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あなたを想う(大学生・社会人)
カフェオレ
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朝の始まりはいつもミルク。
それは夜の飲み物だろって、あなたは肩をすくめるけれど。
やわらかい甘さがお腹に落ちて、ポッと芯から温まるような熱が緩やかに全身に広がっていく感じが好きなのだ。
ほっといて、なんてかわいくないセリフも、ミルクの甘さに溶けて消える。
低血圧で寝起きが悪いから、脳が覚醒するまでに時間がかかるだけなんだけどね。
朝の定番はこれだろって得意げにコーヒーミルを回すあなたを、ボーっと見守るだけでも私はがんばっているよって言ったら怒るだろうなぁ。
一緒に暮らしだしてまだ二週間だからわかってもらえないだろうけど、布団から出て座ってるだけで奇跡なんだけどね。
うん、でも朝食を一緒に摂ることには慣れてきた。
半分寝ぼけていて手元が危なっかしいから、トーストと飲み物の寂しい朝食だけど。
朝から活動的なあなたを見ていると、ちょっとだけ申し訳ないなぁと思う。
普通の家庭というか、できる奥さんって、早起きして朝食を作ったりするものだろうし。
トントンと包丁の音がしておみそ汁の香りで目覚めるって、きっと理想的な図だと思うし。
トースターに食パンを入れてるだけで頑張ったなんて、言うほうが恥ずかしいよね。
あ、なんだか落ち込んできた。
できない自分を自覚して、テーブルに突っ伏す。
コトン、と近く音がした。
マグカップを置く音だと思ってちょっとだけ顔をあげると、いれたてのコーヒーが置かれていた。
それもほんのちょっぴりで、カップに五分の一もない。
「私、コーヒーは飲めないんだけど」
思わずかわいくない言い方をしてしまう。
飲めないのは本当だけど、もう少しやわらかい言い方があるといいのに。
それこそホットミルクみたいな、やわらかくて不安を溶かす甘い言葉がほしい。
勝手にとがった言葉を吐くばかりで、嫌な口、とさらに自己嫌悪に陥ってしまう。
「知ってるよ」
テーブルに突っ伏したままの私に、あなたは当たり前に言った。
「知ってるけどどうぞ」とよくわからないセリフを続けるから、とりあえず座りなおした。
シャンと背筋を伸ばした私の頭を、あなたはポンポンと軽くなでる。
そして私の前にコーヒーのはいったカップを置く。
良い香りだ。
鼻孔をくすぐるコーヒーの香りはくっきりして、引きたての豆独特の鮮明さがある。
きっと苦いんだろうなぁと思いつつも、良い香りだと素直に思う。
香りだけなら大好きなのだ。香りだけなら。
じっと淹れたてのコーヒーを見るだけの私に、軽くあなたは笑った。
「コーヒーってさ、飲まなくても目が覚めるだろ?」
その声があんまり嬉しそうだったから、思わずその顔を見つめてしまう。
いたずらに笑っていて、嬉しそうだった。
何がそんなに嬉しいのかわからないけど、朝からご機嫌な人だと思った。
つられてふっと微笑み返すと、あなたは立ち上がる。
温めたミルクを手にして戻ってくると、私の目の前にあるカップにそっと注ぐ。
そして丁寧なしぐさで混ぜ合わせながら、何でもないことのように言った。
「もともと好みが違うから、無理して合わせる必要ないけどさ。たまには相手の世界を覗くのも悪くないよな、こんなふうに。」
コトンと音を立てて、再びカップが置かれる。
どう返せばいいのかわからなくて途方に暮れたけど、目の前に置かれたマグカップをそっと手のひらで包んだ。
何だかひどく驚いて、私は一気に目が覚めていた。
なにげない感じで届くあなたの言葉に、いつも驚かされてしまう。
「一緒に暮らすって、こういうことだろ?」
グルグルとまざりあって姿を変えたカフェオレ。
見た目はすでに白でも黒でもない、どっちつかずの色になってる。
だけど一口飲むと、ふわりとコーヒーの香りをつれたほろ苦さが、ミルクの甘いやわらかさを連れて喉の奥へと落ちていった。
微笑みと同時に、思わず口から言葉がこぼれおちる。
「おいしい」
ミルクの私と、ブラックコーヒーのあなた。
朝の始まりに用意する飲み物の種類は変わらないけど。
一緒にいればいつしか混じり合い、とけあうよさがあるのだろう。
