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両片想い(高校生)
世界を変える魔法をかけよう ~ 優等生×ムードメーカー ~
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放課後。
染谷君と私は向かい合っていた。
はたから見れば異色の組み合わせだと思う。
私自身、なぜ、染谷君と教室で、数学の教科書を開くことになったのか、よくわからない。
昼休みに走るような勢いでやって来た彼に、放課後に勉強を教えてくれと必死に頼まれたのだ。
別に断る理由がなかったから、私はうなずいた。
ただ、それだけ。
だけど、染谷君はやたらテンションをあげて、よし! などと手を叩いて喜んだ。
クラスメイトから浴びる、驚きの視線なんてまるで感じていないようだった。
放課後に突入するなりやってきて、セッセと近くの机をくっつけて、勉強する体制になった。
まぁ、ヤル気が見えたのはそこまでだけど。
数学の教科書を開くなり、古文書の解析をする学生のようなしかめっ面になって、む~と低くうなった。
「絶望的な」と断言できるため息を間近で聞いたのは、他の誰からもなく生まれて初めてのことだ。
眉間のしわが深い。ヤル気の炎が一瞬で鎮火しているようだ。
どうやら、本当に数学は苦手らしい。
「染谷君、どこからやる?」
私は教科書を開きながら、今日習った公式よりも前からだろうなと予測していた。
多分、この眉間のしわ具合だと、過去の復習からでないと意味がない気がする。
もしかして、一年生の数学からとか、そのぐらい悩みが深そうだ。
でも、高校に入学できたのだから、中学からの復習なんてことはないと思う。
たぶん、だけど。
その不穏な予想が当たっているかのように、染谷君はペタリと机に突っ伏した。
「あ~も~どこからやっていいかわかんない。それに深雪ちゃん~そんな他人行儀だと元気まで消し飛ぶから、名前で呼んでよ」
「深雪ちゃん?」
そんな呼び方をされたことはいまだかつてないので、驚いて私は忙しく瞬きすることしかできない。
クラスメイトから敬遠されている訳ではないけど、人付き合いが苦手なので少し距離を置かれることが多いのだ。
仲がいい人も、私は必ず名字で呼び合っている。
染谷君の思考は実に謎だと思っている私の目の前で、彼はニッと笑った。
「深雪ちゃんだろ? 綺麗な名前でピッタリだ」
「そうではなくて……名字で充分でしょう?」
あ~も~と染谷君はうなりながら、教科書を見る時よりも眉間のしわを深めた。
「ダメダメ! 幸介って呼ばれると、なんか特別みたいで元気出るだろ?」
「特別?」
なぜ、名前の呼び方一つで、勉強をする元気にまで関わるのだろう?
「俺のこと、染谷君~なんて他人行儀なのは、肝心の深雪ちゃんだけなんだからさ! そこんところ、わかってよ。もう、勉強のしがいがないなぁ」
なんてふてくされながら、私にはよくわからないことを、彼はふてくされたように言う。
勉強のしがいといっても彼は開いた教科書をいったん閉じたまま、二度と開くもんかとばかりに手のひらで押さえこんでいる。
ただ、問答するのは面倒だし時間を取られるので、私が折れる形をとった。
「幸介君、ならやる気が出るのね?」
確認すると、幸介君は「そうそう、深雪ちゃん、わかってるね」などと非常に嬉しそうに、私の名前を何度も呼ぶ。
深雪ちゃん、なんて。
少し、くすぐったい。
幸介君、と呼ぶのも。
なんだろう、胸の奥がくすぐったい気がする。
こういう調子のいい明るさと、愛嬌のある表情と、気さくな会話のおかげで、幸介君はクラスの中ではムードメーカーに似た存在なのだ。
そう、いつもたくさんの人に囲まれている。
こうやって間近で個人的に話をするのは初めてだけど、その全てが私とは正反対。
染めた赤い髪。
放課後の太陽に輝くピアス。
外したシャツのボタン、
緩めたネクタイ。
履きつぶした上履きのかかと。
遠くから見ても、一目で幸介君だとわかる。
私は彼とはまるで違う。
冷たい。表情も動かない。
氷でできた、優等生。
なんてふうに言われているけど。
別に、噂されているほど感情がないわけじゃない。
表情に出ないだけだ。
昔から、よく考えて、とか、冷静に、とか、慌てず騒がず行動しなさい、なんて言い聞かされて育ったから、なんとなく感情を見せにくくなっただけ。
