41 / 80
恋の始まり(大学生・社会人)
シルバーリング
しおりを挟む
「またね」
そんな約束をして、彼との恋は始まった。
卒業式の日に告白されたのだ。
すごくいい人そうだし、私に気持ちを向ける必死な感じを応援したくて、うん、とうなずいた。
彼とは同級生だったけれど、同じクラスになったことはない。
もちろん話したこともなかった。
だから、ほんの数回会っただけ。
そんな実感を持ちにくい「好きなんだ」の後に、そのまま「またね」が来たので私は茫然とした。
「ごめん、どうしても君に気持ちを伝えたかったから」
何度もくりかえす言い訳に似た言葉も、彼が口にするとけなげな感じがして、仕方ないかと思った。
女の子なら「伝えたかったから」の後は、このままお別れだとなぜか割り切ってて、サラッと「元気で、サヨナラ」なんて別れを口に出したりするんだけど。
口下手だけど焦りながら会話をする様子が、やっぱりなんだか可愛くて。
すぐに距離的なお別れがやってくるとしても、いいよって言った。
そう、彼は県外の大学に進学が決まっていたのだ。
「たとえば君が……えっと、その、まぁ、なんだ」
何か言いかけたけどけっきょく言い淀み、明日の朝の新幹線に乗っていってしまうと告げた後で、彼はモジモジしていた。
当分会えなくなるんだなぁと思ったらやっぱり寂しくかった。
卒業式の後の短い間で何度か会い、いい人から好きな人に変わりかけてる。
強烈な気持ちに育つまで待たずに離れる現実に、自分の胸の中がもやもやしていたから、言葉の続きがひどく気になった。
しばらく爪先を見つめて言い淀んでいたけど、キュッと唇を噛んで彼は顔を上げた。
決死隊みたいな表情だった。
余裕のなさが伝わってきて、私もキュッと気持ちが引き締まった。
手を出すように言われて、左手を出す。
「なぁに?」
「離れた場所にいるからって、不安がらなくていいから」
そんなふうに言って、彼はぎこちない手つきで私の左手に指輪をはめた。
シルバーリング。
キラキラした銀の輝きが、私の指にちょうど良くおさまっていた。
「人差し指なの?」
ウッともグッともつかない妙な息ののみ方に、私は笑ってしまった。
その一途な慌て方に、カチリ、と心のピースがはまる。
「ふふ、冗談だよ。嬉しい。ありがとう」
目に見える物は、やっぱり嬉しい。
「導き、なんだって」
「え?」
「離れても、お互いが迷わないように」
指輪をはめる指ごとに意味があると、とつとつと語る。
そういう彼の左手の人差指にも、ちゃっかりペアリングがはまっていた。
ロマンティックなのか、不安がっているのかわからないけれど、彼と本当に気持ちが繋がっている気がした。
大きく息を吸い込んで。
彼は「またね」の後で当然のように、未来につながる約束をたくさん口にした。
またね、たくさん話そう。
またね、たくさん笑おう。
またね、君と一緒に歩きたいんだ。
好きだって言う代わりに、彼はそんなふうに不器用な言葉で未来を描きだしていく。
「たとえば君が……不安になったとしても、僕の気持ちはここにあるから」
うん、と私はうなずいた。
大丈夫、始まったばかりの恋だけど。
淋しくなんかない。不安だって去っていく。
きっと、この指輪が私たちを導いてくれる。
心安らぐ未来に……
【 おわり 】
そんな約束をして、彼との恋は始まった。
卒業式の日に告白されたのだ。
すごくいい人そうだし、私に気持ちを向ける必死な感じを応援したくて、うん、とうなずいた。
彼とは同級生だったけれど、同じクラスになったことはない。
もちろん話したこともなかった。
だから、ほんの数回会っただけ。
そんな実感を持ちにくい「好きなんだ」の後に、そのまま「またね」が来たので私は茫然とした。
「ごめん、どうしても君に気持ちを伝えたかったから」
何度もくりかえす言い訳に似た言葉も、彼が口にするとけなげな感じがして、仕方ないかと思った。
女の子なら「伝えたかったから」の後は、このままお別れだとなぜか割り切ってて、サラッと「元気で、サヨナラ」なんて別れを口に出したりするんだけど。
口下手だけど焦りながら会話をする様子が、やっぱりなんだか可愛くて。
すぐに距離的なお別れがやってくるとしても、いいよって言った。
そう、彼は県外の大学に進学が決まっていたのだ。
「たとえば君が……えっと、その、まぁ、なんだ」
何か言いかけたけどけっきょく言い淀み、明日の朝の新幹線に乗っていってしまうと告げた後で、彼はモジモジしていた。
当分会えなくなるんだなぁと思ったらやっぱり寂しくかった。
卒業式の後の短い間で何度か会い、いい人から好きな人に変わりかけてる。
強烈な気持ちに育つまで待たずに離れる現実に、自分の胸の中がもやもやしていたから、言葉の続きがひどく気になった。
しばらく爪先を見つめて言い淀んでいたけど、キュッと唇を噛んで彼は顔を上げた。
決死隊みたいな表情だった。
余裕のなさが伝わってきて、私もキュッと気持ちが引き締まった。
手を出すように言われて、左手を出す。
「なぁに?」
「離れた場所にいるからって、不安がらなくていいから」
そんなふうに言って、彼はぎこちない手つきで私の左手に指輪をはめた。
シルバーリング。
キラキラした銀の輝きが、私の指にちょうど良くおさまっていた。
「人差し指なの?」
ウッともグッともつかない妙な息ののみ方に、私は笑ってしまった。
その一途な慌て方に、カチリ、と心のピースがはまる。
「ふふ、冗談だよ。嬉しい。ありがとう」
目に見える物は、やっぱり嬉しい。
「導き、なんだって」
「え?」
「離れても、お互いが迷わないように」
指輪をはめる指ごとに意味があると、とつとつと語る。
そういう彼の左手の人差指にも、ちゃっかりペアリングがはまっていた。
ロマンティックなのか、不安がっているのかわからないけれど、彼と本当に気持ちが繋がっている気がした。
大きく息を吸い込んで。
彼は「またね」の後で当然のように、未来につながる約束をたくさん口にした。
またね、たくさん話そう。
またね、たくさん笑おう。
またね、君と一緒に歩きたいんだ。
好きだって言う代わりに、彼はそんなふうに不器用な言葉で未来を描きだしていく。
「たとえば君が……不安になったとしても、僕の気持ちはここにあるから」
うん、と私はうなずいた。
大丈夫、始まったばかりの恋だけど。
淋しくなんかない。不安だって去っていく。
きっと、この指輪が私たちを導いてくれる。
心安らぐ未来に……
【 おわり 】
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる