「きゅんと、恋」短編集 ~ 現代・アオハルと恋愛 ~

真朱マロ

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恋の始まり(大学生・社会人)

これも一つの愛のカタチ

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 どうしてこんな罰ゲームみたいな目にあっているのかしら?

 私はその理不尽な問いかけを必死に飲み込みながら、池のど真ん中で寒さに凍えていた。
 ちょっと話があるなんていきなり呼び出されて、なぜか公園を待ち合わせ場所に指定されて、遅れた将也に文句を言う間もなく貸しボートに乗せられた。
 この寒さの中で池にこぎ出すなんて正気を疑うけれど、誰にも聞かれたくないからってお願いされて、つい折れてしまった自分が憎い。

 寒い。
 息の白さがよけいに体感温度を低下させる。
 池に氷が張っていればボートも使用不可能だったはずなのに、とフツフツと理不尽な怒りを抱いてしまうぐらい、とにかく寒い。
 平静を装うつもりでいても細かな震えが起こり、カチカチと奥歯が音を立てる。
 止まらない震えに、思わず心の中で念仏を唱えそうだった。
 心頭滅却すれば……なんて絶対に無理!

 吹きすさぶ粉雪交じりの冷たい風にもめげず、私の呪いに満ちた眼差しにもめげず、将也はパシャパシャとのんびりとボートを漕いでいた。
 もちろんのんびりに見えていても、スローペースの将也にしては普段の倍速行動だろう。
 ガタガタ震える私とは対照的に、ほんのり上気した頬に腹が立つ。

 あなたはいいわよね、櫂をこいでいれば身体があったまるでしょうよ。

 そう言ってやりたいけれど、ここは一つ大人になって、グッと文句を飲み込む。
 将也は私の2歳下で、高校時代の後輩だ。
 付き合いはそれなりの長さでも、特別な仲ではない。
 部活が同じだったから仲間同士で出歩く機会も増えて、その後の進学や就職の節目でも縁は切れず、今では気軽な友人へと進化した。

 他の人よりもなぜかワンテンポ遅れる将也のことを、私はいつもほっておけなかった。
 おせっかいだと怒りもせず、ありがとうと笑顔全開で喜ぶ将也は、私の後をついてくるワンコみたいな存在だ。

 大事な後輩のお願いだから出てきたのに、過酷な寒さに耐える我慢比べになるとは。 
 どうでもいいから「誰にも聞かれたくない話」をさっさと言えばいいのに。
 こちらから「どうしたの?」とか「何かあったの?」なんて話をふると、緊張してうまくしゃべれなくなる将也なので、切りだしてくれるのを待って気持ちを遠くに飛ばす。

 今、欲しいもの。
 心だけでいいから、とにかく幸せなぬくもりに浸りたい。

 ホッカイロ。
 ホットの缶コーヒー。
 コーンスープか甘酒でもいい。
 とにかく温まりたい。
 肉まんか鯛焼きがあったら、喜びに踊ってもいい。

 もちろん暖かいモノがないのはわかっているから、形のないモノでも我慢できる。
 眠ったら死ぬぞ、とか、くだらない冗談でもいい。
 今この瞬間に全身をつかって思い切り笑いたい。
 身も心も温まるなら、ありふれた親父ギャグでも、今だけはウェルカムだ。
 笑いたい。お腹を抱えて笑ったなら、きっと身体の芯から温まるはず。

 パシャン。
 今までより大きな音がしたので、フッと正気に戻った。
 視線を向けると、将也がちょうど櫂をボートの上にあげたところだった。

「美優ちゃん、話があるんだ」
「そうね、そのために会ったんだもの」

 また「ちゃん」づけする、と心の中で舌打ちした。
 私の方が年上だからやめなさいって言うのに、高校を卒業したから先輩は嫌だって言い張る。
 生意気、と思いつつ、柴犬に似た将也の口から出るセリフは、先輩よりちゃんづけの方が似合うから、 文句を言うのはいつのまにかやめてしまった。

 改まった表情はめったに見ない物だけど、非常に変だ。
 目が合わない。
 将也が忙しく視線をあちこちに飛ばしているので、私はハイハイと適当に答える。

 うらやましいわ、その絶え間ない挙動不審。
 そこまでウロウロソワソワしてれば、無意識のうちに体が温まるでしょうよ。
 寒さで震えは止まらないものの、態度は微動だにしない自分の落ち着きが憎い。

 私の冷たい眼差しにもめげず、将也は大きく深呼吸している。
 そして、これ、と小さな包みを取り出した。

 思わず何度もまばたきして、目をこすってしまった。
 だって、そのラッピングには見覚えがある。
 私のお気に入りのショップの物だ。
 渡された包みの形状からして、中身もピンとくる。

 これ、もしかしてペンダントとアロマオイルじゃないの?

 渡された贈り物を「開けて」とうながされたけれど、指先が凍えてリボンすらほどけない。
 将也はそっと自分の手に持ち直すと、緩やかにリボンをほどいた。
 天使の小瓶と名付けられたアロマオイルを入れるペンダントと、ローズの製油が入っていた。

 ガラスのボトルに製油を入れると、蓋をしたままでもほのかに香るのだ。
 蓋の飾りに彫刻された天使が、冬の鈍い光の下でもキラキラと白銀に輝いていた。
 ずっと欲しかったけどそれなりに値段が張るので、誕生日のような節目に記念で手に入れようと思っていたとっておきだ。
 だから、こうして自分の手に渡されると震えてしまう。

「どうしたの? こんな高いモノ」

 将也はまだ学生だ。
 社会人になっている私とは違う。
 バイトをしたって賃金は知れてるだろう。
 うん、と将也は人懐っこい笑顔を見せた。

「美優ちゃんが好きな物だから」

 そうだけど、と私は返事に詰まってしまう。
 好きな物だけど、もらう理由がない。

 私の誕生日は夏だし、クリスマスとかホワイトデーとか、そういったよくある記念日でもない。
 だいたい将也はそういった記念日にプレゼントをくれるけど、マイクロファーのソックスとか手袋が主で、こういったアクセサリー類には無頓着だったのに。
 しかもこんな真冬の池のど真ん中で渡すなんて、一体どんな心境の変化よ?