別に、生活に支障はない。
だけど、幸介君はそれが不満だったらしい。
「せっかく美人なのにさ~深雪ちゃん、いい人すぎるんじゃないの? どうして誰も気がつかないかな?」
「別に、いい人じゃないし」
「嘘ばっかり。クラス委員でもないのに、いっつも面倒な役を引き受けてるじゃん。俺なんて忘れもの大王だから、いっつも助けてもらってるし。感謝してるんだよ?」
それは担任に呼びとめられる回数が他の誰よりも多く、なぜかクラス委員のようなまとめる役を頼まれる率が非常に高いうえに、私自身にそれを断るスキルが低いだけだ。
褒められるような理由は何一つない。
それなのに。
幸介君は、まわりにいるのも深雪ちゃんの良さをわかんない奴ばっかりだ、なんて憤慨している。
ぼやきの一つづつを拾い集めていたら、幸介君は口数が多そうに見えるから、話し終えることにはきっと明日になってしまう。
「どうでもいいから始めましょう」
今日の目的は、幸介君に数学を教えること。
他は蛇足だ。
教科書を開く私に、幸介君はハッとしたようにカバンの中を漁り始めた。
机に並べられる、スナック類やおもちゃに、私はあきれるしかない。
どうして学生カバンの中に詰まっているのが、教科書じゃないんだろう?
中身を出す、というよりは、捜索しているような雑然さもすごい。
そんな中から、ようやく探し物を発見したらしい。
救出、という単語が私の脳裏に浮かんだ。
幸介君は嬉しそうに、パステル色のかわいい包みを取り出した。
「今日のお礼」
まだ勉強を始めてもないのに、幸介君はそれを私に差し出した。
どこからどう見てもプレゼントに見える淡いやわらかな色彩の包みに、私は戸惑うしかない。
開けて開けて! などとやたら盛り上がっているので、仕方なく開封する。
ピンク色のクリスタルのクマがついた、シャープペンシル。
甘すぎないデザインだけど、かわいい、と率直に思った。
「それ、俺に似てない? そんで、こっちは深雪ちゃんにそっくりでしょ?」
ブルーのクマが、幸介君の手の中でキラリと光った。
そっくりって……シャープペンシルにくっついているマスコットが?
「ブルーが私で、ピンクが幸介君?」
「そう、ピッタリだろ?」
「ぴったり?」
その感性は、ちっとも理解できないけど。
確かに、私はピンクじゃない。
「どっちでもいいから、勉強しましょう」
うながすと、アハハッと幸介君は笑った。
「どうでもいいって、深雪ちゃんらしいなぁ」
ちょっとはわかってよ、なんて肩をすくめる。
「仕方ないなぁ、魔法をかけちゃおうか」
そんな言葉と共に、ブルーのクマが私の目の前にきた。
透明な青が太陽に透けて、キラリと光る。
「オープン・セサミ~!」
へたくそな発音。
幸介君は私の顔の前で、クルクルとシャープペンシルを回す。
あまりに突然だったから、私は驚いて固まるしかない。
パチパチとまばたきを繰り返す私の表情に、ニヤッと幸介君は笑った。
「なに?」
「魔法の呪文。知らないの?」
「アリババは知ってるわ。だけど、今はこっちに集中してほしいんだけど」
さっきから、ちっとも教科書に戻れない。
このままでは目的の勉強に入れないまま、今日の放課後が終わってしまう。
「そう? 世界を変える魔法なんだよ? 案外、知識の扉も開くかも」
「まちがってるわ。物語で扉は開いたけど、その呪文で世界は変わらない」
物語の中で、宝物のつまった洞窟の扉は開いた。
確かに面白い物語だったけれど、数学にはまるで関係がない。
さすがに困惑する私の前で、幸介君は実に無邪気にシャープペンシルを手の中でもてあそんでいた。
「深雪ちゃん、間違ってる。扉が開けば、世界も変わるんだよ。だから扉を開く呪文は、世界を変える魔法なんだ」
「バカなこと言ってないで……」
私の言葉を遮るように、再び目の前にクマがやってくる。
クルクルと、キラキラと、光の中で忙しくきらめく。
まぶしい。幸介君もクリスタルのクマも、まぶしすぎる。
「開け~ごま!」
私は、ただ忙しくまばたきすることしかできない。
言い方を変えたって、私の戸惑いは消えたりしない。
「やっぱり日本語の方がわかりやすいでしょ?」
「いつまで続ける気?」
いつまでたっても勉強に入れないから、いい加減にしてほしい。
言葉に出さず、態度で示したけど。
そのぐらいで幸介はめげなかった。
「深雪ちゃんが笑うまで、何度でも! ついでに、俺のことも好きになってよ」
ついでに?
