33 / 80
kiss(高校生)
キス泥棒に恋をする
しおりを挟む
「Trick or treat! Trick or treat!」
コンコンと窓を軽く叩きながら忙しく繰り返す声に、俺は思わず肩をすくめた。
これは間違いなく瑞希だ。
夏にも同じことがあった。
一階にある自分の部屋の窓から抜け出して、同じく一階にある俺の部屋の窓を叩き、深夜に手持ち花火に誘いにきたことが記憶によみがえる。
俺たちは同じ歳で仲は良いけど、幼馴染という訳ではない。
小学校の高学年で俺が引っ越してきたときに、瑞希は登校班の班長だった。
世話焼きのお節介が服を着て歩いているような性格だから、グイグイと引っ張られて俺はかなり振り回された気がする。
お前はオカンか? と言いたくなったけど、まぁ、それなりに世話になったのは確かだ。
ただ中学ではお互いに名字で呼びあって微妙に壁ができたし、同じ目線でまともに話しだしたのは同じ高校に入学してからかもしれない。
瑞希はチビだから通学の満員電車でつぶされそうになり、俺がいないと目的の駅で降りそこねるのだ。
ほっとけないというよりも「一人でも降りれるから!」と顔を真っ赤にして、無駄な努力をしている瑞希をからかうのは、それなりにおもしろい。素直に「ありがとう」と言わないが、上目遣いで「明日も同じ電車だよね?」と確認してくるところも気に入っている。
今は登下校の時に俺が引っ張ってるから、トータルすればお互いさまだろう。
それにしても身長は小学生並みとはいえ、一応は瑞希も女の子である。
近所に住んでいるからといって、こんな夜中に出歩くなよ。
もうすぐ日付が変わるというのに、受験生がなにをやってるんだか。
半ばあきれながらガラリと窓を開けると、黒いワンピースにフェルトの猫耳をつけた瑞希が立っていて「にゃぁ♡」と鳴いた。
両手で軽く猫のポーズをとっているけれど、顔に蝙蝠のペイントをしているから夜の闇に浮かびあがると不気味だ。
普通の化粧なら可愛く見えるのに、なんで蜘蛛の巣などの妙な柄も追加しているんだろう?
「Trick or treat! Trick or treat!」
ぷぅっとふくれながら瑞希はくりかえすけど、だからなんだと言いたい。
お菓子が欲しいのかもしれないが、訪問先を間違えている。
夜の俺の部屋を目指してきたって、お菓子なんてあるわけがない。
「ないぞ、菓子なんて」
帰れ帰れと手を振って追い払ったけれど、ハロウィンなのに、と瑞希は口をとがらせる。
だから、どうした。オレンジ色のカボチャ・イベントは世の中に定着してきたが、誰もが積極的に参加したがると思うのは間違いだ。
そんな行事は俺の辞書にはないと胸を張ってやった。
うかつな返事をして、仮装に付き合わされたくはないしな。
「夜中に菓子なんて食うと、太るぞ」
至極当然の俺の言葉に、瑞希はぷうっと頬を膨らませた。
黒猫の仮装も相まって、すねてる表情は妙に可愛い。
なんだかんだ話しているうちに、夜もすっかりふけていき「そろそろ帰れ」と俺は瑞希を追い払いにかかる。
女の子が出歩くような時間をとっくに過ぎてしまっていた。
「ねぇ、それどうしたの?」
突然、瑞希は首をかしげた。
それまでモダモダと不服そうだったのにクルッと表情が変わり、ものすごく眉根を寄せて不審そうだから、俺は急に不安になった。
そこそこ、と瑞希は指さして教えてくれるけれど、俺にはちっともわからない。
「は? なにが?」
「何か髪についてる」
「なんだと?」
「素直に、とってくれって、言えばいいのに」
頭に手をやると、クスクスと瑞希は笑い出した。
ほら、と言って手を伸ばしてくるので、俺は素直に身をかがめる。
それから先は、一瞬の夢に似ていた。
細い腕が頭を通り過ぎ、首筋にかかるとクイッと強く引かれる。
よろめいて思わず前のめりになったところで、唇にあたたかなやわらかさが軽く触れた。
驚く間もなく、すぐに離れてしまったけれど。
頬をかすめた吐息の熱も、触れた軽さも、確かに人の体温で、思考が停止してしまう。
「甘いもの、ごちそうさま♡」
クスッと笑いながら、そんな捨て台詞を残し、瑞希はクルンと身をひるがえす。
鮮やかに小さな背中は走り去り、あっという間にいたずらな黒猫は見えなくなった。
夜風が彼女をかき消したのかと惑うぐらい、素早い退場だった。
今、何が起こった?
