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恋の始まり(高校生)

王子様と私

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*1*


「ねぇ、きいた? 五組に王子様がいるんだって」

 クラスの女子の華やいだ声に、私は吹き出しそうになった。
 昨日、入学したばかりだし、同じ学校から受験した友達もいない。
 同じ偏差値なら三駅遠くても制服が可愛い学校に行きたいと、仲良しさんが軒並み別の学校へと進学したので、今はおひとりさまの私。
 入学したばかりの学校なのでクラス全体がよそよそしい雰囲気だけど、親しくするきっかけを探して耳アンテナを張っていたのが仇になった。

 なにそれ? 王子様って、うける。

 客観的な好感度が高いのだろうけど、入学したばかりの同級生を王子様呼びするなんて面白すぎる。 
 ついうっかり笑い出しかけた私に気づきもせず、彼女たちは遠慮なく噂の王子様の話を展開していた。
 とはいえ入学したばかりだから、同級生とはいえ個人の情報が簡単に手に入る訳もなく、部活はどこに入るのかな? とか、自分の出身中学にはいなかったとか、近隣では見なかったよね? とか、どこから来たのかな? とか、そんな感じだ。
 目が合っただけでキャッキャうふふできるなんて、本当に平和だ。

 そして、王子様と呼ばれる彼は、本名が一度も呼ばれない。
 その事実に誰も気付いていないのが、更にうける。

 女子だけではなく、男子も「あー!」って感じでその話に乗っているから、噂の王子様は本当に目立つのだろう。
 漫画やドラマではあるまいし、王子様って呼ばれるような人間が実在するとは思ってもみなかった。
 込み上げてくる笑いを必死にかみ殺していたら不自然にプルプル肩が震えてしまう。王子登場なんて面白すぎるわ。

 でもクラスが違うし性別も違うから、王子様なんかと私が関わる機会はないよね。

 それが自分勝手な思い込みだと、笑いのツボにはまっているその時の私は、気付きもしないのだった。



*2*


 そして入学から一ヵ月。
 在校生は部活が必須なので、入部体験を繰り返している一年生も、そろそろ活動する部を確定しなければならない。
 例の王子様の体験入部を追いかける女子が絶えず、いまだに部活が確定してない子が多いらしい。
 本気で部活をしたい子が少なくて、ワーッと群がっては散っていく。
 嵐のような行動を繰り返しているらしく、先生方も困惑しているようだ。

 大変だな、王子様みたいな人気者がいると。
 
 ちなみに、クラスの噂ではいまだに「王子様」なので、彼の苗字すら私は知らない。
 王子様が五組で、私が一組なので、基本的に接点もないのだ。
 他の女子みたいに王子の顔を見に行けば良いのだろうけど、幸い、仲良くなった女子は「男よりスイーツ!」の子だった。
 おかげで新作スイーツにも詳しくなったし、調理部に入った彼女のおかげで美味しい思いもしている。

 ちなみに私は、入学してすぐ、歴史愛好部に所属している。
 私の性癖を生かせる部活があって本当に良かった。

 実は、私の母は沼にどっぷり沈んだ歴女で、石田三成に傾倒している。
 そして、この妻にしてこの夫アリで、父も戦国時代を推していた。
 二人もそろうとお宝は、膨大な量の戦国関連の資料となる。
 物心つかないうちはまだしも、私にもその意味がわかるようになると、はじめはドン引いていた。

 しかし、しかしである。
 本があったら見ちゃうよね! 戦国関連の資料って面白いよね!

 と、いうことで。
 気が付くと私は、真田幸村に心を奪われていた。
 ちょっとのつもりでその世界を覗いたら、家族と似た沼にどっぷり沈むとは血の呪いか?

 うん、笑うしかないよね。
 私自身、やっちまったって思ってる。

 そんな私がたどり着いたのが歴史愛好部。
 漂う空気が最高なのだ、我が家みたいに。
 部長は西洋史オタクだと入部時に聞いたけど、戦国時代の話にも乗ってくれるので居心地は大変よろしい。

 なんてことを思いながら、歴史愛好部の部室の扉を開けた瞬間。
 部屋の真ん中に立つ、見知らぬ男子生徒がいた。

 振り向いたのは知らない顔だけど、間違いない。
 噂の王子様である。

 まさか、こんなところで初顔合わせになるとは。
 さすがは王子様と呼ばれるイケメンだ。
 ハッと目を引く綺麗な顔立ちをしているし、まとう雰囲気も爽やかで、涼しげな目元に気品があり、スラリと長身で手足も長くて、とにかくバランスがいいのだ。
 女の子が騒いでいるわけも秒で理解する。
 うん。本物のイケメンを、生まれて初めて見た。