今、ついでにってものすごいことを言われた気がする。
呆然とする私を置き去りにしたまま、幸介君の明るい「開けごま!」が繰り返される。
ほら、笑って~なんてはじけるように笑いながら。
幸介君の手が伸びて、彼の手の中にあるブルーのクマが、私の持つピンクのクマに近づく。
「ほら、開け~ごま!」
ごま! の部分で、コツン、と触れあうクリスタルのクマ。
今、クマ同士で触れたのは……頭がクラクラする。
とがった鼻先の、ちょっぴり下と下なんて、それはあまりに不埒でしょう。
驚きすぎて固まったのは、似てる、なんて聞いてしまったせいだ。
ただ、マスコットのクマが触れあっただけなのに、すっかり彼のペースに巻き込まれている。
このクマは、本当に私たちに似てるんだろうか?
「深雪ちゃんの世界を変える、魔法をかけよう」
そんな冗談とも戯言ともつかない、いたずらな台詞が頭の中を駆けめぐる。
ありふれた、開けごまという呪文が、本当に魔法に変わっていく。
クルクルと目の前で回されるシャープペンシル。
キラキラと光を放つような幸介君の笑顔。
まぶしすぎて、私には返す言葉がない。
だけど。
確かに、私は笑った。
もちろん、苦笑なのか微笑なのかわからない。
言葉には出してあげないけれど。
態度にも出してあげないけれど。
幸介君は特別な存在になってしまう。
太陽の光を浴びて、輝くクリスタルのクマ。
コツンと触れあった部分ではじけた、虹色のきらめきの中で。
私の世界は、確かに変わっていた。
【 おわり 】
染谷君と私は向かい合っていた。
はたから見れば異色の組み合わせだと思う。
私自身、なぜ、染谷君と教室で、数学の教科書を開くことになったのか、よくわからない。
昼休みに走るような勢いでやって来た彼に、放課後に勉強を教えてくれと必死に頼まれたのだ。
別に断る理由がなかったから、私はうなずいた。
ただ、それだけ。
だけど、染谷君はやたらテンションをあげて、よし! などと手を叩いて喜んだ。
クラスメイトから浴びる、驚きの視線なんてまるで感じていないようだった。
放課後に突入するなりやってきて、セッセと近くの机をくっつけて、勉強する体制になった。
まぁ、ヤル気が見えたのはそこまでだけど。
数学の教科書を開くなり、古文書の解析をする学生のようなしかめっ面になって、む~と低くうなった。
「絶望的な」と断言できるため息を間近で聞いたのは、他の誰からもなく生まれて初めてのことだ。
眉間のしわが深い。ヤル気の炎が一瞬で鎮火しているようだ。
どうやら、本当に数学は苦手らしい。
「染谷君、どこからやる?」
私は教科書を開きながら、今日習った公式よりも前からだろうなと予測していた。
多分、この眉間のしわ具合だと、過去の復習からでないと意味がない気がする。
もしかして、一年生の数学からとか、そのぐらい悩みが深そうだ。
でも、高校に入学できたのだから、中学からの復習なんてことはないと思う。
たぶん、だけど。
その不穏な予想が当たっているかのように、染谷君はペタリと机に突っ伏した。
「あ~も~どこからやっていいかわかんない。それに深雪ちゃん~そんな他人行儀だと元気まで消し飛ぶから、名前で呼んでよ」
「深雪ちゃん?」
そんな呼び方をされたことはいまだかつてないので、驚いて私は忙しく瞬きすることしかできない。
クラスメイトから敬遠されている訳ではないけど、人付き合いが苦手なので少し距離を置かれることが多いのだ。
仲がいい人も、私は必ず名字で呼び合っている。
染谷君の思考は実に謎だと思っている私の目の前で、彼はニッと笑った。
「深雪ちゃんだろ? 綺麗な名前でピッタリだ」
「そうではなくて……名字で充分でしょう?」
あ~も~と染谷君はうなりながら、教科書を見る時よりも眉間のしわを深めた。
「ダメダメ! 幸介って呼ばれると、なんか特別みたいで元気出るだろ?」
「特別?」
なぜ、名前の呼び方一つで、勉強をする元気にまで関わるのだろう?