「僕、美優ちゃんがいないと、ダメみたいだから」

 ああそう、と私は適当にうなずいた。
 決死の表情の将也には悪いけど、そんなことはわかっている。

 将也の「平気平気~大丈夫」ほど信用のできない物はない。
 確かに手出しをしなくても、やることはやっているけどね。
 期日や約束に間に合わないと、ハッキリ見えちゃう進捗速度が問題なだけで。

 ほっとけなくて、あれこれと世話を焼いてしまう私も私だけど。
 だから、アハハッと軽く笑って見せた。

「将也の面倒を見れるのは、私ぐらいなものよ」
「うん、そう言ってくれると思ってたけど、ハッキリさせたかったから」

 今更なによ~ってからかう私に、頬を上気させて将也は少女みたいに恥じらった。

「ずっと好きだった。美優ちゃんに会うたびに、もっともっとおかしいぐらい好きになっていくんだ」

 は? と私は固まってしまった。
 何か大きなずれを感じる。
 会うたびに好きになるって、今、聞こえたけど?
 その好きって、友達の好きとは違う気がするわよ?
 気のせい……ではないのね、その顔は。

 困惑する私を尻目に、将也は晴れやかな微笑みを見せていた。
 春のおひさまみたいな、キラキラした笑顔だった。
 微笑みパワーで今この瞬間に、桜やスミレやチューリップが咲き乱れたっておかしくない。
 なんて幸せそうなんだろう!

「美優ちゃんのこと、すごく好きだから、両想いだってわかってよかった」

 しばし、言葉を失ってしまう。
 ちょっと待って、とは言えなかった。
 勘違いがあるけど、それでもその勘違いは嫌じゃない。
 嬉しい、のか? 疑問形になってしまうのが弱いところだけど、嬉しい気持ちに近い気がする。

 だって、将也以上に気になる人間はいない。
 好きとか嫌いとか、恋とか愛とか、そういうものを飛び越えた位置に、いつもいるのは将也だけだ。
 ドキドキとか、キュンキュンとか、そういう甘酸っぱいモノとは違うのが残念だけど、私の代わりに将也が全身で体感してるみたいだから、いい事にしよう。

 人類愛に近い気もするけど、将也のことは好きなのだ。
 それほど大きくない勘違いだから、許す。

 ありがとう、と言いかけたところで、私は盛大なくしゃみをした。
 心はあったまったけれど、とにかく寒い。
 特別な心意気は感じたけれど、真冬のこんな場所で告白されるとは!
 何の罰ゲームかしら?

「ちゃんと美優ちゃんの夢をかなえられてよかった」
 なんて無邪気に将也が笑うので、寒さに震える私が見えてないのね、と思いつつ「夢って?」と問いかけてみた。
 話していれば、少しは気がまぎれる。
「ほら、ご両親の慣れ染めの話で、ボートで告白したのが最初って言ってたから。ベタだけどわかりやすい状況に憧れてるって。そうだったよね?」

 そうね、と答えてみたけれど。
 私は呆れかえってしまった。
 そういう理由でしたか、さすがは将也!

 私の両親の告白初デートは、5月の連休明けの快晴の日なのに。
 まさか真冬の粉雪が舞う日に、そのシュチエーションを思い出すとは、侮れない奴だ。
 どこまでも詰めが甘いんだから。

「貸して」
 私は手を差し伸べて、将也から櫂を奪った。
 こぐのは僕の役目だよ、と子犬みたいな情けない顔をするので、フッと鼻で笑ってやる。
「この寒空で、ただ座ってるだけなんて、私のやることじゃないわ。大人しく譲りなさい」

 え~と不満そうな声をあげたけれど、問答無用で私はこぎ始めた。
 もちろん陸地に向かって。
 真冬の池の上にいるなんて、どんな理由があろうと凍死への道まっしぐらだ。
 とにかく動いて、凍えた身体を温めなくては。

 せっせと忙しくこぎ続ける私に、将也はショボンと肩を落とした。

「今日は僕がエスコートしようと思っていたのに……」
 気にしないの、と私は笑った。
「こんな寒い場所にいたんだから、風邪でも引いたら看病してちょうだい」
 今は一人暮らしだから頼るわよ、と付け足すと、将也はパッと顔を輝かせた。

「うん、任せて! 僕、看病は得意なんだ」

 よしよし、そうやってわんこみたいに笑ってなさい。
 任せるわ、と私も笑ってあげるから。

 可愛い奴め、と思ったけれど。
 翌日から熱を出したのは、将也だったりする。

 大好きなプリンを買って看病に通うのは私の役目。
 ごめんねごめんねって、熱っぽいうるんだ目で見上げながら私の手を握る。

 私? 私は当然ながらピンピンした健康体だ。
 免疫機能が最強だと、子供のころから自慢できるほど病気には縁がない。
 それに、寝込んでる場合じゃないし。
 将也の面倒を見れるのは、私しかいないもの。

 ホント、ほっとけない奴なんだから。
 かわいいけどね、まったくもう。

 これも一つの愛の形。

 そういうことにしといて。



【 おわり 】
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