近いこともあって、家族ぐるみでの付き合いも深かった。
もちろん、下町には同じような親子がたくさんいるから、ケインだけが幼馴染ではなかったけれど、ルルララが一番の仲良しで名前を上げるなら断トツでケインになる。
会って何を言えばいいかもわからないけれど、とにかく顔を見たかった。
カランと鳴るドアベルが鳴り終わるももどかしく、慌てた調子でルルララが「おじさん、ケインは?」と尋ねると、慣れた調子で「部屋に居るから顔を見てやって」という返事が返ってきた。
馴染んだ声音は落ち着いていたので、少しだけホッとして、いつものように「お邪魔します」といって、ルルララはケインの部屋に向かった。
幼い頃はよく通っていたけれど、年頃になってからは御無沙汰だった階段を上り、目的の部屋の扉をノックすると、間を置かずにケインが顔を見せた。
あれ? と驚いたように目を見開いたけれど、すぐにやわらかな笑顔を浮かべた。
「珍しいな。俺の部屋に来るなんて、何年ぶり? 最近は居間でだべってたのに」
「そんな事より、戦争に行くって本当?」
ケインは背が高いので見上げるようにして尋ねると、思いがけず弱弱しい声になってしまい、ルルララ自身も戸惑ってしまう。
不安な気持ちがにじみ出ていたので、ちょっと困ったような顔をして、本当だとケインは言った。
ついでのように「戦争が終わるまで帰ってこれないと思う」と付け足されて、ルルララは泣きたい気持ちがわき上がってくる。
いかないで、なんて引き留める言葉が口をついて出そうになり、それを何とか飲み込んだ。
「ねぇ、忙しいとは思うけど、少しでいいから、話せるかな?」
「いいけど……散らかってるぞ」
うながされてケインの部屋の中に入ると、荷づくりの途中だったのか部屋中に物が散乱していた。
無事なのはベッドの上ぐらいだったので、ルルララは弾むように落ちているものを避けながら近寄って、ベッドの端にちょこんと座る。
そのまま見上げると、扉前に立っていたケインは少しだけ後退り、おぅふ、と意味不明なため息を漏らして、ルルララから視線をそらした。開いていた扉を閉めかけて、迷うように開けて、落ち着きなくどこかソワソワとしている。
そのまま不自然に落ちた沈黙に、ルルララは言葉を選びながらそっと尋ねた。
「あの……あのね、いつ、出立するの?」
「来週。まぁ、騎士団が主力で、俺らはオマケだから、心配なんてしなくていい」
物資を運んだり、後方でこまごまとした雑用に駆り出されるだけだと安心させるように笑うので、ルルララは胸の奥がキュウと締め付けられる気がした。
困ったときや大変な時でも、ケインは必ず自分の気持ちを飲み込んで、周囲を安心させるように笑うのを知っていた。
幼馴染というやつは良くも悪くも、気が付くと側にいて、同性同士であれば生涯無二の親友になれたかもしれないが、異性ともなるとそうはいかない。
怒ったり泣いたりしながら大人に近づくのは異性間でも変わらないけれど、大きな喧嘩をしたり、笑いあったり、肩を寄せて自分たちだけの秘密を分けあっていく。
いつの間にか歳を重ねて、友情なのか恋なのかわからない気持ちが勝手に育っていくけれど、感情を分けあうほどの特別になるには、なにかが少しだけ足りない。
そんな風に、近いけれど近すぎない距離感でいるのが幼馴染だと、今までのルルララは思っていた。
けれど、もう二度と会えなくなるかもしれない。という不安定な未来が、ルルララの気持ちを弱らせていく。
もともと友人と呼ぶには近くて、特別と呼ぶには少し遠いのがケインだった。
なにより、ルルララというちょっと変わった名前を、ヤンチャな子たちにからかわれて、泣きべそをかいている時に助けてくれたのがケインで、その時から男女の好きと関係なく大切な人なのだ。
だからこのまま、なんとなく近くで生きて、ふわふわと穏やかな時間を過ごしたとしてもかまわない。