茫然としたまま俺は取り残される。
唇に触れた感覚も、頬をかすめた吐息も、瑞希の体温だった。
それがキスだとわかるまでかなり時間がかかってしまい、理解した瞬間に俺は思わず倒れそうになる。
「まじかよ……」
速度を上げた鼓動が、ドクドクと痛いぐらいに自己主張している。
コレが夢なんかじゃない証拠に、夜風が落ち着けとばかりに俺の部屋を冷やしていた。
沸騰しそうだった頭は少し冷えた気もするが、動揺はおさまらない。
明日、どんな顔して合えばいいんだろう?
闇夜の中から再び現れて、冗談だよって笑ってほしいような、そうなったら立ち直れないような、なんとも言えない気持ちで胸がざわめく。
夜に目を凝らしても、俺のファーストキスを奪った瑞希はもういない。
確かに彼女ほど親しい女の子はいないし、ハキハキしたところも、ぷっと膨れながら上目遣いにお願いしてくるところも、ぜんぶ気にいってるけどさ。
付き合ってどうこうなるラインを越えないように気を付けていた。
その適度な距離感を選んできたのは、近づきすぎるのが怖かったからだ。
特別な意味を持って瑞希だけに気持ちを向けることも、瑞希が俺だけに気持ちを向けることも考えないようにしていたのに。
急に安全なラインを越えて動き出したことを、自覚してしまった。
あの泥棒猫、キスだけではなく俺の心までさらって逃げてしまった。
振り返りもせず背中を見せて逃走なんて、薄情すぎないか?
単純だって笑われてもいい。
俺は、キス泥棒に恋をする。
【 おわり 】
コンコンと窓を軽く叩きながら忙しく繰り返す声に、俺は思わず肩をすくめた。
これは間違いなく瑞希だ。
夏にも同じことがあった。
一階にある自分の部屋の窓から抜け出して、同じく一階にある俺の部屋の窓を叩き、深夜に手持ち花火に誘いにきたことが記憶によみがえる。
俺たちは同じ歳で仲は良いけど、幼馴染という訳ではない。
小学校の高学年で俺が引っ越してきたときに、瑞希は登校班の班長だった。
世話焼きのお節介が服を着て歩いているような性格だから、グイグイと引っ張られて俺はかなり振り回された気がする。
お前はオカンか? と言いたくなったけど、まぁ、それなりに世話になったのは確かだ。
ただ中学ではお互いに名字で呼びあって微妙に壁ができたし、同じ目線でまともに話しだしたのは同じ高校に入学してからかもしれない。
瑞希はチビだから通学の満員電車でつぶされそうになり、俺がいないと目的の駅で降りそこねるのだ。
ほっとけないというよりも「一人でも降りれるから!」と顔を真っ赤にして、無駄な努力をしている瑞希をからかうのは、それなりにおもしろい。素直に「ありがとう」と言わないが、上目遣いで「明日も同じ電車だよね?」と確認してくるところも気に入っている。
今は登下校の時に俺が引っ張ってるから、トータルすればお互いさまだろう。
それにしても身長は小学生並みとはいえ、一応は瑞希も女の子である。
近所に住んでいるからといって、こんな夜中に出歩くなよ。
もうすぐ日付が変わるというのに、受験生がなにをやってるんだか。
半ばあきれながらガラリと窓を開けると、黒いワンピースにフェルトの猫耳をつけた瑞希が立っていて「にゃぁ♡」と鳴いた。
両手で軽く猫のポーズをとっているけれど、顔に蝙蝠のペイントをしているから夜の闇に浮かびあがると不気味だ。
普通の化粧なら可愛く見えるのに、なんで蜘蛛の巣などの妙な柄も追加しているんだろう?