「歴史愛好部は、ここで間違いない?」
「入部希望? ここ、体験がないうえに、入部テストがあるけど大丈夫?」

 なにこれ、ドラマかよ。声まで良い。
 歴史愛好部のオタク沼には似合わない人だなぁと思っている私に気付くこともなく、王子様はニコリと微笑んだ。
 女生徒が百人いれば、九十八人ぐらいはポーッと見惚れそうだ。
 ポーッとならない希少な残り二人に入る私は、見学者名簿を淡々と取り出して名前を書いてもらう。
 当然といえば当然で、王子様は字も綺麗だった。

「斎藤和也君? 安心するぐらい普通の名前だね」

 横からのぞいてプククッと笑ってしまった私に、王子あらため和也君は驚いたのか軽く目を見開いて、すぐにビックリするぐらい綺麗にはにかんだ。
 染みひとつないツルツルの頬がほんのり紅潮している。


*3*


 え? 今のどこに照れる要素があるの?!
 内心では戸惑いつつ、名前を尋ねられて素直に答えた。

「私は、相田三葉。入部テストは先輩がくるまでちょっと待ってね」

 図書室で資料をあさってから部室に来るので、部長をはじめとした部員の登場は遅いのだ。
 来てからもそれぞれが興味のある時代の資料をあさったり、歴史に関する雑談をしたりで、かなり混沌とした空間になる。

 そんなことを説明しているうちに、和也君が私の推しを尋ねてくるから、ついつい語ってしまった。
 最初は椅子に座って幸村様を讃えていたけれど、和也君は合いの手が上手かった。
 いつの間にか立ち上がり身振り手振りを交えた、幸村様を讃える独り講演会になっていた。

「と、いうことで! 真田幸村様は最高の武将なのです!!」

 力強く締めくくり、両こぶしを天井に向かって突き上げてポーズを決めると、パチパチと拍手の嵐が巻き起こった。
 そこで私は、ようやく正気に戻る。
 いつの間にか部長や他の部員も勢ぞろいしていて、一同は珍獣を見る顔でヤンヤと喜んでいた。最悪である。

 激しい羞恥に襲われる私だったが、和也君はやわらかく笑っていた。
 さすが、王子様と呼ばれる男。他の部員と眼差しが違う。
 ブレーキを掛けてくれなかったけど、許したくなる微笑みだ。

「三葉ちゃんって、可愛いね」

 慰めてくれたが、実にいたたまれない。
 そして私がショックで机に突っ伏している間に、和也君はつつがなく入部テストを満点でクリアして、嬉しそうに入部届を部長に提出していた。

「俺が歴史愛好部に所属したこと、入部期間が終わるまで内緒でね?」

 冗談めかして唇に人差し指を当てる和也君に、コクコクと私たちはうなずいた。
 歴史にまったく興味がない人間に、面白半分で殺到されたくはない。
 こうして王子の入部は緘口令が敷かれた。
 過去の争いは歴史として掘り下げるのも楽しいが、新鮮なもめごとはゴミ以下なのだ。


*4*


 それは六月の半ば。
 学校生活にも慣れ、クラスにも慣れ、それなりに友達もできて。
 和也君は相変わらず「王子様」扱いで、ファンクラブもでき、告白や牽制し合う女子の対応に苛立ち、非常に毎日が大変そうだったが。
 私は部活も楽しくて、和也君とも部活以外でも普通に話すようになって、なんか「友達以上恋人未満みたい!」と実に充実していた。

 ある日、クラスの派手系の女の子に「相田さん、ちょっと相談に乗ってくれる?」と言われて、放課後にノコノコと着いていった私は、女子生徒の群れに囲まれてしまう。
 校舎裏へのお呼び出しって、本当にあるのだ。
 上級生から同級生まで、合わせて30人ぐらいいる。怖い。

「なんで呼び出されたか、わかる?」

 先輩らしき女生徒ににらまれたけど、素直に「わかりません」と答える。
 たったそれだけのことで、ザワッと空気が波打つのがわかった。

「あんた、王子と付き合ってるの?」

 は? である。
 和也君と付き合うって、そんなバカな。
 私は自分を弁えてるぞ?