友情ポジションでかまわないから、最期の瞬間が訪れたその時に、幸せだったね、なんて笑えるなら最良の人生であろう。
そんな微妙な距離感が、さみしいと思ってしまう日が来るとは、ルルララ本人も思ってもみなかった。
「私に出来ること、なにかあるかな? なんでもするよ?」
ケインは出征の準備があるのだから、さっさと自宅に帰るのが正しい行動だとわかっていたけれど、はいそうですかと帰る気持ちはすっかり失せていた。
おぼつかない気持ちに想いという輪郭がつきそうで、もう少しだけそばに居たかった。
そんな気持ちを込めて見つめると、ケインは思いがけず怒ったような表情をしていた。
「なんでも、なんて言うな」
「なんで怒るの?」
「ひとの気も知らないで、なんでも、なんて言うからだ」
「私に出来る事はないってこと?」
「違う! 俺はバカだから、勘違いさせるなって言ってるんだよ!」
思わずといった調子で叫んでしまい、ケイン自身がきまり悪そうに顔をゆがめて、片手で自分の頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。
あ~とかう~とか、意味不明の唸りをいくつか落とした後で、真っ赤に顔を染めてうつむいた。
「あのな、俺はバカなの。やりてぇことなんて、ひとつしかないんだから、そんなの口に出すだけで、あまりにも無責任だろう」
零れ落ちた言葉が苦し気な響きを帯びたことに、ケインは「ああもう」とぼやきながら「襲われるのが嫌なら、もう帰れ」と扉を大きく開けた。
しかし、想像してもいなかった言葉に、ルルララは目を大きく開いて固まっていた。
思いがけない感情をぶつけられてフリーズしても、言葉の意味はジワジワと浸透してくる。
赤裸々すぎる言い方がロマンチックとはかけ離れていたけれど、不快感はまったくわかなかった。
むしろ、とても恥ずかしくて、どこか甘くて、本音なのがわかるから少しじれったい気がするので、トクトクと胸の鼓動が加速していく。
「ケインは、私のこと、好きなの?」
直球の問いかけは、それなりに破壊力があったらしい。
グラリとケインの大きな体が揺らぎ、沸騰寸前のものすごい表情でジロリと睨んできたが、顔だけでなく指先まで真っ赤なので、ちっとも怖くなかった。
「大切な事だから、答えて」
ムン、とちょっぴり怒った顔で追及すると、似たような顔で「悪いか」と返される。
悪くはないけれど、それは答えにならないので、ふふふとルルララは笑ってしまう。
「どのくらいの好き? 戦争前に、やりてぇだけ? それとも、結婚して一緒に暮らしたいぐらいの好き? わからないなら、やってみる?」
赤裸々さではいい勝負な赤裸々な問いかけに、ケインはしばらく口をパクパクしていたけれど、お手上げというように両手を上げた。
なにしろ、これから行くのは戦争である。
気楽な事を口にしても、実際のところは生きて帰れる保証がないので、一生を共に居ようと約束したって、一回ぽっきりの思い出作りで終わる可能性があるのだ。
戦争前にやりてぇだけと言ったら嘘になるし、結婚を持ち出して将来の展望を語るのも、運次第で嘘になるかもしれない。
だからケインは何も言うつもりがなかったのに、ルルララは容赦なかった。
「なぁ、おまえに情緒ってものはないのか?」
「だって、そこ、重要でしょ?」
「重要でも、言い方ってものがあるだろう?」
「私は! 私は。一回ぽっきりのやりてぇで終わらずに、一生一緒に幸せなのがいい」
つい叫んでしまい、ルルララは声に出したことにより、自分の気持ちが動くのを自覚していく。ほころぶように甘さを増す感情に、少し安心した。ちゃんとケインのことを好きなのだと、胸の鼓動が教えてくれた。