それほど遠くない未来。
私たちはカフェオレになる。
【 おわり 】
それは夜の飲み物だろって、あなたは肩をすくめるけれど。
やわらかい甘さがお腹に落ちて、ポッと芯から温まるような熱が緩やかに全身に広がっていく感じが好きなのだ。
ほっといて、なんてかわいくないセリフも、ミルクの甘さに溶けて消える。
低血圧で寝起きが悪いから、脳が覚醒するまでに時間がかかるだけなんだけどね。
朝の定番はこれだろって得意げにコーヒーミルを回すあなたを、ボーっと見守るだけでも私はがんばっているよって言ったら怒るだろうなぁ。
一緒に暮らしだしてまだ二週間だからわかってもらえないだろうけど、布団から出て座ってるだけで奇跡なんだけどね。
うん、でも朝食を一緒に摂ることには慣れてきた。
半分寝ぼけていて手元が危なっかしいから、トーストと飲み物の寂しい朝食だけど。
朝から活動的なあなたを見ていると、ちょっとだけ申し訳ないなぁと思う。
普通の家庭というか、できる奥さんって、早起きして朝食を作ったりするものだろうし。
トントンと包丁の音がしておみそ汁の香りで目覚めるって、きっと理想的な図だと思うし。
トースターに食パンを入れてるだけで頑張ったなんて、言うほうが恥ずかしいよね。
あ、なんだか落ち込んできた。
できない自分を自覚して、テーブルに突っ伏す。
コトン、と近く音がした。
マグカップを置く音だと思ってちょっとだけ顔をあげると、いれたてのコーヒーが置かれていた。
それもほんのちょっぴりで、カップに五分の一もない。
「私、コーヒーは飲めないんだけど」
思わずかわいくない言い方をしてしまう。
飲めないのは本当だけど、もう少しやわらかい言い方があるといいのに。
それこそホットミルクみたいな、やわらかくて不安を溶かす甘い言葉がほしい。
勝手にとがった言葉を吐くばかりで、嫌な口、とさらに自己嫌悪に陥ってしまう。
「知ってるよ」
テーブルに突っ伏したままの私に、あなたは当たり前に言った。
「知ってるけどどうぞ」とよくわからないセリフを続けるから、とりあえず座りなおした。
シャンと背筋を伸ばした私の頭を、あなたはポンポンと軽くなでる。
そして私の前にコーヒーのはいったカップを置く。
良い香りだ。
鼻孔をくすぐるコーヒーの香りはくっきりして、引きたての豆独特の鮮明さがある。
きっと苦いんだろうなぁと思いつつも、良い香りだと素直に思う。
香りだけなら大好きなのだ。香りだけなら。
じっと淹れたてのコーヒーを見るだけの私に、軽くあなたは笑った。
「コーヒーってさ、飲まなくても目が覚めるだろ?」
その声があんまり嬉しそうだったから、思わずその顔を見つめてしまう。
いたずらに笑っていて、嬉しそうだった。
何がそんなに嬉しいのかわからないけど、朝からご機嫌な人だと思った。
つられてふっと微笑み返すと、あなたは立ち上がる。
温めたミルクを手にして戻ってくると、私の目の前にあるカップにそっと注ぐ。
そして丁寧なしぐさで混ぜ合わせながら、何でもないことのように言った。
「もともと好みが違うから、無理して合わせる必要ないけどさ。たまには相手の世界を覗くのも悪くないよな、こんなふうに。」
コトンと音を立てて、再びカップが置かれる。
どう返せばいいのかわからなくて途方に暮れたけど、目の前に置かれたマグカップをそっと手のひらで包んだ。
何だかひどく驚いて、私は一気に目が覚めていた。
なにげない感じで届くあなたの言葉に、いつも驚かされてしまう。
「一緒に暮らすって、こういうことだろ?」
グルグルとまざりあって姿を変えたカフェオレ。
見た目はすでに白でも黒でもない、どっちつかずの色になってる。
だけど一口飲むと、ふわりとコーヒーの香りをつれたほろ苦さが、ミルクの甘いやわらかさを連れて喉の奥へと落ちていった。
微笑みと同時に、思わず口から言葉がこぼれおちる。
「おいしい」
ミルクの私と、ブラックコーヒーのあなた。
朝の始まりに用意する飲み物の種類は変わらないけど。
一緒にいればいつしか混じり合い、とけあうよさがあるのだろう。
それほど遠くない未来。
私たちはカフェオレになる。
【 おわり 】
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