「部活が同じだから、話すけど。普通に友人です」

 正直に答えたら、ドンッと肩を突き飛ばされて、びっくりした。
 よろめいただけだったけど、運が悪かったらひっくり返っている。

「暴力は犯罪ですよ」
「あんた、私たちのことをバカにしてるでしょ!」

 ワァワァと叫ぶように攻め立てられ、抜け駆け禁止がどうのと勝手なことを言い出されて、やっと私は王子様ファンクラブの面々だと理解した。
 わぁ、やだ。気持ち悪い。本当に漫画みたい。

 自分勝手な決め事を作って他人にまで押し付けるって、和也君が怒るのも当然だ。
 あきれつつも、集団に喚かれると威圧感があるので、ジリジリ詰め寄られて後ろに下がる。
 相談があると私を連れてきた子は、後ろの方でざまぁみろと言いたげな顔をしていた。

 どうやって逃げよう? と頭を働かせるけど30人もいると、流石に逃げ出す隙はない。
 と、その時である。


*5*


「何やってんだ」

 頭上から、尖った声が降ってきた。
 この声は……と思う間もなく、ついでに声の主も二階の窓から飛び降りてきた。
 スタンと華麗に着地を決めて、私をかばうように前に立つスラリとした長身は、和也君本人だった。マジか。
 
「わ……私たちは、王子のこと……」
「面白いか?」

 突然の王子様登場にシーンとその場が静まり返っていたけど、やっとのようにゴニョゴニョ言いかけた数名を、和也君は低い声で黙らせる。
 凍りそうな冷たい声だった。

「たかが、同じ学校に在学したってだけで、見ず知らずのおまえらにふざけた綽名をつけられて、俺は迷惑してる。なのにそれが、そんなに面白いか?」

 うん、そうだろうね。
 王子様呼びは嫌だと、笑顔を消して断っていた。
 誰も、まともに受け取ってくれなかったけど。

「無関係な俺に、おまえらの傲慢な我儘を押し付けて、気に入らなければわめき散らす……俺の毎日をメチャクチャにしてブチ壊すのが、そんなに面白いか?」

 本気で怒っている和也君に、王子様ファンクラブのお嬢さんたちは真っ青になっていた。
 身近なアイドル気分でキャッキャうふふしてるだけだったから、和也君が一人の人間だってことを忘れていたのかもしれない。

「ハッキリ言っておく。三葉にくだらない真似をするなら、次は許さない。今から覚悟しとくんだな」
「まぁ、今回も無傷とはいかんよ? 斎藤は許しても、俺はヤだから。次があるといーな」
 
 ぽへ~とした声で物騒なセリフも降ってきて、振り仰ぐと部長がスマホで動画をとりながらピースをしていた。ニヤニヤとえげつない笑顔だ。
 この場所はなんと、部室の真下だったらしい。ドラマかよ。

 動画を校長に見せてくるわ~とヘラヘラ笑って顔を引っ込めたので、王子様ファンクラブの面々は悲鳴を上げてバラバラに走り出した。
 まるで、沈みだした泥船から逃げ出すネズミさんの群れだ。
 散り散りになって消えた集団に、私はほっと息を吐いた。




「ごめんね、怖い思いをさせて」
「和也君のせいじゃないでしょ?」

 うん、となんだか泣きそうな顔で、和也君は笑った。
 なんとなく慰めたくなって、思い切り背伸びをしてヨシヨシと、その頭をなでてあげる。
 たったそれだけのことで、フニャフニャっと甘えるように和也君は、私の肩にコツンとおでこを当てた。

「三葉ちゃんだけなんだ。ふざけた綽名を無視して、俺のこと、最初から名前で呼んでくれたの」

 そっか、と私はうなずいた。
 それっぽっちのことが嬉しいなんて、本当に大変な人生だ。
 
「私にとって和也君は、ずっと斎藤和也だよ」

 うん、と小さくうなずいて、和也君は顔をあげた。
 ぱぁっと光を放つような、明るい笑顔だった。

「三葉ちゃん、好きだよ」

 唐突だな、おい。と心の中で突っ込みつつ、部活に行くよって流しておいた。
 我ながらひどい。

「いつか、好きって言ってくれる?」
「学校じゃ、言わない」
「じゃぁ、今度の休みに出かけようか」
「夏休みがいいと思うよ? 交際は計画的に」

 良いね、と和也君は笑った。
 でしょ? と私も笑ってしまった。

 本格的なお付き合いって、まったくもって予想もできないけれど。
 今はこの距離感が心地よかったりする。

 うん、今はまだ。ね?

 


【 おわり 】
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