一番身近で、子供の頃のことも知っていて、好きなものも嫌いなものも覚えているけれど、思春期になれば気恥ずかしさが勝って、ケインの部屋に遊びに来ることもなくなり、手が触れるとどんな顔をして良いのかもわからなくなっていた。
気になるからこそ、近付いていいのか、離れなくてはいけないのか、ものすごく悩んでもいた。
やりてぇ、なんて言い方をされても、真っ赤になった顔を可愛いと思ってしまうぐらい、ケインの存在が心の大部分を占めていたるのだから、今更、別の人に対して、同じだけの気持ちを差し出すなんてことは、不可能だろう。
認めてしまえばすごく簡単な事だった。
「ちゃんと、生きて帰ってきてほしいって言ってるの」
言葉が終わる前に、バンッと大きな音を立てながら、後ろ手にケインは鍵を閉める。
床に散らばっている荷物をまたぎ、ズカズカとベッドに近づいて、ドスンとルルララの横に座った。
そのまま肩を抱き、ジッとルルララの顔を覗き込む。
少しでも感情の揺らぎがあれば手を止めるつもりで、小さなあごに手を添えれば、そっと瞼が閉じられた。
ツン、と口づけを待つように軽く尖った唇に、おぅふ、とケインは意味不明の声を漏らした。
「本気で嫌になったら、殴って良いぞ」
コクリとルルララがうなずくから、ケインもそっと目を閉じて唇を合わせる。
軽く触れただけなのに、伝わってくる温もりに胸が詰まり、少し震えた。
それは戸惑いに似ていたので、唇が離れていく速度に合わせてゆっくりと目を開いたルルララは少し不安になったけれど、間近にあるケインの瞳に吸い込まれそうになる。
そこにあるのは明らかな情欲で、湧き上がる衝動を抑えつけながら、とめることのできない欲が静かに燃えていた。
その強く熱い炎の前では、露のように儚いひとしずくの不安さえ消えてしまう。
ふわりと熱に浮かされたように微笑んだルルララに、耐えられなくなったようにケインはベッドに押し倒した。
のしかかるようにして唇を再び奪い、今度は深く差し込んだ舌先で口内を蹂躙する。
大きな手はブラウスの裾から差し込まれ、直接触れる肌の滑らかさを確かめるように胸をまさぐった。
くちゅくちゅと絡み合う舌先が甘くて、触れ合う肌が燃えるように熱くて、ルルララは頭の芯がぼうっとしてくる。
息継ぎをするように時々離れる唇からは、荒々しく弾んだ息がこぼれ、揉みしだかれる胸は太く長い指が弄ぶままに形を変えていく。
恥ずかしさと、自分以外の体温の熱さに翻弄されて、ルルララはあえぎとも嬌声ともつかない、艶のある悦びを漏らした。
上ずり花のかかった声に、ケインの欲望は熱く硬くそそり立つ。
すぐにでも貫きたかったが耐えて、ケインの片手はたわわな胸をいじりつつ、もう片方の手が腰から腹、腹から下腹へとくすぐるように滑り落ち、とうとう蜜のこぼれる秘められた場所に辿り着いた。
フッと満足げな笑い声が零れ落ちる。
「濡れてる」
「い……言わないで」
胸の先をいじられて甘い吐息がこぼれるのと同時に、クチュリ、と音を立てて指が花びらをかき分けて、蜜壺の中に潜り込んだ。
一本、二本、と増えながらうごめく指の熱さに、ルルララは「やぁん」とのけぞったが、足を割るように身を滑り込ませたケインに太腿をつかまれた。
いつの間にかブラウスのボタンはすべて外され、スカートも下着も床へと投げ捨てられていたので、下腹の奥からわき出す蜜が零れ落ちる様子まで暴かれて、恥ずかしいと身をよじる。
当然だが鍛えている男の手から逃れられるはずもなく、あっさりと抑え込まれて、熱くて硬い欲望が入り口に添えられた。
ゆるゆると前後する入りそうで入らない輸送を繰り返され、快感で頭がおかしくなりそうになったところで、かすれた声で「淹れていいか?」と尋ねてくるから、ルルララは思わず笑ってしまった。
「止められたら、困る」
ルルララは両手を広げて、ケインの首に縋り付いた。
抱き返してくるケインの太い腕に身体を包まれて、グッと体内へと押し込まれる太い楔に、ルルララの眦から涙がこぼれ落ちる。