「Trick or treat! Trick or treat!」
ぷぅっとふくれながら瑞希はくりかえすけど、だからなんだと言いたい。
お菓子が欲しいのかもしれないが、訪問先を間違えている。
夜の俺の部屋を目指してきたって、お菓子なんてあるわけがない。
「ないぞ、菓子なんて」
帰れ帰れと手を振って追い払ったけれど、ハロウィンなのに、と瑞希は口をとがらせる。
だから、どうした。オレンジ色のカボチャ・イベントは世の中に定着してきたが、誰もが積極的に参加したがると思うのは間違いだ。
そんな行事は俺の辞書にはないと胸を張ってやった。
うかつな返事をして、仮装に付き合わされたくはないしな。
「夜中に菓子なんて食うと、太るぞ」
至極当然の俺の言葉に、瑞希はぷうっと頬を膨らませた。
黒猫の仮装も相まって、すねてる表情は妙に可愛い。
なんだかんだ話しているうちに、夜もすっかりふけていき「そろそろ帰れ」と俺は瑞希を追い払いにかかる。
女の子が出歩くような時間をとっくに過ぎてしまっていた。
「ねぇ、それどうしたの?」
突然、瑞希は首をかしげた。
それまでモダモダと不服そうだったのにクルッと表情が変わり、ものすごく眉根を寄せて不審そうだから、俺は急に不安になった。
そこそこ、と瑞希は指さして教えてくれるけれど、俺にはちっともわからない。
「は? なにが?」
「何か髪についてる」
「なんだと?」
「素直に、とってくれって、言えばいいのに」
頭に手をやると、クスクスと瑞希は笑い出した。
ほら、と言って手を伸ばしてくるので、俺は素直に身をかがめる。
それから先は、一瞬の夢に似ていた。
細い腕が頭を通り過ぎ、首筋にかかるとクイッと強く引かれる。
よろめいて思わず前のめりになったところで、唇にあたたかなやわらかさが軽く触れた。
驚く間もなく、すぐに離れてしまったけれど。
頬をかすめた吐息の熱も、触れた軽さも、確かに人の体温で、思考が停止してしまう。
「甘いもの、ごちそうさま♡」
クスッと笑いながら、そんな捨て台詞を残し、瑞希はクルンと身をひるがえす。
鮮やかに小さな背中は走り去り、あっという間にいたずらな黒猫は見えなくなった。
夜風が彼女をかき消したのかと惑うぐらい、素早い退場だった。
今、何が起こった?
茫然としたまま俺は取り残される。
唇に触れた感覚も、頬をかすめた吐息も、瑞希の体温だった。
それがキスだとわかるまでかなり時間がかかってしまい、理解した瞬間に俺は思わず倒れそうになる。
「まじかよ……」
速度を上げた鼓動が、ドクドクと痛いぐらいに自己主張している。
コレが夢なんかじゃない証拠に、夜風が落ち着けとばかりに俺の部屋を冷やしていた。
沸騰しそうだった頭は少し冷えた気もするが、動揺はおさまらない。
明日、どんな顔して合えばいいんだろう?
闇夜の中から再び現れて、冗談だよって笑ってほしいような、そうなったら立ち直れないような、なんとも言えない気持ちで胸がざわめく。
夜に目を凝らしても、俺のファーストキスを奪った瑞希はもういない。
確かに彼女ほど親しい女の子はいないし、ハキハキしたところも、ぷっと膨れながら上目遣いにお願いしてくるところも、ぜんぶ気にいってるけどさ。
付き合ってどうこうなるラインを越えないように気を付けていた。
その適度な距離感を選んできたのは、近づきすぎるのが怖かったからだ。
特別な意味を持って瑞希だけに気持ちを向けることも、瑞希が俺だけに気持ちを向けることも考えないようにしていたのに。
急に安全なラインを越えて動き出したことを、自覚してしまった。
あの泥棒猫、キスだけではなく俺の心までさらって逃げてしまった。
振り返りもせず背中を見せて逃走なんて、薄情すぎないか?
単純だって笑われてもいい。
俺は、キス泥棒に恋をする。
【 おわり 】
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ホストな彼と別れようとしたお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレ男子に捕まるお話です。
あるいは最終的にお互いに溺れていくお話です。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。
小説家になろう様でも投稿しています。

じれったい夜の残像
ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、
ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。
そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。
再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。
再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、
美咲は「じれったい」感情に翻弄される。
懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話
六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。
兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。
リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。
三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、
「なんだ。帰ってきたんだ」
と、嫌悪な様子で接するのだった。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる