「きゅんと、恋」短編集 ~ 現代・アオハルと恋愛 ~

真朱マロ

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再会(大学生・社会人)

つながる未来

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 懐かしい人に再会した。

 偶然と呼ぶには恐ろしいほどの、たまたまの連続。
 たまたま残業が入ったから、いつもと違う電車に乗った。
 たまたま買いたい新書があったから、いつもと違う駅で降りた。
 たまたま立ち寄った大きな本屋で、同じ本に同時に手を伸ばした。

 ただ、それだけ。
 本当にそれだけのこと。
 たくさんの「たまたま」が重なっていたけれど、特別なんて何もないはずだったのに。

「すみません」

 触れた手に謝罪して、顔をあげたら。
 驚く顔と正面から眼差しを合わせる事になった。
 声が出なかった。

 博之だった。
 高校時代付き合っていて、お互いに県外の違う大学に進学したことで、自然消滅してしまった相手が、驚きに目を見開いていた。

 不思議と気まずさはなかった。
 嫌いあって別れたわけではないし、更に言えば別れなければならない事情もなかった。

 私たちの距離が離れてしまったのは、嫌いあったりぶつかりあったりするほどの「何か」が二人の間に足りなかったからだ。
 日常が忙しいと言い訳して、お互いになんとかつながろうとする強い意志と努力も足りなかった。
 どちらかと言えばお互いに、内向的だったことも理由になるだろう。

 毎日の電話が、三日に一度になり、週に一度になり、気がつくと途絶えていた。
 それでも当たり前に生活していて、ある日、突然に気がついた。
 もう半年も、メールすらしていなかった。

 付き合い始めるきっかけだって、学校帰りに立ち寄った本屋で、前に並んでいた彼が同じ本を買っていた。
 そんな、たまたまが理由だった。

 同じ本を買って、同じ本を読んで、同じ作家のファンだと知っていった。
 そうやって、ゆっくりとゆっくりとお互いの事も知っていったのだ。
 会えないときに次に会った時に会話のとっかかりにしようと、相手の好きだった作家の本を読んだ。

 同じ学校に通っていた時は、それで十分だったから、遠距離恋愛に何が必要なのかに、お互いに気が付いていなかった。
 ただそれだけで満たされてはいけなかったのだ。

 半年以上音沙汰がなかったことに気が付くと、不意に怖くなった。
 いまさら電話やメールをして、何か変わるのだろうか?

 そもそもである。
 最後に連絡を入れたのが、私だったのか、博之だったのか?
 それすらも覚えていなかった。

 好きな気持ちは変わっていない。
 ふとした瞬間に思い出す顔も、声も、仕草も、好きなのは博之だけだ。

 そのはずなのに、声を聞かなくても平気になっている。
 今更、何を言えばいいのかもわからない。
 気が付けば「私たち付き合ってるんだよね?」なんて言えないぐらい、存在が遠くなっていた。

 自分から連絡をいれて「いまさら何?」と言われるのはもっと怖かった。
 どうすればいいのかわからなくて、途方に暮れた。

 気がつくとそのまま何年もすぎて、大学を卒業していて、就職もしていた。
 こんな終わり方もあるのだと理解すると、うつむくしかなかった。

 だけど、博之から連絡があればいいな、と思っていたのは嘘ではなかった。
 痛い言葉など聞きたくないから、自分から連絡を入れるのが怖くて逃げただけだ。
 不確かなまま、読みかけの本にしおりを挟んでそのままにしておくように、中途半端な置き去り方をした。

 だからこそ、この偶然に息が止まりそうなほど驚いていたし、目が合ったのに私からは何も言えなかった。

「久しぶり、元気?」

 大きく何回もまばたきした後で、博之はニコッと笑った。
 あいかわらず、人の良さそうな笑顔をしている。
 やわらかな物の言い方も変わっていなくて、自然にうなずいていた。
 不自然でなければいいと思いながら、私も微笑み返した。

「そっちこそ、どうなの?」
「よかった、真理は真理のままだ」

 たぶん、不器用で不細工な笑い方になっていただろうに、ハハッと軽く博之は笑った。安心したようなふんわりした声で、別れる前と同じ呼び方をして、チラリと左腕の腕時計を見る。

「夕食、一緒にどう?」
「え?」

 驚いて反射的に声を上げたけど、目が合うと「どうして?」なんて聞けなくて、うなずいてしまった。

 博之はうんと軽くうなずいて、無口になった私の左手をそっと取った。
 確かめるように軽く握るので、私も握りかえす。

 暖かくて大きな手は、サラリと乾いていて骨っぽい。
 ひどく懐かしい感じに、胸が痛くなった。

 学校からの帰り道、いつも手をつないで歩いた。
 想い出に浸りかけた時、不意に博之が口を開いた。

「今、一人?」
「まぁ、帰宅途中だし」

 なんだか決死の表情だなぁと観察しながら答えると、再びハハハッと声をあげて博之は笑った。
 ひとしきり笑った後で、真顔になった。

「携帯もアドレスも、変えてないから」
「あ、私も一緒。なんだ、そうなの?」

 なんだか嬉しくなって気持ちが弾んだ。
 私が喜ぶ様子をしばらく目を細めて見ていた博之は、思わせぶりに笑った。

「変えるわけ、ないだろ? 真理と途切れる」

 あ、と私は声を失った。
 奇しくも、博之も私と似たような気持だったのだと、なんとなく伝わってくる。
 閉じたまま置き去りにした本の、しおりを取り除くときに似た勇気の出し方も、博之に告白された時の表情に似ていて、ひどく懐かしかった。

「今、一人?」

 もう一度同じことを聞かれて、今度はさすがに意味がわかった。
 徐々に頬が赤くなってくるのがわかる。

 私はずっと、誰とも付き合っていなかった。
 他の誰かと付き合うことなんて、想像もできない。
 映画の恋物語で見る、あふれる情熱や燃えるような恋心はないけれど、ふとした瞬間に思い出して心が還るのは博之の笑顔だった。

 ずっとずっと、博之といたころと、私の気持ちは変わっていない。
 正直にうんとうなずくのが悔しくて、ツンと私は横を向いた。

「私たち、別れたっけ?」

 ひどく驚いたあとで、博之はクスクス笑った。
 肩幅は広くなって、ずいぶん大人っぽくなったけれど、あの頃と同じ私の好きな笑顔だった。

「ゆっくり話そう。真理に伝えたいこと、たくさんあるんだ」
「私も同じ」

 付き合うきっかけも本屋だったけれど、再び付き合うきっかけも本屋なのが、私達らしいのかもしれない。
 たわいのないことを話して、当たり前のことを特別にしてくれる人だから、今度はちゃんと向き合っていきたいと思った。

 会えてよかったと伝わればいいと願いながら、そっと手を握りかえす。
 行こうと言って、博之は私の手を握ったまま歩き出した。

 学生時代と同じ歩調で。
 大人になった私たちはふたり一緒に。

 つながる未来に向かって、歩み始める。


【 おわり 】
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