「大丈夫か?」
「うん、平気。きて」
視線をからませたまま、ゆっくりと奥へと進み、少し止まって馴染むまで待ち、再び最奥へと進む。
想像以上の狭さに、ケインは荒い息を吐いた。
初めての痛みに眉根を寄せるルルララを気遣い、気をそらすため時々は深く口づける。
上も下もつながる喜びに、力任せに蹂躙したい欲望を抑え込み、ゆるゆるとゆっくりと貫き、とうとうわずかな隙間もなく深くまで埋めこんだ。
「は……入った?」
「根元まで飲みこんでる。見る?」
バカ、と顔を真っ赤にして怒りかけたルルララは、すぐにそれどころではなくなった。
パン、と強く腰を打ち付けられたのだ。
「あ、やだ」と身をよじったけれど、無情にも「わりぃ、止まらない」と悪びれない言葉で却下され、勢いよく穿つ責めが延々と続き、声が枯れるまで啼かされる事になる。
のぼりつめ、欲望をそのままルルララの中に吐き出したけれど、一度で止まるはずがない。
結局のところ、ルルララが気を失うように疲れて眠るまで、何度も抱いてしまった。
ルルララはケインにとって、ずっと大切で可愛い女の子だった。
感情が豊かで、ニコニコ笑っていても、けっこう頑固なところもある。
だけど、他の子が困っていれば手を差し伸べ、泣いている子がいれば寄り添い、自分よりもずっと体の大きいケインが落ち込んでしゃがみこんだ時も「大丈夫」といってギュッと抱きしめてくれる。
そんな風にひととなりも可愛いが、目の大きなリスみたいな顔立ちも、身長のわりに目立つ胸も、安産型だなぁと呟く父親を蹴とばしたこともある腰も、全部が可愛いと思っている。
妹みたいな存在だから護りたいと思っていたのは幼少期だけで、思春期を過ぎると邪な気持ちが消せなくなったので身体的な接触を避けていたのは、自分の中で不埒な欲が育ってしまったからだ。
ずっと触れたいと思っていたのだ。
まさか、こんな風にケインの腕の中に堕ちてくるとは思わなかった。
思いがけず叶った幸福に感謝しながら、眠るルルララの額にひとつキスを落とす。
愛らしい寝顔に、出征までにやる事リストを頭の中で組み立てる。
本音としては、他のやつにくれてやるつもりはないので、ルルララの両親に挨拶をして、籍を入れるところまでは済ませたい。
戦争なんて行きたくねぇな、なんて思いながら、終わった先の未来を考えてしまい、思わず失笑してしまう。
まだ、始まってもないのだ。
それでも、時は止まらない。
翌朝、結婚の挨拶に向かって、ルルララの父に一発殴られるとか。
神殿で入籍だけの婚姻を果たすとか。
三年も続いた戦争から、五体満足で帰ってきたケインを、愛息子を抱いたルルララが笑顔で出迎えるとか。
それなりに色々な出来事が待っているのだけれど。
最後の瞬間には、お互いに「幸せだったね」なんて笑い合える人生を、二人は送るのだ。
それが幼馴染であるルルララとケインがたどった、特別なものなどひとつもない、ありふれて幸せな恋の顛末である。
【 おわり 】
ずっと近くにいたケインを思って、ルルララは唇をかみしめた。
当分会えなくなると、外出から帰ってきた父の言葉を信じたくなくて、否定の言葉を返そうとしたけれど、喉が詰まって声が出ない。
とうとう戦争が、始まるのだ。
国教で小競り合いの増えていた隣国との戦争は、王都に流れる噂で薄々感じていたけれど、まさか、王国騎士以外も駆り出される大きなものになるとは想像していなかった。
徴兵されるのは王国の騎士たちと王国に雇われた自警団の兵士たち。
戦争そのものも恐ろしいけれど、顔見知りが派遣されて生死も定かでなくなることはもっと恐ろしかった。
ルルララの幼馴染であるケインは、自警団に二年前から勤めている。
そのため、この戦いへ兵士としての出征が決まったのだとケインの父親から聞いて、買ったパンの袋を抱えたルルララの父が慌てた様子で帰ってきた。
