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恋花火

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 祭りは日本独特の文化ですね、と
 焦がれるようにつぶやくあなたは
 祖母の家にいる居候

 少したどたどしい日本語の
 英国籍の講師なのです

 それほど話したことはないけれど
 日本の文化を教えてあげなさいと、呼ばれた私

 視線のやり場に惑うのは
 同じ年頃のせいではなくて
 青い瞳が怖いぐらいまっすぐだから

 揺れる提灯は 赤く連なり
 色とりどりに 並んだ屋台
 焼きそば 綿菓子 リンゴ飴
 行きかう人の 晴れやかな笑み
 祭りの締めは大きな花火
 
 夏祭りはいつも
 昔懐かしい気がするの

 日本文化と程遠い
 幼い日の思い出や
 そんなこんなを話して聞かせ
 なんでもかんでも興味を持って
 物珍しげにうなずくあなた

 なかでも夜に打ち上げられる
 大輪の花火に胸ふくらませ
 特別なことのように微笑みました

 深夜の庭で待ち合わせ
 打ち上げ花火を見に行きましょう

 期待に揺れるあなたの言葉に
 思わず笑ってしまった私

 深夜だと花火は終わっています

 何だかひどく残念がって
 花火が消えたそのあとに
「月が綺麗ですね」と
 言いたかったと不思議な台詞

 そっと私は首を傾げたけれど
「漱石を知ってますか?」と聞かれ
 心臓が鼓動を早めたのです

 小指と小指をからませて
 待ち焦がれる夏の夜祭り

 鳥居の下で待ち合わせ
 白い浴衣に赤い兵児帯
 うなじをなでる夏の風

 月すら隠す赤や金
 色鮮やかな大輪の花
 恋の音する打ち上げ花火

 目には映らないとしても
 月の綺麗な夜のはずです

 小指の先につながった
 見えない糸は赤色でしょう
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