「俺のこと、染谷君~なんて他人行儀なのは、肝心の深雪ちゃんだけなんだからさ! そこんところ、わかってよ。もう、勉強のしがいがないなぁ」
なんてふてくされながら、私にはよくわからないことを、彼はふてくされたように言う。
勉強のしがいといっても彼は開いた教科書をいったん閉じたまま、二度と開くもんかとばかりに手のひらで押さえこんでいる。
ただ、問答するのは面倒だし時間を取られるので、私が折れる形をとった。
「幸介君、ならやる気が出るのね?」
確認すると、幸介君は「そうそう、深雪ちゃん、わかってるね」などと非常に嬉しそうに、私の名前を何度も呼ぶ。
深雪ちゃん、なんて。
少し、くすぐったい。
幸介君、と呼ぶのも。
なんだろう、胸の奥がくすぐったい気がする。
こういう調子のいい明るさと、愛嬌のある表情と、気さくな会話のおかげで、幸介君はクラスの中ではムードメーカーに似た存在なのだ。
そう、いつもたくさんの人に囲まれている。
こうやって間近で個人的に話をするのは初めてだけど、その全てが私とは正反対。
染めた赤い髪。
放課後の太陽に輝くピアス。
外したシャツのボタン、
緩めたネクタイ。
履きつぶした上履きのかかと。
遠くから見ても、一目で幸介君だとわかる。
私は彼とはまるで違う。
冷たい。表情も動かない。
氷でできた、優等生。
なんてふうに言われているけど。
別に、噂されているほど感情がないわけじゃない。
表情に出ないだけだ。
昔から、よく考えて、とか、冷静に、とか、慌てず騒がず行動しなさい、なんて言い聞かされて育ったから、なんとなく感情を見せにくくなっただけ。
別に、生活に支障はない。
だけど、幸介君はそれが不満だったらしい。
「せっかく美人なのにさ~深雪ちゃん、いい人すぎるんじゃないの? どうして誰も気がつかないかな?」
「別に、いい人じゃないし」
「嘘ばっかり。クラス委員でもないのに、いっつも面倒な役を引き受けてるじゃん。俺なんて忘れもの大王だから、いっつも助けてもらってるし。感謝してるんだよ?」
それは担任に呼びとめられる回数が他の誰よりも多く、なぜかクラス委員のようなまとめる役を頼まれる率が非常に高いうえに、私自身にそれを断るスキルが低いだけだ。
褒められるような理由は何一つない。
それなのに。
幸介君は、まわりにいるのも深雪ちゃんの良さをわかんない奴ばっかりだ、なんて憤慨している。
ぼやきの一つづつを拾い集めていたら、幸介君は口数が多そうに見えるから、話し終えることにはきっと明日になってしまう。
「どうでもいいから始めましょう」
今日の目的は、幸介君に数学を教えること。
他は蛇足だ。
教科書を開く私に、幸介君はハッとしたようにカバンの中を漁り始めた。
机に並べられる、スナック類やおもちゃに、私はあきれるしかない。
どうして学生カバンの中に詰まっているのが、教科書じゃないんだろう?
中身を出す、というよりは、捜索しているような雑然さもすごい。
そんな中から、ようやく探し物を発見したらしい。
救出、という単語が私の脳裏に浮かんだ。
幸介君は嬉しそうに、パステル色のかわいい包みを取り出した。
「今日のお礼」
まだ勉強を始めてもないのに、幸介君はそれを私に差し出した。
どこからどう見てもプレゼントに見える淡いやわらかな色彩の包みに、私は戸惑うしかない。
開けて開けて! などとやたら盛り上がっているので、仕方なく開封する。
ピンク色のクリスタルのクマがついた、シャープペンシル。
甘すぎないデザインだけど、かわいい、と率直に思った。
「それ、俺に似てない? そんで、こっちは深雪ちゃんにそっくりでしょ?」
ブルーのクマが、幸介君の手の中でキラリと光った。
そっくりって……シャープペンシルにくっついているマスコットが?