「だからパン屋を継げって、あれほど言ったのに」
下町の片隅にある雑貨店の一人娘がルルララで、パン屋の一人息子がケインだ。
実家の家業を継いでいれば、戦争に最初から参加する必要もないはずだった。
なにより、隣国とは戦力が拮抗しているので、最初の戦いの結果は読めないと聞いている。
無事に帰ってくる保証はない。
居ても立っても居られない気持ちになって、ルルララはエプロンを外すと父親に店番を任せて、パン屋に向かって走り出す。
通りを一つ隔てていたけれど、家と家の隙間の路地を駆け抜ければすぐに会える距離だ。
日常に密着した家族経営の小さな店舗同士で、子供同士の年齢も近いこともあって、家族ぐるみでの付き合いも深かった。
もちろん、下町には同じような親子がたくさんいるから、ケインだけが幼馴染ではなかったけれど、ルルララが一番の仲良しで名前を上げるなら断トツでケインになる。
会って何を言えばいいかもわからないけれど、とにかく顔を見たかった。
カランと鳴るドアベルが鳴り終わるももどかしく、慌てた調子でルルララが「おじさん、ケインは?」と尋ねると、慣れた調子で「部屋に居るから顔を見てやって」という返事が返ってきた。
馴染んだ声音は落ち着いていたので、少しだけホッとして、いつものように「お邪魔します」といって、ルルララはケインの部屋に向かった。
幼い頃はよく通っていたけれど、年頃になってからは御無沙汰だった階段を上り、目的の部屋の扉をノックすると、間を置かずにケインが顔を見せた。
あれ? と驚いたように目を見開いたけれど、すぐにやわらかな笑顔を浮かべた。
「珍しいな。俺の部屋に来るなんて、何年ぶり? 最近は居間でだべってたのに」
「そんな事より、戦争に行くって本当?」
ケインは背が高いので見上げるようにして尋ねると、思いがけず弱弱しい声になってしまい、ルルララ自身も戸惑ってしまう。
不安な気持ちがにじみ出ていたので、ちょっと困ったような顔をして、本当だとケインは言った。
ついでのように「戦争が終わるまで帰ってこれないと思う」と付け足されて、ルルララは泣きたい気持ちがわき上がってくる。
いかないで、なんて引き留める言葉が口をついて出そうになり、それを何とか飲み込んだ。
「ねぇ、忙しいとは思うけど、少しでいいから、話せるかな?」
「いいけど……散らかってるぞ」
うながされてケインの部屋の中に入ると、荷づくりの途中だったのか部屋中に物が散乱していた。
無事なのはベッドの上ぐらいだったので、ルルララは弾むように落ちているものを避けながら近寄って、ベッドの端にちょこんと座る。
そのまま見上げると、扉前に立っていたケインは少しだけ後退り、おぅふ、と意味不明なため息を漏らして、ルルララから視線をそらした。開いていた扉を閉めかけて、迷うように開けて、落ち着きなくどこかソワソワとしている。
そのまま不自然に落ちた沈黙に、ルルララは言葉を選びながらそっと尋ねた。
「あの……あのね、いつ、出立するの?」
「来週。まぁ、騎士団が主力で、俺らはオマケだから、心配なんてしなくていい」
物資を運んだり、後方でこまごまとした雑用に駆り出されるだけだと安心させるように笑うので、ルルララは胸の奥がキュウと締め付けられる気がした。
困ったときや大変な時でも、ケインは必ず自分の気持ちを飲み込んで、周囲を安心させるように笑うのを知っていた。
幼馴染というやつは良くも悪くも、気が付くと側にいて、同性同士であれば生涯無二の親友になれたかもしれないが、異性ともなるとそうはいかない。
怒ったり泣いたりしながら大人に近づくのは異性間でも変わらないけれど、大きな喧嘩をしたり、笑いあったり、肩を寄せて自分たちだけの秘密を分けあっていく。
いつの間にか歳を重ねて、友情なのか恋なのかわからない気持ちが勝手に育っていくけれど、感情を分けあうほどの特別になるには、なにかが少しだけ足りない。
そんな風に、近いけれど近すぎない距離感でいるのが幼馴染だと、今までのルルララは思っていた。
けれど、もう二度と会えなくなるかもしれない。という不安定な未来が、ルルララの気持ちを弱らせていく。
もともと友人と呼ぶには近くて、特別と呼ぶには少し遠いのがケインだった。
なにより、ルルララというちょっと変わった名前を、ヤンチャな子たちにからかわれて、泣きべそをかいている時に助けてくれたのがケインで、その時から男女の好きと関係なく大切な人なのだ。
だからこのまま、なんとなく近くで生きて、ふわふわと穏やかな時間を過ごしたとしてもかまわない。
友情ポジションでかまわないから、最期の瞬間が訪れたその時に、幸せだったね、なんて笑えるなら最良の人生であろう。
そんな微妙な距離感が、さみしいと思ってしまう日が来るとは、ルルララ本人も思ってもみなかった。
「私に出来ること、なにかあるかな? なんでもするよ?」
ケインは出征の準備があるのだから、さっさと自宅に帰るのが正しい行動だとわかっていたけれど、はいそうですかと帰る気持ちはすっかり失せていた。
おぼつかない気持ちに想いという輪郭がつきそうで、もう少しだけそばに居たかった。
そんな気持ちを込めて見つめると、ケインは思いがけず怒ったような表情をしていた。
「なんでも、なんて言うな」
「なんで怒るの?」
「ひとの気も知らないで、なんでも、なんて言うからだ」
「私に出来る事はないってこと?」
「違う! 俺はバカだから、勘違いさせるなって言ってるんだよ!」
思わずといった調子で叫んでしまい、ケイン自身がきまり悪そうに顔をゆがめて、片手で自分の頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。
あ~とかう~とか、意味不明の唸りをいくつか落とした後で、真っ赤に顔を染めてうつむいた。
「あのな、俺はバカなの。やりてぇことなんて、ひとつしかないんだから、そんなの口に出すだけで、あまりにも無責任だろう」
零れ落ちた言葉が苦し気な響きを帯びたことに、ケインは「ああもう」とぼやきながら「襲われるのが嫌なら、もう帰れ」と扉を大きく開けた。
しかし、想像してもいなかった言葉に、ルルララは目を大きく開いて固まっていた。
思いがけない感情をぶつけられてフリーズしても、言葉の意味はジワジワと浸透してくる。
赤裸々すぎる言い方がロマンチックとはかけ離れていたけれど、不快感はまったくわかなかった。
むしろ、とても恥ずかしくて、どこか甘くて、本音なのがわかるから少しじれったい気がするので、トクトクと胸の鼓動が加速していく。
「ケインは、私のこと、好きなの?」
直球の問いかけは、それなりに破壊力があったらしい。
グラリとケインの大きな体が揺らぎ、沸騰寸前のものすごい表情でジロリと睨んできたが、顔だけでなく指先まで真っ赤なので、ちっとも怖くなかった。
「大切な事だから、答えて」
ムン、とちょっぴり怒った顔で追及すると、似たような顔で「悪いか」と返される。
悪くはないけれど、それは答えにならないので、ふふふとルルララは笑ってしまう。
「どのくらいの好き? 戦争前に、やりてぇだけ? それとも、結婚して一緒に暮らしたいぐらいの好き? わからないなら、やってみる?」
赤裸々さではいい勝負な赤裸々な問いかけに、ケインはしばらく口をパクパクしていたけれど、お手上げというように両手を上げた。
なにしろ、これから行くのは戦争である。
気楽な事を口にしても、実際のところは生きて帰れる保証がないので、一生を共に居ようと約束したって、一回ぽっきりの思い出作りで終わる可能性があるのだ。
戦争前にやりてぇだけと言ったら嘘になるし、結婚を持ち出して将来の展望を語るのも、運次第で嘘になるかもしれない。