「ブルーが私で、ピンクが幸介君?」
「そう、ピッタリだろ?」
「ぴったり?」
その感性は、ちっとも理解できないけど。
確かに、私はピンクじゃない。
「どっちでもいいから、勉強しましょう」
うながすと、アハハッと幸介君は笑った。
「どうでもいいって、深雪ちゃんらしいなぁ」
ちょっとはわかってよ、なんて肩をすくめる。
「仕方ないなぁ、魔法をかけちゃおうか」
そんな言葉と共に、ブルーのクマが私の目の前にきた。
透明な青が太陽に透けて、キラリと光る。
「オープン・セサミ~!」
へたくそな発音。
幸介君は私の顔の前で、クルクルとシャープペンシルを回す。
あまりに突然だったから、私は驚いて固まるしかない。
パチパチとまばたきを繰り返す私の表情に、ニヤッと幸介君は笑った。
「なに?」
「魔法の呪文。知らないの?」
「アリババは知ってるわ。だけど、今はこっちに集中してほしいんだけど」
さっきから、ちっとも教科書に戻れない。
このままでは目的の勉強に入れないまま、今日の放課後が終わってしまう。
「そう? 世界を変える魔法なんだよ? 案外、知識の扉も開くかも」
「まちがってるわ。物語で扉は開いたけど、その呪文で世界は変わらない」
物語の中で、宝物のつまった洞窟の扉は開いた。
確かに面白い物語だったけれど、数学にはまるで関係がない。
さすがに困惑する私の前で、幸介君は実に無邪気にシャープペンシルを手の中でもてあそんでいた。
「深雪ちゃん、間違ってる。扉が開けば、世界も変わるんだよ。だから扉を開く呪文は、世界を変える魔法なんだ」
「バカなこと言ってないで……」
私の言葉を遮るように、再び目の前にクマがやってくる。
クルクルと、キラキラと、光の中で忙しくきらめく。
まぶしい。幸介君もクリスタルのクマも、まぶしすぎる。
「開け~ごま!」
私は、ただ忙しくまばたきすることしかできない。
言い方を変えたって、私の戸惑いは消えたりしない。
「やっぱり日本語の方がわかりやすいでしょ?」
「いつまで続ける気?」
いつまでたっても勉強に入れないから、いい加減にしてほしい。
言葉に出さず、態度で示したけど。
そのぐらいで幸介はめげなかった。
「深雪ちゃんが笑うまで、何度でも! ついでに、俺のことも好きになってよ」
ついでに?
今、ついでにってものすごいことを言われた気がする。
呆然とする私を置き去りにしたまま、幸介君の明るい「開けごま!」が繰り返される。
ほら、笑って~なんてはじけるように笑いながら。
幸介君の手が伸びて、彼の手の中にあるブルーのクマが、私の持つピンクのクマに近づく。
「ほら、開け~ごま!」
ごま! の部分で、コツン、と触れあうクリスタルのクマ。
今、クマ同士で触れたのは……頭がクラクラする。
とがった鼻先の、ちょっぴり下と下なんて、それはあまりに不埒でしょう。
驚きすぎて固まったのは、似てる、なんて聞いてしまったせいだ。
ただ、マスコットのクマが触れあっただけなのに、すっかり彼のペースに巻き込まれている。
このクマは、本当に私たちに似てるんだろうか?
「深雪ちゃんの世界を変える、魔法をかけよう」
そんな冗談とも戯言ともつかない、いたずらな台詞が頭の中を駆けめぐる。
ありふれた、開けごまという呪文が、本当に魔法に変わっていく。
クルクルと目の前で回されるシャープペンシル。
キラキラと光を放つような幸介君の笑顔。
まぶしすぎて、私には返す言葉がない。
だけど。
確かに、私は笑った。
もちろん、苦笑なのか微笑なのかわからない。
言葉には出してあげないけれど。
態度にも出してあげないけれど。
幸介君は特別な存在になってしまう。
太陽の光を浴びて、輝くクリスタルのクマ。
コツンと触れあった部分ではじけた、虹色のきらめきの中で。
私の世界は、確かに変わっていた。
【 おわり 】
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