だからケインは何も言うつもりがなかったのに、ルルララは容赦なかった。
「なぁ、おまえに情緒ってものはないのか?」
「だって、そこ、重要でしょ?」
「重要でも、言い方ってものがあるだろう?」
「私は! 私は。一回ぽっきりのやりてぇで終わらずに、一生一緒に幸せなのがいい」
つい叫んでしまい、ルルララは声に出したことにより、自分の気持ちが動くのを自覚していく。ほころぶように甘さを増す感情に、少し安心した。ちゃんとケインのことを好きなのだと、胸の鼓動が教えてくれた。
一番身近で、子供の頃のことも知っていて、好きなものも嫌いなものも覚えているけれど、思春期になれば気恥ずかしさが勝って、ケインの部屋に遊びに来ることもなくなり、手が触れるとどんな顔をして良いのかもわからなくなっていた。
気になるからこそ、近付いていいのか、離れなくてはいけないのか、ものすごく悩んでもいた。
やりてぇ、なんて言い方をされても、真っ赤になった顔を可愛いと思ってしまうぐらい、ケインの存在が心の大部分を占めていたるのだから、今更、別の人に対して、同じだけの気持ちを差し出すなんてことは、不可能だろう。
認めてしまえばすごく簡単な事だった。
「ちゃんと、生きて帰ってきてほしいって言ってるの」
言葉が終わる前に、バンッと大きな音を立てながら、後ろ手にケインは鍵を閉める。
床に散らばっている荷物をまたぎ、ズカズカとベッドに近づいて、ドスンとルルララの横に座った。
そのまま肩を抱き、ジッとルルララの顔を覗き込む。
少しでも感情の揺らぎがあれば手を止めるつもりで、小さなあごに手を添えれば、そっと瞼が閉じられた。
ツン、と口づけを待つように軽く尖った唇に、おぅふ、とケインは意味不明の声を漏らした。
「本気で嫌になったら、殴って良いぞ」
コクリとルルララがうなずくから、ケインもそっと目を閉じて唇を合わせる。
軽く触れただけなのに、伝わってくる温もりに胸が詰まり、少し震えた。
それは戸惑いに似ていたので、唇が離れていく速度に合わせてゆっくりと目を開いたルルララは少し不安になったけれど、間近にあるケインの瞳に吸い込まれそうになる。
そこにあるのは明らかな情欲で、湧き上がる衝動を抑えつけながら、とめることのできない欲が静かに燃えていた。
その強く熱い炎の前では、露のように儚いひとしずくの不安さえ消えてしまう。
ふわりと熱に浮かされたように微笑んだルルララに、耐えられなくなったようにケインはベッドに押し倒した。
のしかかるようにして唇を再び奪い、今度は深く差し込んだ舌先で口内を蹂躙する。
大きな手はブラウスの裾から差し込まれ、直接触れる肌の滑らかさを確かめるように胸をまさぐった。
くちゅくちゅと絡み合う舌先が甘くて、触れ合う肌が燃えるように熱くて、ルルララは頭の芯がぼうっとしてくる。
息継ぎをするように時々離れる唇からは、荒々しく弾んだ息がこぼれ、揉みしだかれる胸は太く長い指が弄ぶままに形を変えていく。
恥ずかしさと、自分以外の体温の熱さに翻弄されて、ルルララはあえぎとも嬌声ともつかない、艶のある悦びを漏らした。
上ずり花のかかった声に、ケインの欲望は熱く硬くそそり立つ。
すぐにでも貫きたかったが耐えて、ケインの片手はたわわな胸をいじりつつ、もう片方の手が腰から腹、腹から下腹へとくすぐるように滑り落ち、とうとう蜜のこぼれる秘められた場所に辿り着いた。
フッと満足げな笑い声が零れ落ちる。
「濡れてる」
「い……言わないで」
胸の先をいじられて甘い吐息がこぼれるのと同時に、クチュリ、と音を立てて指が花びらをかき分けて、蜜壺の中に潜り込んだ。
一本、二本、と増えながらうごめく指の熱さに、ルルララは「やぁん」とのけぞったが、足を割るように身を滑り込ませたケインに太腿をつかまれた。
いつの間にかブラウスのボタンはすべて外され、スカートも下着も床へと投げ捨てられていたので、下腹の奥からわき出す蜜が零れ落ちる様子まで暴かれて、恥ずかしいと身をよじる。
当然だが鍛えている男の手から逃れられるはずもなく、あっさりと抑え込まれて、熱くて硬い欲望が入り口に添えられた。
ゆるゆると前後する入りそうで入らない輸送を繰り返され、快感で頭がおかしくなりそうになったところで、かすれた声で「淹れていいか?」と尋ねてくるから、ルルララは思わず笑ってしまった。
「止められたら、困る」
ルルララは両手を広げて、ケインの首に縋り付いた。
抱き返してくるケインの太い腕に身体を包まれて、グッと体内へと押し込まれる太い楔に、ルルララの眦から涙がこぼれ落ちる。
「大丈夫か?」
「うん、平気。きて」
視線をからませたまま、ゆっくりと奥へと進み、少し止まって馴染むまで待ち、再び最奥へと進む。
想像以上の狭さに、ケインは荒い息を吐いた。
初めての痛みに眉根を寄せるルルララを気遣い、気をそらすため時々は深く口づける。
上も下もつながる喜びに、力任せに蹂躙したい欲望を抑え込み、ゆるゆるとゆっくりと貫き、とうとうわずかな隙間もなく深くまで埋めこんだ。
「は……入った?」
「根元まで飲みこんでる。見る?」
バカ、と顔を真っ赤にして怒りかけたルルララは、すぐにそれどころではなくなった。
パン、と強く腰を打ち付けられたのだ。
「あ、やだ」と身をよじったけれど、無情にも「わりぃ、止まらない」と悪びれない言葉で却下され、勢いよく穿つ責めが延々と続き、声が枯れるまで啼かされる事になる。
のぼりつめ、欲望をそのままルルララの中に吐き出したけれど、一度で止まるはずがない。
結局のところ、ルルララが気を失うように疲れて眠るまで、何度も抱いてしまった。
ルルララはケインにとって、ずっと大切で可愛い女の子だった。
感情が豊かで、ニコニコ笑っていても、けっこう頑固なところもある。
だけど、他の子が困っていれば手を差し伸べ、泣いている子がいれば寄り添い、自分よりもずっと体の大きいケインが落ち込んでしゃがみこんだ時も「大丈夫」といってギュッと抱きしめてくれる。
そんな風にひととなりも可愛いが、目の大きなリスみたいな顔立ちも、身長のわりに目立つ胸も、安産型だなぁと呟く父親を蹴とばしたこともある腰も、全部が可愛いと思っている。
妹みたいな存在だから護りたいと思っていたのは幼少期だけで、思春期を過ぎると邪な気持ちが消せなくなったので身体的な接触を避けていたのは、自分の中で不埒な欲が育ってしまったからだ。
ずっと触れたいと思っていたのだ。
まさか、こんな風にケインの腕の中に堕ちてくるとは思わなかった。
思いがけず叶った幸福に感謝しながら、眠るルルララの額にひとつキスを落とす。
愛らしい寝顔に、出征までにやる事リストを頭の中で組み立てる。
本音としては、他のやつにくれてやるつもりはないので、ルルララの両親に挨拶をして、籍を入れるところまでは済ませたい。
戦争なんて行きたくねぇな、なんて思いながら、終わった先の未来を考えてしまい、思わず失笑してしまう。
まだ、始まってもないのだ。
それでも、時は止まらない。
翌朝、結婚の挨拶に向かって、ルルララの父に一発殴られるとか。
神殿で入籍だけの婚姻を果たすとか。
三年も続いた戦争から、五体満足で帰ってきたケインを、愛息子を抱いたルルララが笑顔で出迎えるとか。
それなりに色々な出来事が待っているのだけれど。
最後の瞬間には、お互いに「幸せだったね」なんて笑い合える人生を、二人は送るのだ。
それが幼馴染であるルルララとケインがたどった、特別なものなどひとつもない、ありふれて幸せな恋の顛末である。
【 おわり 】
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